【特集:コロナと演劇】これは私たち共通の物語──東京芸術祭ワールドコンペティションにむけて(4)|戴陳連

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ゲンロンα 2020年9月25日配信
 東京芸術祭ワールドコンペティション関連企画「コロナと演劇」。今回は、中国・北京を拠点とするアーティスト・戴陳連ダイ・チェンリエンからのメッセージである。

 ダイ氏は1982年、中国生まれのヴィジュアルアーティスト。美術系の大学として中国最高峰とされる杭州の中国美術学院を卒業し、演劇的なコンセプトとビデオを組み合わせた作品や、広告を介してメディアテクノロジーに大きく依存した現代社会を描く作品で知られる。彼の作品『紫気東来―ビッグ・ナッシング』は、東京芸術祭ワールドコンペティション2019にて最優秀作品賞を受賞。そして今年、東京芸術祭2020にて再演される予定であった。だが新型コロナウイルス感染拡大の影響により、劇場での映像上映および映像オンライン配信の形式に変更された。

 コロナ禍で、自身の創作意欲はより強くなったと語るダイ氏。今回の来日は叶わなくなったが、彼は読者と観客に創作への直接的な協力を呼びかける。ぜひコロナ禍のいまを記録して、新作の生まれる過程に参加してほしい。そして、上演またはオンライン配信を見届けてほしい。
 
 昨年(2019年)、人生で初めて日本を訪れた。キュレーターのキム・ソンヒさんの推薦で、東京芸術祭のコンペティションに参加するためだ。その時期、私はツアーでチームの仲間二人とミュンヘンに滞在していて、そちらがひと段落したあと、東京に直行した。とてもウキウキした気持ちだったことを覚えている。東京では街角を彩るさまざまな広告や、行き交う人々の姿に強く興味をそそられた。けれどもゆっくりと散策する時間などないまま、東京芸術劇場でのリハーサルに集中することとなった。劇場スタッフの方々からは多大なご支援をいただき、その真面目な仕事ぶりが強く印象に残った。

 さまざまな国からコンペティションに参加したアーティストたちの作品には、それぞれ特色があり、この世界に対する理解のそれぞれ異なる切り口や創作方法が示されていた。そのなかで最終的に私がグランプリを受賞することができたのは、とても幸運なことだった。芸術祭審査委員会からの自分の作品に対する最高のはげましだと思った。初めて訪れた日本でこのような贈り物を手にすることができ、私は感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。

 今年はたいへん特殊な状況になった。全世界の至るところで新型コロナウイルスが蔓延し、ありとあらゆる劇場が閉鎖してしまったのである。今年11月に東京で再演予定だった『紫気東来−ビッグ・ナッシング』も、本来であれば多くのお客さんにご覧いただき、相互の交流を深めるはずだった。けれども、役者と観客とが共時性シンクロニシティを体験できるはずのこうしたアートも、残念ながら今回ばかりはビデオに代役を務めてもらうほかなくなった。私は、創作とは個人の表現であると同時に、観客からの共感を強く望むものでもあると考えてきた。現在、世界中を新型コロナウイルスが跋扈ばっこし、大切なひとを失くした家庭もじつに多い。私たちは恐怖のなかで、他者との距離を遠くに保っている。経済も大きく傷つき、各業界も莫大な影響を受けた。これは忘れようにも忘れられない事件であり、経験である。すべての人々がそこに否応なく巻き込まれ、私たちが存在する世界そのものが劇場となった。

『紫気東来−ビッグ・ナッシング』(2019年、東京芸術劇場)より。影絵を用いた言葉のないパフォーマンスで、ダイ・チェンリエンの一人芝居である。
 

 ひとりのアーティストとしては、コロナ禍によって創作意欲はより強くなった。それは今回のコロナ禍が、自分にとってすでに当たり前となっていた問題について、立ち止まって考えさせてくれたからでもある。例えば経済のグローバリゼーションは、私たちに非常に役立つ資源を提供してくれた。資本の移入に伴って実用的なテクノロジーや管理経験がもたらされただけでなく、国境をまたがる企業が急激に成長して企業間の相互協力が強まったことは、発展途上国における余剰労働力の就業問題解決の一助になった。経済のグローバリゼーションはまた、発展途上国の金融市場を改善し、文化の相互作用を促すことで、交流を加速させた。しかし、大量の外資の移入は債務超過に陥るリスクを生み、国際債務危機を誘発する可能性を生じさせる。そうして、経済のグローバリゼーションと、発展途上国の生態環境や持続可能な発展との矛盾が日増しに先鋭化していく。さらに発展途上国の経済主権は少なからず侵害され、混乱や波瀾も日常化してしまった。また、その自然環境の破壊も避けられなくなっている。

