『ゲンロンβ』終刊号編集後記|上田洋子+ゲンロン編集部

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初出:2023年9月5日刊行『ゲンロンβ83』
 ゲンロンの電子版批評誌『ゲンロンβ』が、先月9月5日発行の『ゲンロンβ83』で終刊となりました。10月1日に発売した本田晃子さんの『革命と住宅』も、この『ゲンロンβ』での連載から生まれたものです。ほかにも数々の受賞作を含む単行本が同誌連載から生まれています。弊社代表・上田洋子と編集部員2名による同誌最後の「編集後記」をぜひお読みください。(編集部)
 読者のみなさま、『ゲンロンβ』を愛読してくださり、ありがとうございました。「電子批評誌」という独自カテゴリーのもと、流行も追わず、時事問題もほとんど扱わず、マイペースに刊行を続けてきました。ちょうどこれを書いているいまは、本田晃子さんの『革命と住宅』の校了後なのですが、この本が、βが存在しているうちに校了した最後の本になるのですね。寂しいです。 

 ご存じのとおりわたしはロシアの専門家です。ロシアは常にマイナーな存在で、「どうせロシアだから無理」みたいなことを何度も経験してきました。『ゲンロンβ』およびその継続前誌や関連誌、そして編集長の東さんはそれを、なに言ってんの、ほかでやってないからおもしろいんでしょ、と受け入れてくれたのでした。わたし自身がその懐の広さのおかげでここにいるということもあり、寂しさもひとしおです。 

 βではなく紙の会報の『ゲンロン通信』でのことですが、2014年まだなにも経験のなかったときに、ソ連随一の科学ジャーナリストで、ソ連最大の権威であるプラウダ紙で原子力の記事を担当していたグーバレフさんにインタビューしたのは忘れません(https://webgenron.com/articles/ge011_04_1/)。また、2014年には、建築史家の五十嵐太郎さんに情報をいただいて、相馬市博物館に原町無線塔展を見に行って『ゲンロン観光地化メルマガ』に記事を書き(https://webgenron.com/articles/gk012_04/)、その後カフェでイベントをしたのも思い出です(https://genron-cafe.jp/event/20140705b/)。ご登壇くださった郷土史家の二上英朗さんにはその後連載もいただき.郷土史のおもしろさを味わいました(https://webgenron.com/articles/gt009_04/)。 

 毎号がっつりと読み応えのある感想をお送りくださる読者の方々の存在感もこの雑誌の特徴でした。これはシラスのレビュー文化にも引き継がれていますが、みなさんの感想に、著者の方々もわたしたちも励まされました。 

 『ゲンロンβ』は、『ゲンロン』本誌とwebゲンロンに引き継がれます。みなさま、引き続きご購読をよろしくお願いします。いまや出版は単独では存在できず、ゲンロンでも出版部門は友の会やカフェやシラスなど、ほかの事業に支えられて成立しています。けれども、テクストや雑誌や本は、ひとが情報を得たり伝えたりしつつ快楽を得ることができる、古くから培われた優れた形式であるでしょう。書き手からすると時間がかかって効率が悪いかもしれませんが、文章はより長く残るものでもあります。これからも頑張ります。webゲンロンでもどの記事もレビューできますので、引き続き感想をお寄せください。(上田洋子) 

 

 



 前号の編集後記に最終号っぽいことを書いてしまったので、いつもとテイストを変えて率直なことを書くと、終刊は寂しいというより悔しいという気持ちの方が強い。もちろん「終刊にあたって」にあるような時代の移ろいはどうにもならないし、それ以前にゲンロン叢書と『ゲンロン』と『ゲンロンβ』を並行して走らせるのが難しいのは誰より身を以って知っている(今だから言えば泣きながら配信をしたこともあった)けれど、それでも「もっとうまく立ち回れたんじゃないかなー」的なことはどうしても考えてしまう。 

 振り返れば10年前はぼくはちゃらんぽらんな学生で、将来ゲンロンに携わるとは思ってもいなかった。その頃から積み上げられてきたメルマガ──途中からは「メルマガ」と呼ぶには異形な形態になっていたものの──が終刊するのは、やはりひとつの時代の節目を感じる。 

