「語り芸」としてのカツベンの魅力とその世界──片岡一郎×山本貴光×渡邉大輔「映画を拡張する声と説明芸術」イベントレポート

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ゲンロンα 2021年3月19日配信
 季節は3月、所は五反田。まだすこし肌寒さの残る夜の街に、一人の男がおりました。何やら分厚い本を携えたこの男、何を隠そうその名も片岡一郎は、音のついていない映画に生で説明をつける「活動写真弁士」として世を渡る者。小脇に抱えた著書『活動写真弁史』は、そんな弁士たちの歴史を映画の黎明以前から活き活きと描き出した滅法面白い本として、近ごろ大変な評判でございます。 
 その片岡先生を迎えるは、ここゲンロンではすでにお馴染み、文筆家の山本貴光と批評家の渡邉大輔。『活動写真弁史』の面白さにコロっとやられちまったおふたりが、多種多様な切り口からその魅力に迫ったこの鼎談、終わってみれば約4時間の大盛り上がり。あいまにはなんと片岡先生の実演披露の大サービスまであった充実の番組の次第、ここにお伝えいたします――。(ゲンロン編集部)

「語り芸」としての活弁の歴史


 いきなり拙い物真似の紹介文ではじめさせていただいたが、この何百倍も魅力的な片岡のしゃべりは、とにかくそのリズムで聞かせる。片岡も語るように、弁士と言えばとかくサイレント映画時代の「終わった文化」と思われがち。しかし、現在でも約10名の現役弁士が国内外のさまざまな上映企画で活躍しており、その「語り芸」の伝統は脈々と受け継がれているのだ。 

 そんな片岡の語りの魅力は、番組冒頭での自著紹介から存分に発揮された。立て板に水、快刀乱麻のしゃべりで片岡は自著のポイントをどんどん解説してゆく。 

 
 

 まずは最初の職業弁士と言われる上田うえだ布袋軒ほていけん。1849年(嘉永2年)の生まれというからバリバリの江戸時代生まれ。映画の原型のひとつであるキネトスコープが本邦初公開となったのは1896年のことだが、それまでは各種見世物の口上をしていたらしい。活動写真弁士が映画以前の語り芸の伝統を踏まえた存在だったことがよくわかる(本はその伝統をていねいに説き起こすところからはじまる)。 

 弁士はある時期まで映画興行を牽引するスターのような存在だった。なんとあの江戸川乱歩も弁士になろうとしたことがあるという。しかしその後、1929年から徐々に始まったトーキー映画(音付き映画)の興行によって弁士は居場所を失ってゆく。弁士たちは当時の社会主義者の指導のもとストライキを起こす。巨匠・黒澤明の兄、弁士だった須田貞明こと黒澤丙午はそれに巻き込まれて命を落としていた――。そんな数々の弁士にまつわる忘れられた歴史に光を当て、570頁のボリュームで包括的にまとめ上げた大著が『活動写真弁史』なのだ。 

 同書について山本と渡邉のふたりは、そのページ数を感じさせないくらいにとにかく読んでいて面白いと口を揃えて賛辞を贈る。刊行当時から同書を絶賛していた山本は、映画史の記述もさることながら、その背景にある日本近代史をも魅力的に描き出す筆致に強く惹かれたとのこと。他方で渡邉は、映画史の専門家の立場からも同書を「決定版」と称賛。ところどころ散りばめられたコラム、数々の図版に図表、巻末の弁士小伝集といった仕掛けの豊かさにも目を見張ったという。 

 

活弁はいまでいう「ゲーム実況」?


 山本は「素人代表」として、さまざまな角度から片岡に質問を投げかけキャッチボールを交わした。なかでも光ったのが、ゲーム作家としての彼の視点だ。 

 たとえば山本は、活弁を現代のゲーム実況の文化になぞらえる。たしかに、おなじゲームでも実況者によって動画に個性が出たり、実況者ごとにファンがついたりするといった現象は、まさに活弁の時代さながらである。「ゲーム実況の魅力は実況者の声を楽しむことにある」という意見を耳にすることが多いという渡邉も、この類比には膝を打った。 

 
 

