合理性を乗り越える時事放談──「菅政権は短命で終わるのか? コロナ・五輪・情報戦略」(佐藤優+辻田真佐憲+西田亮介)

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ゲンロンα 2021年4月20日配信
2024年1月26日追記
 フェイクニュースやデマ、ヘイトなどが飛び交い、コロナ禍の中でますます混迷をきわめる日本と世界。その現状、過去、そして未来について、作家の佐藤優氏を招き、西田亮介・辻田真佐憲両氏と徹底的に討論するイベントが実現した。ゲンロンカフェ初登壇の佐藤は、外務省で主任分析官を務めた経歴をもち、長期に渡って独自の視野から政界を見つめてきた。近著『菅政権と米中危機』(手嶋龍一との共著)では、菅政権に対する鋭い分析を披露している。西田と辻田もゲンロンから『新プロパガンダ論』を上梓し、混迷する社会への処方箋を提示したばかりだ。 
 トークは日本政治の現状分析からSNSと政治の関係、皇室問題や神学の意義、そして佐藤の個人的な経験から導かれた教訓と、さまざまな話題を横断しながら展開した。白熱したイベントの一部をお届けする。(ゲンロン編集部)

縦横無尽の時事放談


 対話は、最近の政治をめぐるトピックについて、まずは佐藤の見解を聞き出す形で進んでいった。元外交官というキャリアに加え、宗教や外国事情、地政学、サブカルチャーにいたるまで幅広い見識を持つ佐藤ならではの見解が披露された。 

 辻田からは、『菅政権と米中危機』でも提唱された「首相機関説」についての質問も。これは、近年首相自身がひとつの組織のような機能を果たしていることを表し、官邸主導の政権を語るときのキーワードとして佐藤が挙げた言葉である。佐藤は質問に答えながら、菅政権の特徴を歴代の首相・政権とのエピソードを交えながら語っていく。佐藤の見立てでは、菅首相は短命で終わらず、長期化する可能性が高いという。 

 
 

 官邸主導の政治体制が生まれたのは自民党政権下ではなく、民主党が政権を担っていた時代ではないかとの問題提起もなされた。分断として捉えられがちな自民党政権と民主党政権に連続性を見る問題意識は、『新プロパガンダ論』で西田と辻田が語った内容にも通じる。 

 他方で、西田は最近の総務省接待問題を挙げ、これを期に長年蓄積されてきた「政治とカネ」問題への一般市民の鬱憤が爆発し、菅政権に大きなダメージを与えるのではないかと指摘した。細かいデータをもとに佐藤の論に対して疑問を投げかけ、緊迫感あふれるやりとりが展開された。 

 佐藤はそれに答えるように、ロシアに赴任した経験から、菅首相とプーチン大統領に類似性を見るというユニークな視点も提示していた。 

 
 

 

脅威の仕事量と、モチベーション


 時事分析とはべつに、西田は佐藤の仕事術や読書術についても強い興味を示し、その秘訣を聞き出そうとしていた。佐藤は、年間で単著を15冊ほど上梓しているという。それだけでも驚くべき数だが、加えて現在抱えている締切は月70~80本に達すると語る。イベント当日も、複数の原稿を終えてから会場に来たとのこと。西田と辻田は一瞬茫然自失となった。 

 驚くのはアウトプットの量だけでない。インプットの量も尋常ではない。佐藤の1日は、4時半に起床し、その後新聞各紙に目を通すことから始まるという。その後、力尽きるまで原稿を書き、残った時間は基本的に読書などのインプットに当てる。インプットは毎日7〜8時間に及ぶ。あまりにストイックな生活だが、どうしてここまで仕事への情熱を持ち続けられるのか。 

 西田がその理由を尋ねると、佐藤は3つのモチベーションを挙げた。1つは、外交官として解決に導けなかったロシア問題についての償いの想い。2つ目は、佐藤の母親の出身地である沖縄をアイデンティティーの問題として考えたいという想い。そして3つ目が、神学の面白さを次世代に伝えたいという想いなのだという。3つ目については後進の育成も必要であり、現在指導をしている学生たちがある程度の学識を付けられる時期まで、自身も伴走したいと語った。 

