近代を裏返すための街歩き〜吉見俊哉 聞き手=春木晶子「東京の未来は「北」にある?!――『東京裏返し』で読むポスト五輪の新首都像」イベントレポート

ゲンロンα 2021年2月3日配信
 集英社新書から出版された『東京裏返し』は、本郷や湯島、北千住、王子など、これまで注目されてこなかった東京北東部を、7日間でめぐる街歩きガイド。著者は『都市のドラマトゥルギー』(1987)や『博覧会の政治学』(1992)、『五輪と戦後』(2020)など、都市論やカルチュラル・スタディーズ、メディア論と幅広い分野で著書を発表してきた東京大学教授の吉見俊哉だ。吉見は同書で、幅広い時間軸から東京を見つめ直し、そこに新しい姿を見出している。今回ゲンロンでは、そんな「裏返し」の旅について吉見にお話を伺う。聞き手は、江戸東京博物館学芸員の春木晶子。変貌を続ける東京の、来るべき姿をめぐって行われたトークショーの様子をお伝えする。(ゲンロン編集部)

中心を「裏返す」

 聞き手の春木は、『東京裏返し』で提案された東京北東部の散歩コースを実際に歩いて写真に撮ったといい、イベントはその写真を紹介しながら進んだ。

 

 同書が扱ったエリアは、東京の北東部。江戸・東京の歴史を見たとき、次々と周縁化されたエリアがこの範囲だと吉見はいう。現在では、新宿や渋谷など、東京南西部の方が東京の中心だと認識されることが多いが、江戸時代では、北東部こそが都市の中心を担っていた。

 最もわかりやすい例が上野だ。上野は江戸時代では最も栄えた盛り場の一つであり、江戸っ子の拠り所の一つでもあった。しかし、明治維新によって江戸の世が終わるとともに、この地ではかつての名残りを強制的に消し去るように博覧会が開かれ、また近代的な博物館が建てられた。それは江戸の記憶を消去しようとする明治政府の試みでもあったのだ。

 しかし、周縁であったことが、逆に歴史的な遺産が保存されることにつながった場合もある。例えば、イベントで紹介され、議論が盛り上がった場所に上野・寛永寺の「黒門」がある。ここは彰義隊と明治政府軍が激戦を繰り広げた上野戦争の舞台となった場所であり、門には今でも弾丸の跡が残されている。本来なら戦争の悲惨さを伝えるために丁寧に保存されるべき場所なのだが、今ではほとんど野ざらしになっている。

 この他にも、東京北東部を歩いていると、江戸、あるいは江戸以前から存在する歴史的遺産が――ほとんど誰にも気付かれない形で――残っていることが再発見されるという。吉見はそこに注目して、東京の都市としての可能性を再発見しようとする。吉見が『東京裏返し』で試みるのは、東京の中心を再度北東部へ「裏返し」てみよう、という提案なのだ。

吉見俊哉『東京裏返し 社会学的街歩きガイド』集英社新書、2020年

地形で裏返す

 特に吉見が注目するのは「地形」だ。地形に注目した街歩きはNHKの「ブラタモリ」や中沢新一の『アースダイバー』など、今までにも存在してきた。建物は変化していくが、それを支える地形は変化することが少ない。東京は起伏に富んだ地形を持っており、その多様な地形が多様な都市の姿を生む。

 東京は、他国の都市と比べて歴史がなく、多様性に乏しいと評されることが多い。けれども地形に注目すると、その言葉が東京の一面しか表せていないことに気付けるという。江戸期の中心部である北東部は、地形をうまく活かした都市設計がなされており、そこに長い時間的射程で豊かさを見ることができる。

 例えばその実践の一つとして、『東京裏返し』の最終章では「川」に注目している。江戸・東京の歴史上、川は重要な役割を果たしてきた。水運が発達しており、川で移動することも多かった。また、川から見て美しく見えるように都市景観が作られていた。いまも川の視点から東京を見ると、異なる東京の姿を発見できる。また、水運のゆっくりとした速度のもとではさまざまな相貌をじっくりと眺めることができ、都市の本来の多様性への気づきを得られるのだという。

