高野秀行×都築響一「世界で糸引く納豆の謎を解け」イベントレポート

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ゲンロンα 2020年12月27日配信
 朝ご飯の定番、納豆。実はこの食材、アフリカにも存在していることを知っているだろうか? アフリカやアジアの知られざる納豆を調査し、そこで人びとがどのように納豆を作り、食べているのかをまとめた本が出版された。その名も『幻のアフリカ納豆を追え!』。著者は、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」がモットーのノンフィクション作家・高野秀行。聞き手は『TOKYO STYLE』や『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』などで、それまで注目されてこなかった日本の風景を切り取ってきた写真家・ライターの都築響一。幻の納豆をめぐって行われたトークの模様をお届けする。(ゲンロン編集部)
 

納豆は多様だ


 高野が納豆について書くのは、『幻のアフリカ納豆を追え!』で2回目となる。2016年に出版された『謎のアジア納豆』では、タイやミャンマーの山中で見つけた納豆の謎に迫った。そもそも高野は、早稲田大学の探検部在学時に『幻の怪獣 ムベンベを追え』(1989年)でデビューを果たしてから、アフリカや東南アジアなどの辺境の地に足を運び続けていた。その途中、ミャンマーではじめて現地の納豆を紹介され、納豆が日本以外の国でも食べられていることに驚いたという。

 そんな中、『移民の宴』(2012年)の取材で日本に住む移民外国人たちについて調査を行ったとき、周囲の日本人が外国人に必ず「納豆は食べられるのか」と尋ねることに気づき、ミャンマーにも納豆があることを思い出した高野。そこから、彼の納豆をめぐる旅が始まったのだ。

 調査から分かってきたのは、納豆は世界各地で食べられていて、非常に多様な姿をしていること。例えば、日本では、納豆は大豆から作られるのが普通だと思われがちだが、アフリカでは必ずしもそうではない。むしろ、パルキア(アフリカイナゴマメ)という木になる豆から作られるのが普通だという。また、食べ方についても、煎餅状にして料理にまぶして食べたり、スープにしたりするなど、各国でさまざま。日本のようにご飯にかけて食べる方法はマイナーだとさえ、いえるのだ。

 世界には、多様な納豆観がある。

 


納豆文化の共通性


 しかし、世界中の納豆を見てきた高野は、そこに共通点も見出すことができるという。例えば、人が納豆について語るとき、自分の国(民族)での納豆がいちばん美味しいとか、他の国(民族)のものは「あんなの、納豆じゃない」などと思ってしまう現象は、日本だけでなく、他の国でも見られるという。高野はその現象を「手前味噌」ならぬ「手前納豆」と名付け、各国で出会った「手前納豆」の話をする。

 加えて、多くの場合、納豆は都市などの中心部では食卓に上らず、そこから離れた辺境部で親しまれていることも指摘した。これは、タンパク源となる魚が取れにくい山間部で、効率的に栄養源を摂取することに由来していると高野は言う。しかし、そうした辺境の地域は、都市部とは異なり、治安が悪い場合も多い。逆に「人が行かない地域」に行くことがモットーである高野だからこそ、このような世界の隠された納豆文化に出会うことができたのかもしれない。

 高野は実際に各国の納豆を現物で用意し、都築に見せながら説明する。また、同書の取材映像なども公開された。それを見ると、画面に写っているのはたしかにアフリカの人びとであるのに、作っているものは納豆で、不思議な感覚を覚える。高野は納豆について説明しながら「人間の考えることは似ている」と言った。話す言語が異なっていたり、見た目が異なっていたりしても、同じ人間であり、考えることは大きくは変わらないのではないか。そしてそれが、納豆という、意外な食文化に現れているのではないか。

 


常識に疑問を投げかける


 聞き手である都築は、高野の本について「異文化に触れること」で常識がひっくり返ることが面白いという。高野は、日本にずっといると、日本の価値観に囚われてしまい、一つの価値観でしか物事を考えられなくなってしまうという。例えば、日本から出なければ、日本にしか納豆はないという思考の外に出ることができず、新しい発想は生まれない。事実、日本で納豆を作る人に話を聞くと、海外にある納豆の存在はあまり知らないのだという。特に納豆の場合は、辺境で食べられていることに加え、日常的な食べ物すぎるために、記録に残りにくい。意識的に発見しなければ、なかなか納豆の面白さには気付けないのだ。

 都築もまた、地方のスナックや秘宝館、ラブホテルなど、日本の見過ごされてきた風景や、注目されることが少ない対象を写真に収めてきた。都築が撮影してきたものもまた、納豆と似ているのではないだろうか。それは、意識的に発見しようとしなければ見いだされることが少ないものである。しかし、都築はそれらを写真に収めることで、常識をひっくり返そうとしている。

 都築が写真を撮り始めたのは、被写体となる対象が誰からも記憶されずに消えてゆき、忘れられてしまうのではないかという焦燥感からだという。記録されにくいものへの視線がそこにはある。そして高野もまた、記録されにくい対象を追い求めて、ノンフィクションの作品を仕上げる。2人はこのような記録の活動を通して、我々の常識に疑問を投げかけているのではないだろうか。

 


 都築は、発行しているメールマガジンの話から、近年、インターネットやSNSの発達に伴い、アマチュアの人びとの旅行記や写真でもプロに比肩するようなレベルのものが増えたと話した。都築は高野に対して、そのような時代における「プロ」の意味合いとは何かを尋ねた。高野はそれに対して「レベルやモチベーションを維持し続けること」を挙げた。1枚いい写真を撮ることは多くの人にできても、コンスタントにクオリティの高いものを仕上げることができるのはプロだけだ。そういえば、『幻のアフリカ納豆を追え!』というタイトルは、高野のデビュー作である『幻の怪獣ムベンベを追え』のセルフパロディーになっている。デビュー当時から「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」をモットーに活動を続けてきた高野らしいエピソードであった。

 都築の軽妙な受け答えに応じるように、高野のこれまでの仕事が振り返られる興味深いイベントとなった。興味のある方はぜひ見てほしい。(谷頭和希)

シラスでは、半年間アーカイブを公開中(税込880円)。ニコニコ生放送では12月25日(金)までタイムシフト視聴が可能です。

 



高野秀行×都築響一「世界で糸引く納豆の謎を解け――『幻のアフリカ納豆を追え!』刊行記念イベント」(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20201218/
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