 最近総合知の重要性を訴えている辻田は、多方面に著作がある佐藤に対して、専門家からの細かい修正要求が来ることはないのかと質問。佐藤は、指摘はあるが、その多くは語りたい本質とずれており、ほとんど取り合っていないと答えた。自由を確保するには、アカデミズムと距離を取って棲み分けを行うことが重要だ。辻田も、この姿勢には共感を覚えたようだ。 

 
 

 

宗教をどう捉えるか


 イベント後半では、ゲンロン代表でロシア情勢に詳しい上田洋子と、ゲンロン創業者である東浩紀も登壇。そこから、イベントは最近の政治情勢からより広く、宗教や思想をめぐる話題へと広がっていった。 

 なかでも東と佐藤の間で盛り上がったのは、宗教や哲学をめぐる話題だ。佐藤は神学研究者としても多くの発言をしているが、日本の哲学者では柄谷行人を高く評価しているという。佐藤によれば、柄谷は思索の帰結として神や宗教(カトリシズム)に近づいている。 

 それに対して東は、柄谷が心のそこで宗教的なものを求めているという認識を共有しつつも、それを直接語らない合理主義者の素振りを見せていることに疑念を呈した。柄谷に限らず、なぜ日本のポストモダン論壇は精神文化について多くを語らないのか。東は疑問を持ってきたという。 

 佐藤は、宗教を「理屈性の外側にあるもの」と述べつつ、合理性だけでは語れない人間や社会の姿を語ることが必要不可欠であると述べた。神学における論文は、いわゆる科学における論文と、「ファクト」の扱いが異なっている。神学論文では、科学的には説明できない個人的な宗教体験を、一つの宗教的な真実として、メタファーなどを用いながら説明することが求められる。そのような神学的な思考法は、現代においても重要なのではないか。 

 以上の問題については、先日ゲンロンで宗教学者の島薗進氏を交えた対話に参加した辻田から、宗教学者と神学者の違いについての質問も寄せられた。 

 
 

 

合理性だけでは語れない人間関係へ


 とはいえ、現代の日本では、そのような神学的世界観は、その正反対のファクト中心主義や合理性の名の下でまったく力を弱めているように見える。西田がそのような時代への処方箋を尋ねた。 

 佐藤はその問いに対して、「自分の生活のある領域を、経済合理性とは違う原理で動く何かに向けること」が大事だと答えた。彼にとっては、その一つが神学部での教育活動なのだという。佐藤は現在、自らが卒業した同志社大学神学部で客員教授を務めており、教育を大事にしている。教育というリアルで濃密な人間関係こそ、合理性だけでは語れない部分を担うのだ。 

 佐藤はそのような自分の選択の背景に、青春時代を過ごした大学での経験が反映されていると付け加える。神学を学ぶ学生同士、深夜まで議論した経験がいまの生き方につながっている。 

 イベントは予定を大幅に越え、深夜1時まで同じ熱量のまま続いた。イベントは、佐藤が最後に、合理性だけでは片付けられない親密さと熱気を感じたと述べて締められた。それはまさに、大学時代の議論や、ロシアに滞在していた時に外国の高官たちと政治談義を交わせたサロンの雰囲気を思わせるだったという。その最後の言葉は、ゲンロンのイベントの性格を鋭く指摘するもののように思われた。 

 


  

 ここに書いた話題以外にも、イベントではさまざまな議論が交わされた。気になる方はぜひ動画を見て欲しい。東と西田・辻田のあいだで見解が分かれる場面も見られ、生放送ならではの緊迫したシーンもあった。 

 さらには外交官時代、さまざまな任務を酒の力で乗り切ってきたという佐藤に酒の飲み方を聞く場面なども見られ、著書からだけでは分からない素顔がうかがえる楽しいイベントとなった。 

 コメントでは、ゲンロン代表の上田が専門とするロシア周辺諸国――ウクライナやベラルーシなどの議論も聞きたい、という声が多く寄せられ、まだまだ話し足りない中でイベントは終了を迎えたのだった。(谷頭和希) 

 

※好評につき番組を再公開しました(視聴期限:2024年7月26日まで)。

佐藤優×辻田真佐憲×西田亮介+東浩紀・上田洋子「菅政権は短命で終わるのか? コロナ・五輪・情報戦略──『菅政権と米中危機』『新プロパガンダ論』W刊行記念」
ニコニコ:https://www.nicovideo.jp/watch/1675087266
シラス: https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210222
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