 と、このように書くと悲観的な印象を与えてしまったかもしれないけれど、連載は「webゲンロン」に引き継がれるし、本誌も年2回にペースを上げて快調に刊行を続けている。叢書の点数も増え、『革命と住宅』で15冊目になる。なので、じつはゲンロンの出版の今後に関してネガティブな予測はあまりしていない。読者のみなさまにも、引き続き「webゲンロン」や本誌やゲンロン叢書をご愛読いただければ嬉しいと思っている。 

 それとはまったく別の話として、やはり『ゲンロンβ』という看板がなくなってしまうのはなかなかインパクトがある。それこそいまから10年くらい前、「電子書籍が普及したら紙の本にあった愛着が薄れる」という議論があった。でも、電子書籍にもあるじゃん、愛着。というのが終刊にあたっての感想だ。だから読者のみなさまへの感謝とともに、それがセンチメンタルなのは承知の上で、『ゲンロンβ』という雑誌自体もねぎらいたい気持ちでいる。10年間、本当にありがとうございました。(横山宏介) 

 


 



 『ゲンロンβ』の終刊号をお届けしました。 

 たしかゲンロンに入社して初めて教わった仕事が『ゲンロンβ56』の外薗祐介さんの記事の入稿作業でした。リレー連載「つながりロシア」の「グルジアでゴッドファーザーになった話」という記事で、タイトルのとおり、外薗さんが滞在先のトビリシのホステルにてそのオーナーの息子(3歳)のゴッドファーザー(後見人)になるという、まるで映画のようなエッセイです。この号にはほかにも東浩紀がルワンダ虐殺を扱った「顔と虐殺」、星野博美さんが城南空襲を取り上げた「焼け野原」(のち『世界は五反田から始まった』に収録)などが掲載されていました。『ゲンロン』本誌の読者ではあったものの、『β』のほうを知らなかった自分は「こんなに面白い雑誌があるなんて!」と衝撃を受けたことを覚えています。 

 そして、次に驚いたのが読者のみなさまから送られてくる感想でした。とにかく熱く、長い。僕らの力不足ゆえに必ずしも多くないダウンロード数に反して、熱のこもった感想がつぎつぎと投稿されてくる。たとえば先の外薗さんの記事には、グルジアの洗礼の様子に対して「文章として読むと驚きに満ちていますが、肌感覚としては理解しづらいなと思っています」といった真面目な感想もあれば、「写真を見ると、親戚の集まりで、うちの実家にもこういう写真ある!と思って、すごく良い写真でした」という柔らかいものもある。そこには雑誌を囲んで好き好きに語りあっているような雰囲気がありました。個人的には、こうした感想は次第に編集作業にも影響を及ぼし、「感想を送ってくれる猛者たちを満足させられるだろうか」、「そもそも彼らにうまく伝わるだろうか」といったことを考えるようになりました。その意味で『ゲンロンβ』は、やはり読者のみなさまと一緒につくり上げてきた雑誌なのだと思います。 

 『ゲンロンβ』は終刊しますが、webゲンロンのコメント、シラスのレビュー等々、みなさまの感想はつねに励みになっています。これからもどしどし送ってくださると幸いです。長いあいだご愛読ありがとうございました。そしてゲンロン・シラスを今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(江上拓)

上田洋子

1974年生まれ。ロシア文学者、ロシア語通訳・翻訳者。博士(文学)。ゲンロン代表。早稲田大学非常勤講師。2023年度日本ロシア文学会大賞受賞。著書に『ロシア宇宙主義』(共訳、河出書房新社、2024)、『プッシー・ライオットの革命』(監修、DU BOOKS、2018)、『歌舞伎と革命ロシア』(編著、森話社、2017)、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(調査・監修、ゲンロン、2013)、『瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集』(共訳、松籟社、2012)など。展示企画に「メイエルホリドの演劇と生涯:没後70年・復権55年」展(早稲田大学演劇博物館、2010)など。

横山宏介

1991年生。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾第一期優秀賞。批評再生塾TAを経て、ゲンロン編集部所属。

1 コメント

  • 青白2023/10/05 09:27

    終刊は寂しいけど、ゲンロンらしい判断で良き。

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