 資本主義制度は巨大な生産力を生み出し、莫大な社会的財産を蓄積した。世界の市場を切り拓き、世界の孤立した地域それぞれの人々を隔絶状態から救い出し、徐々に一体化させていった。これにより政治文明がつくり出され、世界政治の局面も変わってきた。民主共和制は、あらゆる文明化した民族の共通認識となった。資本主義制度を通じて、民主共和という観念が人々の心の奥深くに刻み込まれ、民主・平等・自由といった概念もまた人類社会が追い求める共通理念になった。くわえて資本主義は、科学とテクノロジーの飛躍的な発展を促し、人類の文化的素養や社会的価値観をも激変させた。とはいえ、資本主義はその最大の欲望が余剰価値の追求にあったため、社会の貧富の両極化を激化させ、多くの侵略戦争を引き起こした。そのうえ、それは経済危機を生じさせ、じっさいに危機が発生した際には、他国を侵略することで国内の矛盾を転嫁し、世界平和に害をもたらしてきたのである。これこそが人類の劇場であり、ひとりひとりがその渦中にあるのだ。

 いまは世界中の劇場が例外なく閉鎖されている状況であるが、そもそも劇場は人類が集う場だった。それは古くからの儀式の場であり、舞台と個人の内面の情感を繋げることで、人々に喜びや悲しみの体験を共有させ、愛や力、決意を与えてきた。そこでは誰もが自分の見解を発しつつ、自由な発言を歓迎し、異なる観点や批判に耳を傾けてきた。劇場のなかで、ひとは世論との対話を進め、いまある社会問題を直視し、検討するようみずから注意を促してきた。また劇場では、その解決方法が探られ、新たな観点やひいては新たな社会形態がつくり出されることさえあったのである。人々は共に学び合い、知識を広げ、お互いの国や文化を理解してきた。こうして劇場は、私たちに物事の多様性を教え、ひとりでは決して起こり得ない感動を与え続けてきたのだ。

 私が初めて舞台に立ったのは、子供の頃のコンプレックスを克服しようという思いからであったと記憶している。中国美術学院で学んでいた当時、私は誰とも付き合わず、気持ちも塞ぎがちだった。一時期は昼も夜も一睡もできず、ついにうつ病を患ってしまった。そこで私は、ひとの集まる場所に行き、いろいろなひとと話をするべきだと考えた。その効果はてきめんだったが、それでもなおまだ何かが足りないと感じていた。そこで演劇を始めようと思ったのだった──たとえただ舞台の上に突っ立っているだけだったとしても。私は学生時代から、演じることでつねに自分のさまざまな問題を解決してきた。当初の私は、舞台に立つことで自分の心の問題を解決していた。時間をかけて私個人と世界が接する角度を調整し、生理的・心理的にもたらされる強いコンプレックスを緩和させていった。そして、日々の暮らしのなかで遭遇する困難や限界を、ひとつずつ作品に落とし込んでいく手法を身につけていったのである。私たちは誰もが間違いや限界を恐れる。言葉や身体のあやまちを恐れる。けれども私は、その間違いのなかから自分の芸術的実践を推し進めた。つまりそれぞれのあやまちを作品という形で記録に留め、反復していったのである。

 どんなときでも、私にとって演じることは自分の武器であって、私自身を治す薬だった。初恋の痛みや結婚の失敗で、友人や先生から嘲笑われた経験をへて、私は徐々に、自分のなかで唯一変わらないものは劇場やパフォーマンスへの思いや欲求なのだと悟っていった。私は、演じることがまるで自分への贈り物であるように感じることがよくある。じっさい、私はパフォーマンスを通じてたくさんの善良で親切な友人をさずかった。そしてあの苦しかった時期に私に寄り添い、のちには世界の隅々まで旅に連れて行ってくれたのもまた、パフォーマンスにほかならない。パフォーマンスはひとだかりのなかに私の身を置いては、時間をかけてコンプレックスを克服してくれたのである。これらすべては演じることで与えられたのであって、パフォーマンスはすでに私の生活の一部と化している。

私たちが立っているこの地の下にはたくさんの物語が眠っている。多くの先祖が苦しみ、多くの名もない人たちが埋められている。それでも私たちはこの地に立ち続け、花は美しく咲き続ける。キャプション・写真提供=ダイ・チェンリエン
 

 にもかかわらず、今年の新型コロナウイルスは私にこう問うた。世界中の人々が危機に瀕しているとき、お前には何ができるのかと。私は自分のアートを役に立つものにしたい。グローバリゼーションや資本主義のモデルを、また劇場と人間との関係性を問いなおしたい。少なくとも、人々がいま何らかの声を一斉に発することが必要なのではないか? 人類はその歴史上、何度も深刻な疫病に見舞われてきた。今回も壊滅的な打撃を受けている。だからこそ、私たちは再び立ち上がる必要があるのだ。

 私はこの手記を目にする世界中の皆さんに、私の新作のクレジットに名を連ねてほしいと考えている。この作品は、劇場や世界、そして私たちに関するものだ。そこで皆さんには、スマートフォンやコンパクト・カメラをつかった2〜5分程度のビデオ映像の制作をお願いしたい。内容制限は設けないので、カメラに向かって自分の気持ちを述べていただければと思う。人々がこの時期の生活体験を軸に物事を語るとき、私は自分たちがもはやこんにちの中国や日本などが歩む個々のプロセスのみに身を置いているのではなく、むしろ現代の世界中の人々の精神がたどるひとつの道のりに足を踏み入れているのだと感じている。ぜひ皆さんのビデオを、私の舞台作品に取り入れさせていただきたい。皆さんひとりひとりの個人的な物語が、じつは私たち共通の物語でもあることを期待している。撮影したビデオ映像は、私のメールアドレス kuyu524@163.com までお送りいただきたい。機会があれば、私は皆さんの暮らす街を訪れてパフォーマンスができたらと考えている。皆さんにご協力をいただければ幸いだ。

