猛者たちの集いし夜──石戸諭×久田将義×吉田豪「出版業界の裏側と来し方行く末を心ゆくまで語り尽くす」イベントレポート

シェア
ゲンロンα 2021年5月10日配信
 今日のゲンロンカフェはいつもとちがう――!? 
 人気ウェブ番組「久田将義と吉田豪の噂のワイドショー」のふたりとノンフィクションライターの石戸諭は今回が初の顔合わせ。とはいいながら、編集者やライターとして長年業界を生き抜いてきた両サイドにはジャンルのちがいを越えた共通の経験が多くあったようで、蓋を開けてみればトークは約4時間の大盛り上がり。
 番組は冒頭の無料部分(約15分)からフルスロットルだ。久田が「無料用トーク」としていきなりいま話題のとある女性タレントの問題に切り込んだかと思いきや、名前の取りちがえでまったく別のタレントの話をしていたことに途中で気づくという「神展開」が炸裂し、壇上は早くも爆笑に包まれる(とりあえずそこだけでも動画でご覧いただきたい)。その後も抱腹絶倒の業界裏話やアウトロー取材エピソードが途切れることなく続き、正直「ゲンロンα」掲載の無料記事としてなにをどこまで紹介するべきなのかまったく見当がつかない。
 まったく見当がつかないので、ここはあえて真面目パートだけを切り貼りして「めっちゃ意識の高いイベントだった」というストーリーをでっち上げることにします! 「馬鹿話」パートでどんな話が出たのか気になる方は、ぜひ番組を購入してご確認ください!(ゲンロン編集部)
 

コンビニ雑誌の時代とその裏側


 というわけでここからは真面目な話だ。まずはコンビニ雑誌について。『GON!』に『BUBKA』、『実話ナックルズ』に『実話マッドマックス』といった、ラックの端に並んでいるタイトルたち。

 久田に言わせれば、90年代は「コンビニ雑誌の時代」だった。そして、雑誌の生命線は「セブンイレブンに入るか入らないか」にあった。

 当時のセブンイレブンの店舗数は全国に約3万3千店。雑誌を1店舗ごとに3部ずつ入れられれば、単純計算で約10万部。さらにセブンイレブンに入荷してもらえれば、ファミリーマートやローソンも追随するので、さらなる売上が期待できる。じっさいはそこまで単純な計算式が成り立つわけではないものの、久田が編集長を務めていたころの『実話ナックルズ』(2001年創刊、2007年まで『実話GON!ナックルズ』)も、ほとんどコンビニにターゲットを絞った作りで約15万部の売上を誇ったという。

 


 当時のコンビニでは、店頭のガラス越しに並べられた雑誌が店舗のにぎわいを演出するための「アイキャッチ」として使われており、立ち読み客も「防犯に役立つ」というロジックで許容されていた。そのおかげで上記の雑誌戦略も可能だったわけだが、久田はその空気が変わり始めたきっかけとして、コンビニによる銀行ATMの導入を挙げる。ATMに象徴される「インフラ化」が進んだことで、コンビニと雑誌の関係も徐々に変化していったというのだ。他方、石戸は学生時代にコンビニ店員として働いた経験から、石原都政の影響で雑誌に立ち読み禁止シールが貼られるようになったことも大きな打撃になったのではないかと指摘した。

 いずれにせよ、コンビニ雑誌に元気がなくなったことで、出版業界全体も元気がなくなったという実感を久田は抱いているという。「俗っぽいもの」の裾野があってはじめて、それと表裏一体の「高尚な」文化も成り立つのだと言い換えたら、まとめとしてきれいすぎるだろうか。

ネットの限界と紙の限界


 話題はネットメディアと紙メディアのちがいにもおよんだ。

 いま、著名人へのインタビューはネットメディアの黄金コンテンツのうちのひとつだ。吉田いわく、ネットにインタビューが掲載されたときの反響の大きさにはすさまじいものがある。他方、紙メディアのインタビューはほとんど反応がないことも多い。書店が減り、流通量も減少したことで、雑誌への日常的なアクセスがどんどん失われているからだ。しかしその反面、ネットメディアではニーズの見込める記事だけが求められるため、取材対象が限られてしまう。それに対して紙メディアでは、いまだに攻めた取材ができるという。

