あなたの実家食を教えてください――近藤聡乃×三浦哲哉×土居伸彰「ニューヨークとロサンゼルスで考え中――食と生活の多様性はどこにありうるのか」イベントレポート

ゲンロンα 2021年7月20日配信
 今回のテーマは、合衆国ロサンゼルスとニューヨークでの「食と生活」。アメリカの食べ物は美味しくないだろうというイメージがある人も、動画を見ればいろいろ食べてみたくなるはず。
 登壇者は、1年間のLA生活で現地の食を食べ歩いた映画批評家の三浦哲哉とアニメーション研究家の土居伸彰。後半からは、漫画『A子さんの恋人』が完結したばかりのNY在住のマンガ家・アーティストである近藤聡乃もリモートで加わった。巨大な移民国家の西海岸と東海岸それぞれのフードシーンの考察から浮き彫りになったのは、「実家食」を通した相互理解の問題だった。コロナ禍の今だからこそ、ひろく食について考えたい。(ゲンロン編集部)

 

LAのタコス料理

 前回三浦が登壇したイベント「シン・フード論──『おいしい』から社会を考える」ではロサンゼルスのバーベキュー文化がとりあげられ、日本のように肉の産地が優先されることはなく、むしろ焼き手のスキルに比重が置かれるという考察から、福島の地元食材とブランディング問題へと話題が接続された。

 今回三浦が用意したメイントピックは、彼の新著『LAフード・ダイアリー』に登場するもうひとつのロサンゼルスの主役、タコスである。タコスはもともとメキシコの郷土料理だったものがアメリカナイズされ、現在の姿になった。テクス・メクス、つまりテキサス風メキシカン料理のひとつだ。

撮影=ゲンロン編集部
 

 まずは三浦の著書の内容を振り返ろう。去る2019年4月、三浦は、妻と小さい子供二人とともに、サバティカルで合衆国ロサンゼルスを訪れた。高すぎる家賃、車がなければ移動もできない広大な土地、子どもの舌に合う食料探し★1に苦労しながらも、現地でめぐり合った数々の料理について丹念に記録していったのが『LAフード・ダイアリー』だ。

 そもそもロサンゼルスとは、いったいどういう都市なのだろうか。タコスに触れる前に、その成り立ちについて三浦から解説があった。

 ロサンゼルスの近現代史を大雑把に整理すると、18世紀のスペイン人入植時代、19世紀半ばのゴールドラッシュによる人口増加、20世紀初頭のハリウッド映画撮影所の建設ラッシュを経て、1980年代にメキシコ系移民が激増、そして巨大IT企業によるシリコンバレーの形成、といった流れになる。多くの移民、夢追い人がロサンゼルスに押し寄せ、一大都市を築きあげたが、近年はその物価の高さから長年住み続けられる人は多くはない。三浦も驚いたという家賃の高さは、主にシリコンバレーによる富裕層の増加が原因であり、カリフォルニア州全体で問題化している★2

 不動産や車の入手で疲弊しながらも、美味しい食を探し求めていた三浦の生活は、タコス専門店「ゲリラ・タコス」との出会いで決定的に変貌したという。

「ゲリラ・タコス」の料理は、ポストモダンなリミックスレシピで提供され、美味しくかつ手ごろな値段で楽しめる。イベント当日は、ラードでカリカリに揚げた豚肉のかたまりと刻んだ玉ねぎやコリアンダーなどの具材といっしょに、三浦自身が壇上で焼き上げたコーン・トルティーヤ★3にのせた「カルニータス・タコ」がふるまわれ、筆者も試食した。ライムを軽くしぼってから、口に運ぶ。多様な味と触感で口の中が満たされ、思わず笑みがこぼれた。それはいままで食べたことがない、新しいタコスだった。

撮影=ゲンロン編集部
 

ジョナサン・ゴールド

 この「ゲリラ・タコス」をロサンゼルスの多民族性を象徴する料理として広く紹介したのが、料理批評家のジョナサン・ゴールドである。ゴールドの功績は、あらゆる店を平等に扱い、また観光客があまり目を向けないエスニック料理にスポットを当て、その多様性を紹介してきたことにある。ゴールドこそが混沌としたLAフードシーンに輪郭を与え、マッピングをした張本人なのだ。

「ゲリラ・タコス」との衝撃的な出会いから数か月後、三浦は2018年に惜しくも亡くなったジョナサン・ゴールドの、晩年の姿をとらえたドキュメンタリー・フィルム『シティ・オブ・ゴールド』(2015)を視聴することになる。この映画で初めに紹介される店は、偶然にも「ゲリラ・タコス」。これ以来、三浦にとってゴールドは思想的なメンターとなった。

