小泉悠×服部倫卓×上田洋子「ベラルーシに革命は可能か──SNS時代の独裁と運動」イベントレポート

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ゲンロンα 2020年9月18日配信

 ベラルーシという国名に聞きおぼえのあるひとは少なくないだろう。だが、国の内実を知っている日本人はどれほどいるだろうか? 欧州に残る最後の独裁国家といわれ、旧ソ連解体後の世界を二枚舌の外交で生き抜いてきたベラルーシ。いま、この人口950万人の東欧の小国で26年間続いた独裁体制が揺さぶりを受けている。そこには新型コロナウイルスの影響もあれば、ソ連解体から続くベラルーシとロシアの特殊な関係、SNSをはじめとする情報環境の変化も複雑に絡み合っている。
 今回は、東京大学先端科学技術研究センター特任助教で、ロシアの軍事・安全保障政策の専門家である小泉悠、ベラルーシ日本大使館に駐在経験をもち、現在は一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長の服部倫卓、ゲンロン代表でロシア文学者の上田洋子の3名が、ベラルーシで起こっている革命運動を解説。ルカシェンコ独裁政権のあゆみ、隣国ロシアとの関係、デモの行方を議論した。(ゲンロン編集部)
 


 登壇者の3名は、現在起こっている反体制運動が、ベラルーシ一国のみならず、旧ソ連圏の国々にとっても大きな転換点となる、と意見を同じくする。そもそもベラルーシは進んで独立宣言をしておらず、ソ連解体によってなし崩し的に独立した。服部はその成り立ちゆえ、国民が国に対して確固たるアイデンティティをもちにくいと語る。

 


 ベラルーシが民族国家を形成したのはソ連時代のことである。それまでベラルーシの土地は、キエフ・ルーシ、ポーランド=リトアニア公国、ロシア帝国の支配下にあり、ベラルーシ人の独立した国家は存在しなかった。1991年のポストソ連の独立後も、主要な言語はロシア語であり続けている。ミンスクなどの都市では、意識的にベラルーシ語を使用する知識人層も現れたが、まだまだロシア語が主流である。ベラルーシはいまもなお、国のアイデンティティをつくっている最中だと言ってもいいだろう。

 今年の大統領選挙では、現大統領アレクサンドル・ルカシェンコの対立候補として、スヴェトラーナ・チハノフスカヤが注目を集めた。彼女の夫セルゲイ・チハノフスキーは反体制のブロガーである。チハノフスキーは大統領選への立候補を準備していたが、立候補は受理されず、その後逮捕された。他の有力候補であったワレリー・ツェプカロ、ヴィクトル・ババリコの両氏も大統領選への登録が認められなかった。そんななか、主婦のチハノフスカヤが夫の代わりに大統領選に立候補し、ツェプカロ、ババリコ陣営の支持を受けて最有力の反政権候補となった。小泉は、国民の肌感覚としては、ルカシェンコよりも断然チハノフスカヤのほうが人気があり、票を集めるはずだったという。

 しかし、1994年から独裁政権を維持しているルカシェンコは、いままでの対立候補に対しても、ありとあらゆる工作を用いて立候補を阻止してきた。チハノフスカヤもまた妨害の対象となり、選挙中にインターネットへの接続が遮断される、選挙当日に選挙対策委員長が逮捕されるなど、不審な事件が相次いだ。

 結果、8割以上の得票率でルカシェンコの圧勝が宣言された。チハノフスカヤは選挙終了後、隣国リトアニアに脱出を強いられた。この結果に不満を抱いた市民たちは、選挙の不当性を主張し、大規模な抗議運動を開始した。政権側は鎮圧を試みたが、抗議運動はやまない。8月末にはルカシェンコがロシアへ治安部隊の出動を要請し、反体制側が劣勢に追い込まれつつあるが、現在も抵抗は続いている。

 服部は、今回ここまで大きな動きになったのは、SNSの普及によって国の動きが国民の知るところになったこと、そしてルカシェンコが新型コロナウイルスへの対策を一切行わず、国内に政権への不安があふれたことが影響しているという。そして、これが1年前ならばまったく違う状況になっていただろうと分析する。つまり、もし1年前に選挙が行われていたならば、ルカシェンコ政権が選挙を乗り切るハードルはいまほど高くはなかったということだ。

女性主導の新たな革命



 この反体制運動の特徴は、女性が先頭に立っていることにあると服部と上田は口をそろえる。男性運動家が相次いで逮捕されたり国を出ざるを得なくなったりするなか、彼らの妻やパートナーら、近しい関係の女性たちが立ち上がり、力を合わせてルカシェンコの男尊女卑的な人格と政策に反対している。服部は今回の運動を、30年遅れの独立運動であり、女性解放運動でもあると表現した。

 


 服部はさらに、この反体制運動の「見栄え」にも注目する。運動に参加する人々はインスタグラム上で、旧ベラルーシ国旗の白と赤の色を使い、ポップに情報を発信している。チハノフスカヤもまた、国外退去後もYouTubeを使い、自身の意見や現在の状況を発信している。