 そのような事態もふまえて吉田が強調するのは、「ネットで無料で得られる情報には限界がある」ということだ。吉田がとくにそれを痛感するのは、自身の過去の仕事を参照したいときだという。「あのときあの雑誌になにを書いたかな」と思っても、ネット上にはなんの情報もなく、結局自分の手で調べることになることが多々あるというのだ。

 


 久田も事件の現場取材を例として挙げ、ネットを過信することの問題を指摘する。記者が車を運転して取材に向かう場面を考えてみよう。もし道が複雑に入り組んでいたとすれば、「ここを通った犯人は土地勘のある人間にちがいない」と感じて当たりをつけることもできる。Google Earthで事件現場の周辺を見たところで、このような身体的な情報は得られない。

 石戸も自らの記者経験から、Google Earthには落とし穴があるという意見に同意した。「ネットサービスを使ってもわからないことがある」ということを自覚したうえで補助的に利用することと、それをわからないままネットに依存することのあいだには大きな隔たりがあると石戸は言う。

「敵も味方もつくらない」という生き方


 トークでは石戸が自説をぶつけ、業界の先輩ふたりとライターのあり方について議論を交わすシーンもあった。

 石戸に言わせれば、ライターはなるべく敵をつくらないほうがよい。敵をつくればつくるだけ、取材できる相手が限られてしまう。これには、プロインタビュアーとして数え切れない人々の取材をこなしてきた吉田もうなずいた。吉田は、「揉めている両サイドと仲良くすること」を自分のテーマにしているという。

 しかし、いまのSNSでは、揉め事があるとすぐに「どちらの味方なのか」を問われてしまう。このネット言論のあり方には、壇上の全員が首をかしげる。石戸と吉田はともに、問題含みだとされる人物を取材する機会が多い。出来上がったインタビュー記事が取材相手に対して厳しく批判するようなものでないと、すぐに「お前は○○の味方なのか」という批判が飛んでくるのがSNSの現状だ。

 


 吉田は、自分の仕事は「取材相手から発言を引き出し、読者に判断材料を提供すること」だと語り、上記のような批判をナンセンスだと退ける。相手を批判するかどうかは、記事を読んだ読者が判断すべきだ。石戸は、同業者からそのような批判を受けるたびに、「記事に文句があるならば、自分が信じるやり方で取材した記事を作ればいいではないか」と思うという。ライターや記者であれば、言いたいことは自分の仕事で表現すべき。これは、久田がべつの場面で語った「言論人は言論に対して言論で応答すべき」という姿勢とも響き合う。今回のトークは、出版業界で生き抜いてきた3人それぞれの意地とプライドのあり方を見せてくれるものでもあった。


 以上、しつこいようだが、ここまでの話はイベントの「意識の高い」側面をなかば無理やり(?)まとめたものだ。誤解を恐れずに言えば、「なーんちゃって」である。

 じっさいのトークの力点はむしろ、「雑誌にとってはコンビニ批判が最大のタブーだったため、エロ系のモザイクよりもコンビニの扱いに気をつかった」とか「『実話マッドマックス』ができたとき、『実話ナックルズ』のもろパクリでマジ笑った」とかいった無数のこぼれ話のほうにある(ここには書けない話も多々ある)。石戸と吉田がともに取材した作家・百田尚樹をはじめ、さまざまな登場人物の多彩なエピソードにも聞きどころが多い。これまたしつこいようだが、そんな業界の知られざる舞台裏やアウトロー列伝の数々が気になる方は、ぜひ番組を購入してほしい!(住本賢一)

シラスでは2021年10月21日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、今後の再放送の機会をお待ちください。

 



石戸諭×久田将義×吉田豪「出版業界の裏側と来し方行く末を心ゆくまで語り尽くす
──『噂のワイドショー』ゲンロンカフェ出張編」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210423/
 
    コメントを残すにはログインしてください。