 三浦はゴールドによる「ピコ・ブールバード・プロジェクト」も紹介。様々な移民コミュニティを東西に貫く大通り、ピコ・ブールバード(大通り)に面する料理店を全て制覇するという試みだ。食の博覧会のようなピコを食べ歩けば、ロサンゼルスの多様性にさらに深く触れることができる。イベントではそれに加え、三浦自身の「私的LAベスト5レストラン」の発表もあったので、ロサンゼルスに行く予定のある人は要チェックだろう(もちろんコロナ禍という事情もあるので、営業しているかどうかは事前に調べておこう)。

実家食から考える

 番組の後半にはニューヨーク在住の近藤聡乃がリモートで出演。まずは土居より、昨年(2020年)10月最終巻が発売された近藤の長編漫画『A子さんの恋人』の、おもに食事に着目した分析が披露された。

 

 土居は、「事件が起きる場所」としての食事シーン、キャラクターごとに描き分けられる食への態度、そして実在する喫茶店や料理店を登場させることの意味、といった観点から『A子さんの恋人』に描かれた食を分析してみせた。実際に訪れた飲食店を描きこむ傾向は、近藤の記録魔的な性格を表しているという。

 とはいえ、食事シーンは、物語にリアリティを付与する機能を果たしているばかりではない。土居は『A子さんの恋人』に出てくる「実家食」にも注目した。

撮影=ゲンロン編集部
 

 作品では、雑煮、香辛料のタイム、東京・阿佐ヶ谷のジェラートなど、自分が食べて育ったものを、キャラクターがお互いの実家(地元)で提供し合うシーンが目立つ。相手のルーツとなる「実家食」を食べることが、自分と相手との「差異」をうけいれ、理解していくことへとつながっているのではないか。土居は「実家食」を、「究極のローカルフード」だと定義する。『A子さんの恋人』における「実家食」とは、登場人物それぞれの生い立ちの記録であり、その食を相互に紹介することで、お互いの個性を許しあうことにつながっている。

『A子さんの恋人』は、けっして食事にフォーカスした料理漫画ではない。しかし、重要なシーンでは必ず誰かが誰かといっしょに何かを食べている。登場人物たちの生活の中で、互いの距離を表現するための手段として食が描かれているのが魅力の一つなのだ。「実家食」という視点から『A子さんの恋人』を読めば、キャラクターの心の機微をより深く捉えながら作品を楽しめることだろう。

ニューヨークのユダヤ料理

 近藤は、文化庁が主催する新進芸術家海外研修制度で、2008年にニューヨークへ留学し、現在まで住み続けている。近藤のニューヨークでの生活は、現在ウェブマガジン「あき地」(亜紀書房)でも連載中のエッセイ漫画『ニューヨークで考え中』で見ることができる。

 近藤は10年以上のニューヨーク生活の中で都市のなかを転々としている。研修員時代のチェルシー、研修員を終えて滞在しはじめたクイーンズのアストリア(ギリシャ系移民の多く住むエリア)、現在の住居であるソーホー、その後一時的に滞在したブルックリンのサンセットパークと、4ヶ所で生活経験がある。近藤はそれぞれの地域で食べ、自らの漫画作品でも登場させた料理について、写真を見せながら紹介してくれた。

撮影=ゲンロン編集部
 

 まず紹介されたのが、『ニューヨークで考え中』でたびたび登場するニューヨークベーグル。ベーグルはユダヤ人コミュニティ発祥のパンだ。アイスクリーム屋のようなショーケースに陳列された様々な具材の中から好きなものをチョイスし、スライスしたベーグルにはさんで食べるのがニューヨークスタイル。初めて渡米したとき、安くて美味しい料理を見つけるのが難しかったため、手ごろな値段でいろいろな味を楽しめるベーグルは重宝したと近藤は語る。現地ではベーグルは朝ごはんとして一般的に食べられているものらしく、これもニューヨーカーの「実家食」といえるだろう。

ニューヨークスタイルのベーグル店 撮影=近藤聡乃
 

 もうひとつ、マッツァボールスープについても触れておこう。これは酵母を入れないパン「マッツァ」を粉状に砕いて、卵やオイルなどでボール状にしたものをチキンスープに入れたもので、同じくユダヤ料理である。温かみがあり、味付けも優しく、味が濃いアメリカの食事に疲れたときに食べると丁度いいそうだ。渡米から8年ほど経過した2016年、近藤ははじめて食べて衝撃をうけた。三浦は、こういったユダヤ料理の魅力は、日本人好みの引き算的な味付けにあると指摘する。