 私たちはまさに地球規模の疫病を共に体験している。このような歴史の節目において、私たちは新たな演劇の美学の時代をつくり出せると確信している。それがどこに向かっていくのかはわからない。だが、それによって私たちはきっと共に立ち上がり、相互に理解し合い、共に世界を理解しうることだろう。(2020年9月4日)
 
 
翻訳=馬場克樹
翻訳協力=伊勢康平
構成=石神夏希、ゲンロン編集部
 
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*「コロナと演劇」第7回として掲載予定でしたレミ・ポニファシオ氏による寄稿は、事情により掲載されないことになりました。お待ちいただいた読者のみなさまにお詫び申し上げます。(編集部)  
【東京芸術祭ワールドコンペティション】
ウェブサイト:https://tokyo-festival.jp/

主催:東京芸術祭実行委員会[豊島区・公益財団法人としま未来文化財団・フェスティバル/トーキョー実行委員会・公益財団法人東京都歴史文化財団(東京芸術劇場・アーツカウンシル東京)]

東京芸術祭ワールドコンペティション2019年度受賞作公演

「東京芸術祭ワールドコンペティション」は、2019年から新たに始動した、東京芸術祭のプログラムです。昨年度はコンペティションを開催し、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの5地域と日本の推薦人により選ばれたアーティストが東京に集い、6つの作品を発表しました。最終日には、舞台芸術を評価する新たな「尺度」をめぐって審査員たちによる白熱した議論が交わされ、2作品が受賞作に選出されました。

今年は、本コンペティションで最優秀作品賞を受賞した、戴陳連ダイ・チェンリエン[北京、中国]による『紫気東来―ビッグ・ナッシング』と、観客賞を始め多数の賞を受賞した、ボノボ[サンティアゴ、チリ]による『汝、愛せよ』の2作品を映像上映・映像オンライン配信の形式でお届けいたします。「2030年代に向けて舞台芸術の新たな価値観を提示し、その提示方法が技術的に高い質を持つ」と評された作品を、改めてご覧いただく貴重な機会となります。この1年、大きな社会の変化を経て上演される作品が、皆さんの新たな議論のきっかけとなれば幸いです。

<映像上映>
料金:前売り・当日 1演目500円

『紫気東来―ビッグ・ナッシング』
演出・出演・舞台美術・照明・音響プラン:戴陳連/北京、中国
日時:11/6(金)-11/7(土)13:00/16:00/20:00
   11/8(日)13:00/16:00
会場:東京芸術劇場 シアターイースト

『汝、愛せよ』
作:パブロ・マンシ/演出:アンドレイナ・オリバリ、パブロ・マンシ(ボノボ)/サンティアゴ、チリ
日時:11/6(金)-11/8(日)17:30
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
※ソーシャルディスタンスを保ち、客席数を減らした状態で開催します
※未就学児童の入場不可

<映像オンライン配信>
料金:1演目500円

『紫気東来―ビッグ・ナッシング』
演出・出演・舞台美術・照明・音響プラン:戴陳連/北京、中国
日時:11/6(金)-11/8(日)13:00

『汝、愛せよ』
作:パブロ・マンシ/演出:アンドレイナ・オリバリ、パブロ・マンシ(ボノボ)/サンティアゴ、チリ
日時:11/6(金)-11/8(日)17:30

※映像上映と同じ内容となります(当日24:00まで視聴可能)
※『紫気東来−ビッグ・ナッシング』の戴陳連によるレクチャーパフォーマンスも無料配信予定

 各プログラムの詳細およびチケット情報などは、東京芸術祭ワールドコンペティションのウェブサイトをご覧ください:https://worldcompetition2020.tokyo-festival.jp/

戴陳連

美術家、演出家。1982年、中国浙江省紹興市に生まれる。2004年に中央美術学院卒業後、2006年より創作活動を開始。物語、演技、音響、照明、舞台美術、そして身ぶりといった演劇を構成する要素を細かく分解し、作品制作のプロセスや思考の流れが観客にも伝わるような作品をつくってきた。空間構成、舞台美術、照明、収録音声、写真や映像、人形、詩の朗読、音楽などの多様な手法が組み込まれた作品には、彼が日々のニュースや人々との出会いの中で見つけた様々な物語が反映されている。変わりゆく社会の中で見落とされがちな市井の人々の感情や出来事を見つめ、生き延びるために失ったものや運命の変転を、創作を通じて描き続けている。他の代表作に『春の河、東へ流るIV』(2015年)、『海上の明月、潮と共に生ず』(2017年)、『秦を望む』(2019年)など。http://www.daichenlian.net/
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