料理と宇宙技芸(1) 麻婆豆腐|伊勢康平

ゲンロンα 2020年7月24日配信

 この連載は、おそらくゲンロン史上初のレシピ紹介企画だ。ぼくの嗜好の関係上、さしあたり中華料理(以下中華とも)を中心に取りあげることになるだろう。軽いきもちで読んでいただけたらと思う。もちろん、じっさいにつくってみるのがいちばんだ。

 はじめにいっておくと、ぼくは中華の調理師でも研究家でもない。ただ趣味で料理を楽しむ素人である(むかし上海の料亭でスイカを切るバイトを1週間だけやったことがあるけれど)。おまけに東京在住なので、本気で中華をつくろうとしても手に入らない食材がけっこうある。たとえば中国の料理サイトをのぞいていると、そもそも日本に存在しない魚類やおどろくほど巨大なナスが必要とされたり、「まずアヒルをさばきましょう」といったすべてが無謀な難題を突きつけられたりすることもしばしばだ——アヒルはそんなにないが。そうしたわけで、ぼくのレシピは、思わず「むりだ……」とため息がもれるようないくつもの挫折のうえに成り立っている。なので、ここで紹介する料理は、なにより無理なくつくれることと、日本国内で材料がそろうことを基本的な方針にしたい★1

 ところで「料理と宇宙技芸」というタイトルは、たんなるレシピ紹介にしてはなかなか本格的な印象をあたえるかもしれない。じっさいは会議中のノリとひらめきだけで爆誕したにすぎないのだが、とはいえ重要な論点がふくまれているのも事実である。この連載は軽いレシピ紹介の企画だけれども、今回は初回なので、中華を例にこのタイトル(および企画そのもの)の意外に深い背景を手短に説明しておこう。それにくわえ、今回のレシピにあわせて「そもそも『麻婆』ってなに?」といった麻婆豆腐の簡単な紹介もしようと思う。
 
 
 むろん、そんな話はどうでもいいからさっさとレシピをみせろというかたもいるだろう。そういうかたは、こちらからご覧いただきたい。

1 中華は宇宙技芸である


 まず用語の説明からはじめよう。

 ある程度ゲンロンのコンテンツに触れているひとはご存じだろうが、「宇宙技芸(cosmotechnics)」とは、香港出身の哲学者ユク・ホイ(許煜 / Yuk Hui)が提唱する概念で、単純にいえば宇宙論や自然観と密接に結びついた技術のことである。

 こんにち技術といえば、ひとはたいてい産業革命ののち急速に世界中へ拡がったいわゆる近代的なテクノロジーを想像するだろう。しかし、ほんらい世界の各地域には、有形無形のさまざまな技術(technics)があった。それらはただたんに外見や機能が異なるだけでなく、むしろそれぞれの地域特有の自然観や宇宙観、あるいは哲学的思考に支えられていたのである。ユク・ホイは、西洋とその哲学に由来する技術によって世界中が均質になっていく現状を変え、未来をより豊かなものにするために、各地域の技術の思想をつくりなおし、多様な宇宙技芸に彩られた技術多様性(techno-diversity)を生み出していかなければならないと主張している。

 かなりかいつまんだ説明ではあるが、いまは中華がメインなので、宇宙技芸についてはこれくらいにしておこう。くわしくは『ゲンロン』に掲載された彼の論考や、ぼくがかつて発表した原稿や翻訳などをみていただくとして★2、いま考えたいのはつぎの問題だ。つまり、中華は宇宙技芸なのか?

 結論からいうと、中華はまぎれもなく中国の宇宙技芸である。というのも、中華の理想は、料理という人間の技術的ないとなみを通じて、古代の中国人が考えていた宇宙のありさまを体現することにあるからだ。

 どういうことか。以下、簡単にみていこう。

★1 方針は予告なく変更になる場合がございます。(編集部)
★2 「宇宙技芸」の概念を提唱したユク・ホイの The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics(Urbanimic, 2016) は、仲山ひふみによって序論が翻訳され、『ゲンロン7』『ゲンロン8』『ゲンロン9』に掲載されている。そのほか、拙訳の「百年の危機」(「ゲンロンα」に掲載)や、拙稿「哲学と世界を変えるには——石田英敬×ユク・ホイ×東浩紀 イベントレポート」などを参照してほしい。


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