優しい味付けのマッツァボールスープ 撮影=近藤聡乃
 

 近藤はほかにも、ドミニカ料理のローストポークとライス・アンド・ビーンズ、リトル・イタリーで食べた揚げパンの「ゼッポレ」、メキシコのトルティーヤ料理の一つであるエンチラーダといった、ロサンゼルスにも負けない多様な移民料理の数々、芽キャベツやフェンネルなどの野菜を用いた料理を写真で紹介した。『ニューヨークで考え中』の読者にとっても見逃せないプレゼンとなっている。また、新型コロナウィルス蔓延にともなうロックダウン前後の市内の光景や、BLM(ブラック・ライブズ・マター)に乗じた暴動・略奪によって破壊されたソーホーのブランドショップや銀行の痕跡など、現在のニューヨークの様子も報告してくれた。

コンフォートフード

 イベントでは、「コンフォートフード(comfort food)」についても興味深い議論が行われた。コンフォートフードとは、人間の記憶に結びついた、昔食べたころの懐かしさを思い出させる食べ物のことだ。この言葉について、ロサンゼルスとニューヨークではイメージされる料理が具体的に異なるようだ。

 近藤によると、ニューヨークでは、コンフォートフードといえば、風邪を引いたときに食べるチキンスープや、マックアンドチーズというマカロニのチーズ和えなどが代表的なのだそうだ。体調の悪い子供でも美味しく食べることができ、温かみと滋養がある食べ物。日本人が思い浮かべるコンフォートフードにも近いかもしれない。

 しかし、三浦が滞在したロサンゼルスでは、箱詰めのカップケーキや、缶詰入りの甘いクリームペーストといった、きわめて工場的な大量生産品がコンフォートフードなのだという★4。東西でここまで意味が異なるのは、興味深い。

 思い出の味は人それぞれだ。手作りのスープと既製品のケーキの間に優劣はない。特別な経験とともにある食べ物が、各人にとってのコンフォートフードを形成する。近藤の場合、ニューヨークで食べたマッツァボールスープは、昔好きだったファーストキッチンのミネストローネを思い出させる味だった。それが気に入った理由の一つなのだという。これに対して三浦からは、近藤の滞在が長いからこそ、マッツァボールスープを食べて郷愁をおぼえたのではないかと指摘があった。渡米後すぐにこの料理に出会っていたら、また印象は変わっていたのかもしれない。短期間の旅行ではなかなかその魅力に気づくことができない、「時間の中で価値をもつような食べ物」なのだろう。

 およそ4時間にわたって、三浦、近藤から、ロサンゼルスとニューヨークの多種多様な料理が紹介され、また土居の「実家食」という見立ても、2人の意見をつなぐ橋渡しとなった。

 コロナ禍のいま、世界中の飲食業界が大きな被害をうけている。人々が集まり、食を媒介とした相互理解の場が、いま失われつつあるといってもいいのかもしれない。

 だれかにとっての実家食やコンフォートフードを食べることは、ときに言葉よりも雄弁に、その人について教えてくれる。ぜひみなさんにも、動画を見るだけでなく、今回登場した料理を味わってみてほしい。(宮田翔平)

 
★1 三浦は家族とともにLAで過ごすなかで、子供の舌に合う料理を提供してくれるファーストフード店がありがたく、東浩紀の『テーマパーク化する地球』(ゲンロン)を思い出したという。小さい子供がいる家庭にとって、テーマパークは生活上必要だと痛感し、子供が楽しめるテーマパークが搭載されたインフラに順応してはじめて、海外生活のスタートを切れたと三浦は語る。
★2 ただし、2020年10月以降、カリフォルニア州の家賃相場は大幅な低下傾向にある。これはテック系企業がコロナ禍でいちはやくリモートワークに切り替え、富裕層が他州に流出していることが一因である。
★3 日本で一般的に食されるフラワー・トルティーヤは、アメリカの白人が食べやすいように開発した、小麦のトルティーヤである。三浦はゲリラ・タコスマナーに忠実に、コーン・トルティーヤでタコスを再現してくれた(三浦哲哉『LAフード・ダイアリー』、講談社、2021年、72頁)。
★4 前掲書、237-240頁。


 シラスでは、2021年12月27日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。

近藤聡乃×三浦哲哉×土居伸彰「ニューヨークとロサンゼルスで考え中 ──食と生活の多様性はどこにありうるのか」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210629/
☆ 番組は二部構成です。前半(第一部)は三浦さんと土居さんの対談形式。近藤さんはニューヨーク在住のため、番組開始から1時間47分ほど経過した、後半(第二部)からのビデオ通話を使用しての出演となります。

 

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