近代を裏返す

 けれども、明治以降は主な交通手段は鉄道などの陸路になり、江戸期の水運は顧みられなくなってしまう。電車や地下鉄の発達によって、目的地までは時間が重視され、水運がもたらす豊かさは失われていく。

 吉見はいまもそのような流れに抵抗する存在として、路面電車に注目している。路面電車のスピードは交通機関の中では、もっとも歩行者のスピードに近い乗り物であり、あたかも歩いているかのように街を見ることができる。路面電車は、地下鉄や電車と比べて、都市と多く「触れる」ことができる交通手段というわけだ。しかし、その路面電車も1964年の東京オリンピックに向けた再開発でその多くが廃線になり、現在は「東京さくらトラム」(都電荒川線)を残すのみとなっている。

 近代化は社会の多くを、「効率」や「スピード」で一元的に捉えようとしてきた。そうした欲望は、高度経済期の日本であれば有効に働いたかもしれないが、現在ではそうした過度な効率化が人々を苦しめているのではないか。だとすれば、近代化一辺倒になってしまった都市の中でどのように多様性を発見していくかが、重要な課題として浮上するのではないか。

 吉見の考察は、近代という時代そのものを「裏返す」実践でもある。イベントでは、都電を伸ばして東京北東部を一繋ぎにする構想についても語られた。

日本を裏返す

 イベントの聞き手となった春木晶子は北海道出身。『東京裏返し』には板橋の近藤勇の墓が登場するが、これを建てた新選組2番隊組長・永倉新八は、北海道ともゆかりが深い人物で、後年は小樽に住んでいたという。

 

 吉見はこの指摘に答えて、東京北東部と北海道のつながりが強いと述べた。戊辰戦争で旧幕府軍が立て篭もったのは、いまの上野公園だ。そして最終的に戊辰戦争の舞台は、函館の五稜郭へと移っていく。明治新政府に負けた敗者の移動をたどっていくと、北海道と東京北東部という、一見無縁な土地のつながりが見えてくる。北海道も東京北東部も、近代化の波の中で見捨てられた土地でもある。

 吉見はさらに、こういったエリアは日本全国に点在していると指摘した。例えば、日本には約7000もの島々があるというが、そうした島々が織り成してきた歴史は、陸路が主になってしまった近代では注目されにくい。しかし、『東京裏返し』の試みのように、水路や海運に注目して都市を眺めることで、島々を中心とした異なる日本の姿も見えてくるのではないか。吉見は『東京裏返し』の拡大版として、その範囲を日本全体にまで広げた「日本裏返し」という大胆な構想も語った。 

 そのような読み替えを行うことで、自明とされてきた近代という時代、近代化という現象の本質を逆に考えることができると吉見はいう。一見手軽な街ガイドに見える『東京裏返し』には、こうした大きな野望が隠されているのだ。

 

 ここでは吉見の『東京裏返し』の内容を中心に紹介したが、聞き手となった春木は同書と吉見のこれまでの著作の関係をさまざまな論点で尋ねていた。その中で吉見が近年精力的に取り組んでいる大学論やメディア論についても語られ、また、吉見の原点となった演劇体験も触れられるなど、吉見の仕事を多角的に見ることができるイベントとなった。

 また、ゲンロンカフェ初登場となった吉見だが、ゲンロンのイベントや書籍とつながる視点も多かった。例えば吉見は近代のスピードへの対抗として、首都高速道路を歩行者天国にするという構想を話したが、これは大山顕(ゲンロン叢書『新写真論』の著者)の考察に重なるし、近代化のなかで忘れ去られた土地という主題は、小松理虔『新復興論』で取り上げられたいわき市の例とつながる。

 吉見の著作や東京論に関心がある人のみならず、ゲンロンの放送に親しんできた多くの人に見てほしいイベントとなっている。ぜひ動画で全貌を見ていただきたい。(谷頭和希)

シラスでは、半年間アーカイブを公開中(税込990円)。ニコニコ生放送では、今後の再放送の機会をお待ちください。

 

吉見俊哉 聞き手=春木晶子「東京の未来は「北」にある?!――『東京裏返し』で読むポスト五輪の新首都像」
(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20210127/

 

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