 活弁とゲームの結びつけは、片岡の実践についてのやり取りでも飛び出した。 

 片岡によれば、弁士がもっとも避けなければならないとされるのは「ドア説明」と呼ばれるしゃべりだ。「ドア説明」とは、男がドアを開ける映像にあわせて「いま男の前にドアがありまして、男がドアに手をかけるとなんとそれが開きました」というような、目に見えていることをそのまま説明するしゃべりを指す。そのような冗長な語りは観客を退屈させる。必要なのは、いかに目に見えている以上のことを話すか、あるいはあえて説明を抜いて映像に語らせるかといった情報の調整である。その調整によって観客の興味と生理に訴えること。それこそが弁士の腕の見せ所なのだと片岡は語る。 

 山本は、この塩梅をゲームのチュートリアルに重ね合わせる。プレイヤーに操作をさせながらルールを教えるチュートリアル画面でも、「○○を△△すれば××になる」という説明をしすぎると受け手は退屈する。重要なのは、プレイヤーに「このボタンを押すとどうなるんだろう」と思わせるような余白を作ることだと山本は言う。ゲームにも「ドア説明」は存在するのだ。 

 このやり取りからもわかるとおり、活弁の実践はひとになにかを伝えるプレゼン術やその内容をどう覚えておくかという記憶術との親和性がとても高い。片岡いわく「弁士から学ぶプレゼンテーション」である。われわれ一般人にとっても身近で実用的なその技術や方法について具体的になにが語られたかは、ぜひ動画でチェックしていただきたい。 

 

活弁とポストシネマ


 他方、渡邉は研究者としての視点から、片岡の著書をアカデミズムの映画研究と接続した。 

 渡邉によれば、『活動写真弁史』のような仕事は専門的に見ても決して傍流のものではない。1990年代頃から、映画研究の世界ではそれまでの物語映画中心主義に対する批判と連動して「メディア考古学」と呼ばれるメディア論のアプローチが取り入れられるようになった。ひらたく言えば、「映画=物語を伝えるもの」と捉えてその中身や形式だけを分析するのではなく、それを取り巻く上映やメディア環境全体の歴史にも目を配ることが大事だという話である。そのことによって、「サイレント映画からトーキーへの移行=映画の進化」と捉えるような単純な進歩史観は否定され、たとえば上述の「活弁→ゲーム実況」という流れをトーキー映画の流れと並存させるような複数の線としての歴史を描くことが可能になる。活弁と映画の歴史は、「メディア考古学」が眼目のひとつに掲げる「歴史の複数性」を体現するものなのだ★1。 

 
 

 そのうえで渡邉は、『活動写真弁史』の内容をさらに押し広げてゆくための論点の数々を提起した。たとえば、日本のアニメ文化に欠かせない存在である声優の実践やスターダムと弁士の文化との比較★2。あるいは、弁士が観客に「○○さん、電話ですよ」と話しかけたり、観客が画面に向かって呼び掛けたりすることもあったというかつての文化と現在の「応援上映」とのつながり。このほかいくつか挙げられた論点は、どれも渡邉がこれまで行なってきた「ポストシネマ」についての考察(本サイトに一部掲載)と呼応するものだ。それらに関する議論の詳細は、これも動画で確認されたい。 

 もちろんここで紹介することができたのは、全体のほんの一部である。なにより片岡の実演披露(『喧嘩安兵衛』『月形半平太』の2本)は、それだけのために番組を購入する価値がある。実演後の解説を聞いてから実演部分を何度も見直してみるというのもアーカイブ動画ならではの楽しみ方だろう。活弁の魅力とその世界を、ぜひ多くのひとに体験していただきたい。(住本賢一) 

 



★1 ここでは省略したが、映画研究者のチャールズ・マッサーが提唱した「スクリーン・プラクティス」という概念も、この「メディア考古学」のアプローチと密接に結びついている。詳しくは動画内の渡邉プレゼンを参照されたい。 

★2 この論点は、『活動写真弁史』と石田美紀『アニメと声優のメディア史』をあわせて読んだという映画研究者・鷲谷花の一連のツイートに触発されたものとのこと。

 

 
 シラスでは、2021年9月5日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送は、再放送の機会をお待ちください。

片岡一郎×山本貴光×渡邉大輔「映画を拡張する声と説明芸術──『活動写真弁史』刊行記念」 
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210308/

 

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