ジャンルとジャンルが出会う場所 相沢沙呼×小川哲 司会=堀内大助 「ミステリーの謎、SFの不思議──エンタメ小説の最前線に迫る!」イベントレポート

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ゲンロンα 2020年10月27日配信

 ミステリーとSFとマジック。今回、ゲンロンに集ったのは、一見無関係に見える3つのジャンルのプロたち。『medium』(2019)が「このミステリーがすごい!」国内編1位など5冠に輝いたミステリー作家・相沢沙呼。『ゲームの王国』(2017)で山本周五郎賞を受賞し、『嘘と正典』(2019)も直木賞候補となったSF作家・小川哲。そして司会はゲンロン社員でプロマジシャンという異色の経歴を持つ堀内大助。
 実は、相沢と小川は2人ともマジックと関わりが深い。相沢のデビュー作『午前零時のサンドリヨン』(2009)はマジシャンが主人公であり、相沢自身も高校生の頃からマジックに取り組んでいる。小川も『嘘と聖典』所収の短編「魔術師」(2018)でマジックをテーマとして扱い、さらに明治から昭和にかけて活躍し「魔術の女王」と称えられた実在の奇術師・松旭斎天勝が主人公となる作品も準備しているという。そのような縁で、異色のトークショーが幕を開けたのであった。(ゲンロン編集部)
 

当たり前を疑う



 トークは相沢と小川の紹介からスタート。相沢は「日常の謎」と呼ばれる作品を得意としているミステリー作家だ。「日常の謎」とは、暮らしのなかで起こる不思議な出来事の謎をロジカルに解明していくジャンル。小説内で犯罪が起きない場合も多い。小川は「日常の謎」に触れると、ふだんの生活で出会う何気ないことでも、理由を深く考えてみたくなるという。「日常の謎」には日常風景を見る目を少し変化させ、現実を豊かにする力がある。

 相沢の作家としての活動はそれだけではない。『小説の神様』(2016)では青春小説、『medium』では本格ミステリーと活躍の幅を広げている。映画にもなった『小説の神様』とその続編では、小説を描こうとする男子高校生作家の苦悩を描きながら、「小説とはなにか」というテーマを追求している。創作行為そのものを問うこの作品は、小説というジャンル自体の限界に挑戦しているともいえる。

 当たり前だと思われていることがらを問い、物語を生み出すのは、日常を疑う「日常の謎」のミステリーにも通底する相沢の特徴だと言えるかもしれない、と筆者は感じた。

 


歴史小説はすべてSF小説?



 ジャンルそのものの問い直しを行う相沢と同様、小川もまた、自身の作品を「SFのようではないSF」と述べ、狭義のSFにとどまらない越境的な作品を生み出し続けている。マジシャンをテーマにした「魔術師」は、「ミステリーなのかSFなのかわからない」と評価されることが多いという。しかし、そもそも小川自身が「半分はSFで半分はミステリー」であることを意識して書いたそうだ。

 小川は、ジャンルという枠組みに意識的な作家だ。ミステリーとSFについて「ミステリーは構造についてのジャンルだが、SFは題材についてのジャンルだ」と言う。ミステリーは話の構造で読者を楽しませる一方、SFは題材や世界観で読者を楽しませる。「魔術師」がSFとミステリーの特徴を両方備えているのは、SFとミステリーが同じ「ジャンル」という言葉で括られていても、それが指し示す意味が少しずれているからなのだという。

 小川はさらに踏み込み、SFを「科学技術が使われている空想小説」だととりあえず定義しつつも、近年ではこの枠にはまらない作品が増え続け、定義がどんどん曖昧になっていると言う。

 


 そのような状況を踏まえ、小川は「歴史小説もSFではないか?」と問題提起する。舞台が未来ではなく過去にあるだけで、現代に生きる私たちにとっては、江戸時代の人々も未来に生きる人々も「見たことがない」という点では同じSF。その意味では、歴史小説もすべてSFだといえるのではないか。

ジャンルとジャンルが出会う場所



 さらに、ミステリーとSF、そしてマジックという3つのジャンルをめぐって、類似点や相違点が話し合われた。例えばSFでは、世界観を読者に納得させるため、小説を支えるロジックを読者に気づかれないように随所に仕込むことが求められる。それが巧妙に機能しているほど、読者はリアリティを感じることができる。マジックも、そこにあるロジック(=タネ)が分からないよう、巧妙に手順を隠す。この点ではSFとマジックは似ている。一方で、ミステリーでは、事件のロジックを最終的に明かすため、小説にはり巡らされた伏線を読者の記憶のなかにある程度は残さなければならない。3つのジャンルは、トリックを支える論理がその裏に働いている点では共通だが、そのロジックがどのように働いているのかを見ることで逆にそれぞれの特性が浮き彫りになるわけだ。

 イベントではほか、小説でマジックを扱うとき、視覚に頼ったマジックをどう描き、読者に伝えるのか、技術的な議論も交わされた。相沢の実体験に基づくトークは、小説の書き手にも読み手にも参考になるだろう。ジャンルとジャンルが出会うなかで、トークはさまざまな話題を含みながら展開していった。



 相沢がミステリーにちなんだマジックを披露する場面もあり、イベントは気づけば3時間を超えていた。各業界の裏話や、小川と相沢によるオススメのミステリー・SF小説の紹介など、ここでしか聞けない話題が盛り沢山だった。

 作品だけでは見えない、作家たちの素顔が明らかとなるイベントだったので、気になる人はぜひ動画を見て欲しい。(谷頭和希)

 


ゲンロン中継チャンネルでは、全編がタイムシフト公開中(10月27日まで/税込1000円)。
シラスでは、半年間アーカイブを公開中(税込880円)。


相沢沙呼×小川哲 司会=堀内大助「ミステリーの謎、SFの不思議──エンタメ小説の最前線に迫る!」
(シラス番組URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20201020
(ニコニコ動画番組URL= https://live.nicovideo.jp/watch/lv328574434
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