健忘症に抗って──緊急開催 辻田真佐憲×さやわか×東浩紀「2020年前半めった斬り!コロナで振り返るゲンロン式時事放談」イベントレポート

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ゲンロンα 2020年7月13日配信

 
 カルロス・ゴーン、『パラサイト』、『100日後に死ぬワニ』、香川県のゲーム規制条例、『テラスハウス』……。  2020年上半期に話題となったこれらの言葉を、皆さんはどれくらい覚えているだろうか?  新型コロナウイルスの感染拡大の影響に世界が覆われるなか、あまりに早い情報のスピードの波にさらされ、出来事はすぐに忘れられてしまう。そんな世界の健忘症的傾向に抗うため、7月9日の木曜日、ゲンロンカフェにて突発の座談会が開かれた。  登壇者はさやわか、辻田真佐憲と東浩紀。ゲンロンではおなじみのメンバーだ。  10時間半という異例の長時間にわたって行われた「放談」の様子をレポートする。(編集部)  ※このイベントの動画はVimeoにて全篇をご覧いただけます。本記事の内容に関心を持たれた方は、ぜひそちらで議論の全容をお楽しみください。  第1部=https://vimeo.com/ondemand/genron20200709no1  第2部=https://vimeo.com/ondemand/genron20200709no2  第3部=https://vimeo.com/ondemand/genron20200709no3

現代を覆う健忘症


「時事放談」とは時事問題を「勝手気ままに語ること」。今回はまさにその「放談」を体現するかのようなイベントだった。1月から6月までに起こった出来事をスライドで振り返りながら、3人がそれぞれの雑感を述べていく。当日は、東京都での新型コロナウイルス感染者が過去最多人数を記録した日でもあり、スライドに入る前から放談はヒートアップ。イベント時点で世間の耳目を集めていた話題についても、活発な議論が交わされた。
 
 まずは7月5日に行われた東京都知事選挙の問題。現職の小池百合子が圧倒的な大差で当選を果たしたが、それ以外の立候補者はどのように戦ったか。登壇者の3人が揃って指摘をしたのは、右派も左派も同じような戦術しか持っていない、ということである。SNS上だけの「RT」や「いいね」の数だけが力を持っており、どんな政治的信条を持っていようともそうしたネット上の数の競い合いにしかならない。右派と左派の戦術が似通ってきているのだ。それは、立憲民主党の枝野代表が、支援する宇都宮健児を応援する意図を潜ませた「宇都宮餃子」のツイートなどに顕著である。現在の政治においては、もはや「今」という近視眼的な時間しか視野に入っていないことが指摘された。  既存政党がそのように「今」の数に拘泥している間に、在特会の初代会長である桜井誠らは着実に得票数を伸ばしていること。それこそがほんとうの危機だと3人はいう。在特会はここ10年でさらに支持層を広げてきた。ここで起こっているのは、どんなに過激な主張をその裏に隠し持っていても、長期的な視点に立った「継続性」を持つ政党は着実にその支持層を広げるという事実だ。  現在の政治を覆う近視眼は、容易に過去への健忘症を引き起こす。そうした健忘症は世界にとって決して良い変化をもたらさない。

人文知で現実を相対化する


 ヒートアップしたウォームアップが終わり、3人は1月からの出来事をスライドで紹介していく。紹介されるトピックを振り返ってあらためて驚くのは、私たちの多くが様々な出来事を忘れてしまっていることだ。  このような健忘症は、現在の問題を見るときにも障害になる。我々は、現在起こっている問題を歴史的に相対化する視点を失ってしまっている。例えばBLM(Black Lives Matter)や香港の問題。SNSで語られるほど被害―加害の関係は単純ではない。実際には絶対的な加害者や被害者は存在せず、これらの事件にはより複雑な構図がある。それはアウシュビッツの記憶をはじめ多くの歴史が教えてくれることだが、そのように現実と歴史を照らし合わせて相対的に見る視点を我々は持てなくなっているのではないか。
 
 イベントの時事分析は3人ならではの観点で進んでいく。ヒカキンと小池百合子がコラボすることをプロパガンダ的な側面から見ること。あるいは、高輪ゲートウェイ駅と東京という都市の関係について、かつて中止になった都市博の観点から見ること。イベントでは今年の出来事が様々な観点から検討されていくが、こうした視点を提供するものこそ人文系学問だったはずだ。しかし、その機能を現在の人文知は果たせていないのではないか。イベントでは時折、怒りにも近い表現で現在の論壇を糾弾する場面も見られたが、それらは人文知に対する危機感の表明だと筆者には思われた。
 

放談の醍醐味


 10時間半にわたった放談の内容は、決してこの短いレポートでは収まりきらない。次なるイベントを予期させるような内容も豊穣に含んだ議論が展開された。以下に、その一部を列挙してみよう。一つでも気になるトピックがあれば、ぜひ動画を見て欲しい。  ・『パラサイト』と『万引き家族』から見る韓国と日本における家族と愛の問題  ・『100日後に死ぬワニ』と広告代理店  ・『テラスハウス』とリアリティーショーの行方、そしてゲンロンという「舞台」  ・「ゲームの倫理」をめぐる香川県ゲーム規制条例と『ゲンロン8』  ・東京アラートと『新世紀エヴァンゲリオン』、あるいは押井守と東京について  ・2010年代における若手知識人の「ハッキング」とはなんだったか  ・アイドルカルチャーをどう捉えるか  ・関西という磁場の特殊性  イベントは「放談」という形式で行われたため、対話はときおり脱線し、しかしその脱線から2020年上半期のトピックには収まりきらない豊かな内容が展開された。これこそ、放談の醍醐味だろう。
 
 議論が深まるにつれて、登壇者の3人のアルコールの量は増え始め、饒舌さにも磨きがかかる。終盤には東が椅子から立ち上がって『刃牙』のキャラクターの真似をし始める展開もあり、会場は終始笑い声に包まれた(映像には筆者の笑い声も入っている)。様々な方向に展開される可能性を秘めた、「これぞ放談だ」と言いたくなるような圧巻の10時間半をぜひ、その目で見て欲しい。(谷頭和希)
さやわか×辻田真佐憲×東浩紀「2020年前半めった斬り! コロナで振り返るゲンロン式時事放談」 (番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20200709/
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