Faraway, So Close|田中功起

ゲンロンα 2021年4月20日配信
 現代美術のインターネット・プラットフォーム e-flux の映像プログラム Artist Cinemasにて、4月19日より田中功起さん監修による企画 “Faraway, So Close” が始まります。Artist Cinemas は2020年から始まったプログラム企画で、アーティストがそれぞれ6週間ずつキュレーションを担当し、毎週一本ずつの映像作品と、関連するインタビューや論考をあわせて無料で公開するものです(映像は期間限定公開)。アカデミックな制度の外にあるアーティスト同士のコミュニティに焦点を当てることで、映像を別の角度から見直すことを狙いとしています。ゲンロンαでは、この企画に寄せた田中さんのステートメントの日本語版を公開します。(編集部)

 

 感染防止対策によって、愛するものの死さえも弔うことのできない生は、果たして人間的であると言えるだろうか。ぼくの、そしてあなたの人生は一度きりだ。生命の誕生も、人の死も、一度きりだ。

 

 2020年から続くコロナによるパンデミックは、皮肉にも、この世界がグローバルに繋がるひとつの共同体であることを証明した。ウイルスは人と人のあいだに入り込み、世界を駆け巡り、人類とはなんであるのかを明らかにする。人類はふれあうものだ。人と人との接触によるコミュニケーションを通して友をつくり、恋をし、ときに敵を生み出し、そして社会を、コミュニティを、家族をつくってきた。ウイルスは同時にその人類が築きあげてきた社会を(その諸問題を露呈させながら)ばらばらにしていく。ぼくたちはこのあいだ、希望にすがりながらも絶望してきた。災害時に生まれる相互扶助のユートピアを見つけたのと同時に、先行きの見えない不安を他者への憎悪に変えるものたちも多く現れた。

 

 ロックダウンをしている世界の都市と比べれば、ぼくの住んでいる京都は感染者数も少なく、まだ深刻な雰囲気はない。それでも頻繁に手を洗いアルコール・スプレーをする(それによって僕の手指の皮膚はここのところずっと荒れている)。スーパーで買ってきたものは除菌ペーパーで全部拭く。配達された荷物は玄関先に置いておいてもらう。あなたもそうだろうけど、ぼくも家族を感染させることを恐れている。とくに生まれたばかりの子どもに対しては。

 

 現在にいたるまでにさまざまなコンセプト(ステイ・ホーム、ソーシャル・ディスタンス、ニューノーマルなど)が提唱された。防疫の専門家や各国政府によって広げられたそれらのコンセプトは、ときに世界の見方を平板にしてしまう。

 例えば、ソーシャル・ディスタンスというコンセプトは、多様なこの世界をひとつの基準に当てはめる見方を提供する。本来なら感染防止対策は、個人が置かれている状況に合わせて個別に考えられるべきである。それぞれの距離はばらばらであるはずだ。でもそうした個別判断は世界の捉え方を複雑にする。だから分かりやすい基準が採用される。

 また、日々報道される感染者数や死亡者数は、世界の平板化をさらに加速させる。何千、何万として示される数字は、そのひとつひとつがひとりひとりの別々の生であることをぼくたちに忘却させ、抽象的な数として認識させる。

 

 概念や数という抽象性によって世界は覆われ、ぼくたちの、かけがえのない個別の生はないがしろにされている、と思う。

 

 他者へのケアは抽象的な世界を具体的にする。

 人類学者アネマリー・モルによる『ケアのロジック 選択は患者のためになるか』を読んでいる。モルは、医者による一方的な治療の押しつけではなく、情報を与えた上での患者による自律的な選択が推奨される現在の医療を「選択のロジック」と名づける。他方、モルが調査対象にした糖尿病は完治が難しく、患者はその病とともに生きるしかない。その治療のあり方にモルは「ケアのロジック」を見出す。「選択のロジック」が自律的な個人をベースに考えられているとすれば、「ケアのロジック」は集団的だ。集団を構成するのは、医者や看護師、ケア・ワーカーだけでなく、生活をともにする家族も含まれる。一律化した方法ではなく、患者の状態に合わせた、個別対応のケアと日々の調整(「手直し」とモルは呼ぶ)が重要視される。

 例えば、ぼくが子どもの世話を経験するなかで思うのは、ケアはどこまでいっても目の前にいる「この子」を基準に行われるということ。ケアは、患者という個人に関係するものであるから、どこまでいっても具体的だ。

 

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1975年生まれ。アーティスト。主に参加した展覧会にあいちトリエンナーレ(2019)、ミュンスター彫刻プロジェクト(2017)、ヴェネチア・ビエンナーレ(2017)など。2015年にドイツ銀行によるアーティスト・オブ・ザ・イヤー、2013年に参加したヴェネチア・ビエンナーレでは日本館が特別表彰を受ける。主な著作、作品集に『Vulnerable Histories (An Archive)』(JRP | Ringier、2018年)、『Precarious Practice』(Hatje Cantz、2015年)、『必然的にばらばらなものが生まれてくる』(武蔵野美術大学出版局、2014年)など。 写真=題府基之

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