 今回の革命運動は、視覚効果を巧みに使った軽やかさのある運動だ。ウクライナのユーロマイダンをはじめ、旧ソ連の国でこれまでに起こってきた男性主導の、いわば暴力的な反体制運動とはまったく違った印象を持ったと、服部と上田は言う。

 たとえば運動の中心人物のひとりに、元フルート奏者のマリヤ・コレニスコワがいる。彼女はもともと、首都ミンスクにあるカルチャーセンター「OK16」に参加していた文化人だ。LGBTQに対する差別やマイノリティの権利軽視など、人権が守られず保守的なベラルーシの現状を、アートの力で変えようとしていた。彼女は大統領候補を目指していたババリコ陣営の幹部であるが、彼女がババリコと出会ったのはアートプロジェクトを通じてであるという。

 いま起きている革命運動は、これまでの血生臭い闘争と違って、文化的な雰囲気も帯びている。それは、上記のような背景が影響しているのだろう。

 
 後半は、服部のプレゼンをもとに、ベラルーシの歴史を探っていく時間となった。ベラルーシを語るうえでは、ロシアとの関係が外せない。小泉は、ベラルーシはロシアにとって油断ならない友好国であり、同時にロシアのパラサイト国家だと語る。

 ベラルーシはロシアと関税同盟国の関係にあり、長らく税制上の優遇を受けていた。それが近年、石油分野の税制が変更されてからは恩恵が受けられなくなり、大きな打撃を受けている。またエネルギー戦略上も、天然ガスの供給をロシアからの安価な輸入に頼っている。ウクライナと異なり、ベラルーシ領のガスパイプラインはロシアのガスプロム社が所有している。ベラルーシは当然のことながら、2015年にロシア主導で発足したユーラシア経済連合にも参加している。ベラルーシ経済は、ロシアなしには立ち行かないのが現状だ。

 一方で軍事面では強気な立場だ。ベラルーシはロシア主導の集団安全保障条約機構加盟国として軍事同盟も結んでいる一方、ロシアの空軍基地を国内に設置することには断固反対している。小泉は、ヨーロッパとロシアに挟まれているベラルーシは、もしNATOとロシア軍の間で戦争が起こったとき、地政学的に戦場にならざるを得ない地域であると指摘する。ロシアにとって、勢力圏にベラルーシを含むのか含まないのかでは、軍事的な安心感が大きく異なる、ベラルーシとの関係はあまりにも重要だと、小泉は力説する。他方、ベラルーシは、この状況を盾に取り、ロシアに対して圧力をかけている。

 


 小泉はまた、中国とベラルーシの関係にも言及する。ルカシェンコは、中国の一帯一路構想にも協力姿勢を示し、中国もベラルーシへ約5億ドルの融資を行うなど、両国は急接近している。ヨーロッパに地理的に近いベラルーシの存在は、中国の一帯一路構想にとって、重要な立地でもある。

 ロシア、日本、アメリカや西側諸国にとって、この動きは決して歓迎できるものではない。特に、自身の目と鼻の先に中国の手が伸びることを、ロシアは決して歓迎しないだろう。ロシアは、今回の騒動に便乗して、ベラルーシへのさらなる影響力拡大を目論んでいる。

「ルカシェンコ94」を脱却せよ



 このように巧みにロシアとつきあってきたルカシェンコ大統領だったが、服部はその限界を指摘する。ルカシェンコが大統領に当選した1994年は、ベラルーシ国内に旧ソ連社会の雰囲気が色濃く残り、独裁者として君臨することが可能な社会情勢だった。

 だがルカシェンコは、現在に至るまで、旧ソ連的な政策と方針を再生産し続けた。服部は、このルカシェンコ政権のありようを、コンピュータのOSであるwindows95をもじって「ルカシェンコ94」と名付けている。Windows95より古いOSで動く国家であっても、その上を走る人、企業、技術は、ルカシェンコがどれだけ弾圧しても成長し、進化し続けていく。両者の乖離が抜き差しならないところまで広がり、今日のような軋轢に至った。ルカシェンコ94は、いまこそアンインストールしなければならないのだ。

 しかし、アンインストールしたその先には、何が訪れるのだろうか。ルカシェンコがもし退陣したとしても、国内にはロシアに依存し過ぎている経済の問題や、近隣のバルト三国、ウクライナから猛反対されている原発問題などの課題が残る。今回の運動がけっして反ロシア運動ではない点を、登壇者の3名は指摘する。

 経済関係の癒着のせいで、ロシアの意向が、ベラルーシの国営方針に大きく関わる。ベラルーシの根底には、しっかりと刻まれたロシアというハードウェアの存在があり、そしてその未来はロシアがいなければ成り立たない。ベラルーシの話をするとき、ロシアを無視することは不可能であり、そこがベラルーシという国の限界なのではないか。対談は、このような形で締めくくられた。

 ベラルーシのデモが、旧ソ連諸国にどのようなうねりをもたらすのか。筆者も、新たなベラルーシの誕生に注目している。(清水香央理)

 


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 URL=https://vimeo.com/ondemand/genron20200910
小泉悠×服部倫卓×上田洋子「ベラルーシに革命は可能か──SNS時代の独裁と運動」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20200910/
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