ローカルであること、旅人であること――『新復興論 増補版』刊行記念インタビュー|小松理虔

ゲンロンα 2021年4月30日配信
 2021年3月11日、東日本大震災から10年の日に、ゲンロン叢書009『新復興論 増補版』が刊行されました。同書は第18回大佛次郎論壇賞受賞作に3万字を超える書き下ろしを収録した決定版です。刊行を記念し、著者の小松理虔さんにインタビューに応じていただきました。
 震災以降、地元である福島県いわき市の小名浜から、つねに現場の声を発信し続けてきた小松さん。しかし『新復興論 増補版』を書き上げたいま、これからは福島の外でも活動をしていきたいと語ります。そこには初版刊行からの2年半で見出した「共事」という新たな立場、そして自らのルーツである小名浜の「宿命」がありました。
 著者の幼少期からの物語を辿り、現在の社会問題へと開く、ここでしか読めない必読のインタビューです。

『新復興論 増補版』を書いて

――まずは『新復興論 増補版』を書き終えての手応えを教えてください。

小松 思いがけないところにたどり着いた、という感触です。『新復興論』の初版は地域づくりの本として書ききった実感があったし、評価もいただきました。しかしそこから2年半の変化をうけてあるていどの字数を書き下ろすと、ほんとうの結末はこちらだったのかもしれないというべつの結論に行き着いたんです。2年半の思いがけない発見から、思いがけない結末になった。同時にその結果にはとても納得しているという不思議な感覚です。

――具体的にどこに納得がいったのでしょう。

小松 「自分の復興」をしっかりと文章化できたことです。いま思うと、初版はどこか「書かされた」部分がありました。それはゲンロンからあと押しされたというだけではなく(笑)、社会的な状況によるものでもあります。初版が出た2018年の前後は、サン・チャイルドの問題や東電の復興本社の社長の不倫など、かなりゴタゴタがあった時期でした★1。同時にSNSでは福島を代弁することへの批判の声が可視化されてもいた。だからこの本を出したら批判も集まるだろうという不安があり、堂々と自分の本として語れない側面があったんです。

 でも、今回は不安はほとんどありません。もちろん福島にはまだいろんな課題があります。けれどいい意味で開き直ったというか、今回は自分自身の復興に対する考え方の変化を書ききれた気がしています。

――小松さんはこの半年で『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、『新復興論 増補版』の3冊を上梓されています。増補版での変化は著者としての経験を積んだことによるものでしょうか。

小松 もちろんそれもあると思います。ただそれ以上に大きかったのは、『新復興論』が「物語」でもあったんだと気づいたことです。この本は社会についての書籍であると同時に、ぼく自身の体験記でもあります。初版の当時、ぼくはこの本をファクトベースで書いたつもりだったし、事実なのだからだれにも文句は言わせないぞとも考えていました。虚構にしてしまうと罪深いとさえ思っていた。

 けれどある劇作家から、「『新復興論』はフィクションとして読める」という感想をもらって、自分がじつは虚構の力を借りていたんだと気づきました。ぼく自身が納得できる物語を、いろいろなひととの出会いのなかで立ち上げていたんです。自分はこういう体験をして、震災でこういう傷を負い、いわきに生まれ育ったアイデンティティが崩れ、それを問い直し、文化やアートの力、外部の力を借りて地域づくりに向かっていった、と。そのことに初版を書いたあとで気づかされました。だから増補版では、初版で書いたことを受け止めたうえで、さらに先まで責任を持って書くことができたのだと思います。

――増補版で追加された第四部「復興と物語」では、その気づきのきっかけとして斎藤環さんの講演も言及されていますね。

小松 斎藤さんの「トラウマをナラティブとして統合する」という言葉を聞いたときに「これはぼくの話だ!」と感じました。ぼくは専門家や有識者が言ったことを、勝手に自分と紐づけて盛り上がってしまうタイプなんです(笑)。今回の3冊では、ほかにも東浩紀さんの「観光客」や國分功一郎さんの「中動態」など、あれもこれも自分の実践に関連づけています。そういう専門家の知見が、地域とのふまじめな関わり方や当事者の閉塞感という、ぼく自身の関心に結びついていると再発見した2年半でもありました。

 それと同時に、双葉郡の東日本大震災・原子力災害伝承館のオープンも変化の原因として大きかったです。増補版の「復興と物語」で書いたとおり、伝承館のかわいそうなかんじというか、分裂したかんじというか、双葉郡の持つ弱さがぼくには響いてしまった。もしかしたらその弱さが、被災をしてアイデンティティが壊れてしまった、かつてのぼく自身と同じもののように感じたからかもしれません。ぼくは『新復興論』で「福島でこんな出来事が起きている」という客観的なレポートを書いたつもりだったけど、そこに巻き込まれて生きづらさを感じている自分自身の弱さを開示していたんだと思います。歴史のことを振り返ったり、いわきの産業のことを書いたり、よそのひとたちといっしょにプロジェクトをつくったりするなかで、自分がなぜこの場所で、震災や原発事故のような理不尽な目にあわなくてはいけなかったのか、その意味を探していた。

 この2年半で、書くこととは物語を立ち上げて課題を自分のなかで意味づけ、社会との関係性を更新していくことなんだとわかりました。この半年で立て続けに本を出したので、書くことの意味合いが変わったとより強く実感できました。

「本書は、この増補によってようやく完結する」。

ゲンロン叢書|009
『新復興論 増補版』

小松理虔 著

¥2,750|四六判・並製|本体448頁+グラビア8頁|2021/3/11刊行

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1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。2018年、『新復興論』(ゲンロン)で大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。2021年3月に『新復興論 増補版』をゲンロンより刊行。 撮影:鈴木禎司

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