あたらしい東洋哲学はどこにあるのか──安藤礼二×中島隆博「井筒俊彦をこえて」イベントレポート|伊勢康平

ゲンロンα 2020年10月30日配信

 昨年11月の対談「井筒俊彦と中国——あたらしい東洋哲学のために」では、20世紀日本の哲学者・井筒俊彦について語りあった安藤礼二と中島隆博。老荘思想やシャーマニズムを軸に井筒哲学の全体像にせまった議論は「ゲンロンセミナー」として『ゲンロン11』に掲載された。

 それから約1年——安藤は『群像』7月号に「井筒俊彦 ディオニュソス的人間の肖像」という渾身の井筒論を発表し、鈴木大拙を特集した『現代思想』11月臨時増刊号にも深く関与した。一方で中島は、筑摩書房の「世界哲学史」シリーズの編集委員として、巨大なプロジェクトを推し進めている。同シリーズはすでに予定された全8巻が刊行され、現在別巻の編集が行なわれているという。

 それぞれべつの角度から哲学の歩みを進めてきたふたりはいま、「東洋哲学」の未来についてなにを語るのか。イベントは前回よりいっそう広大で、充実した対話となった。

 

 ところで、この対談が収録された2020年10月23日にさきだち、同19日にゲンロンの手がける放送プラットフォーム「シラス」が正式にオープンした。ニコ生のタイムシフトとはちがい、「シラス」では各番組のアーカイブが半年のあいだ視聴できる。それにくわえて、今回はかなり高度な議論が展開されたので、このレポートではおおまかにイベントの模様を紹介するというよりも、むしろ対談の論点を整理しつつ、必要に応じてぼく自身の観点から補足し深掘りしていこうと思う。そうして、より長い期間にわたって番組視聴の参考資料にしていただけるようなものになれば幸いだ。

「近代一元論」の風景


 それぞれ寄稿者として『ゲンロン11』にかかわった安藤と中島だが、いざ完成した誌面をみたとき、ふたりはそこに井筒俊彦にもつうじるような、東方的・ユーラシア的な想像力を感じたという。つまり、ヨーロッパやアメリカの影響を受けつつも、あえて東洋の側からグローバルな思考を組み立てようとする姿勢が本誌にはあったということだ。

 たしかに、目次をざっとながめるだけでも、タイ・香港・韓国・ロシアなど多様な地域が織りまぜられているのがわかる。とはいえ、なかでも一種の意外性とともに「東方性」を色濃く演出したのは、石田英敬による西田幾多郎論だろう。「記号の場所」をめぐって、西田やハイデガーから、はてはスティーブ・ジョブズまでが俎上にあげられたこの論考に言及するなかで、安藤はとくに西田とチャールズ・パースの対比という論点に着目する。安藤によると、パースと西田のあいだにはちがいが際立つ一方で、西田と親交のあった鈴木大拙は、じつはパースとつながりをもっていたという。それだけでなく、大拙に注目することで、当時世界的に広がっていた「近代一元論」の風景が立ちあがってくるというのだ。

 

 1897年、20代後半で渡米した大拙は、編集者となってポール・ケーラスのもとで出版事業にかかわっている。ケーラスは、東洋思想に深い関心をもったドイツ出身の哲学者だ。とりわけ安藤が重視するのが、The Monist(『一元論者』)という雑誌である。大拙が著者や編集者としてかかわっていた当初、Monist 誌は非常に雑種的なものだったようで、生物学(進化論)や心理学(潜在意識論)、哲学などさまざまな分野から一元論的な、つまりひとの精神と物質のあいだに差異を設けないような考えにもとづく議論が集められていたという。当時の寄稿者のなかには、たとえば「純粋経験」の概念を導入したウィリアム・ジェイムズや、胚を観察し、個体発生(胚が成体へと変化する過程)が系統発生(進化によって多様な個体に枝わかれしていく過程)を反復すると説いたドイツのエルンスト・ヘッケルなどがいた。くわえて安藤によると、そこに毎号のように寄稿していたのが、ほかでもないパースだったというわけだ。

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1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。翻訳に王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)、ユク・ホイ「百年の危機」(「ゲンロンα」掲載)、「二一世紀のサイバネティクス」(Webサイト「哲学と技術のリサーチネットワーク」に掲載)ほか。現在、ユク・ホイ『中国における技術への問い』の全訳を仲山ひふみと進行中(2021年にゲンロンより刊行予定)。

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