料理と宇宙技芸(5) 賽螃蟹|伊勢康平

ゲンロンα 2021年9月14日 配信
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 野菜から蟹をつくる──それが今回の料理だ。そんなばかな、と思ったひともいるだろう。だがこれもれっきとした中華料理である。

賽螃蟹サイパンシエ」と呼ばれるその料理は、19世紀ごろに清の西太后の要望によって生みだされたという。蟹が手に入らないときに蟹料理を所望した彼女を満足させるべく、宮廷料理人たちが発明したらしい。これは「がんもどき」のような「もどき料理」の一種で、いわば野菜をもとにカニカマをつくろうというものだ。

 日本では、こうした動物性の食材を避けた菜食の料理は「精進料理」と呼ばれるが、それはもともと中国から伝来したものだった。したがって、中国にも豊かな菜食の文化があることは容易に想像できるだろう。とはいえ、中国の菜食文化をすこしでもひもとけば、そこには日本でいう精進料理とはまったく異質の文化や思想があることに気づく。今回は「賽螃蟹」という聞き慣れない料理をつうじて、その一端をのぞいてみよう。

1 乾海老の大きいのを120個

 第2回でも取りあげた、清の袁枚えんばいの『隨園食単』というレシピ本には、「精進料理の部」という章がある。そこには豆腐やきのこ、山菜などをつかった料理が載っているのだが、なかには「精進料理」らしからぬレシピもちらほら収められている。たとえば、この章の最初の料理である「蒋侍郎しょうじろうの豆腐」をみてみよう(「侍郎」は官職の名前)。

豆腐[……]を一丁あたり一六片ずつに切り、日陰で乾かしてから豚脂る。油から青い煙が立ったら豆腐を入れ、塩をひとつまみ、ぱらっと振りかける。豆腐を裏返したあと、湯飲み一杯の良質なあまい酒と、乾海老の大きいものを一二〇個加える──大きいものがなければ小さいものを三〇〇個でもよい。まず乾海老を煮て二時間ほどふやかしたのち、小鉢に一杯の醤油を入れて、再び煮る。砂糖をひとつまみ加えてもう一度煮る。細い葱を半寸ばかりに切ったものを一二〇個加えて、ゆるゆると鍋をおろす。★1

 水気を取り、豚脂ラードのうま味をぎっしり吸い込んだ豆腐が、甘辛い海老のスープとからみつつ、ねぎの香りでピリッと締められる。じつにおいしそうな一品だ──いや待て、いまは感心している場合ではなかった。問題は、この料理が「精進料理の部」の筆頭にあるということだ。ほんらい動物性の食材や五葷(にんにく、にら、ねぎなどの香味野菜)を避けるべきである精進料理に、なぜ豚脂や乾海老、ねぎがつかわれているのだろうか。

 じつのところ、「精進料理の部」とは中国文学者の青木正児まさるによる邦訳であり、袁枚自身は「雑素菜単」という言葉を用いている。「雑」はいろいろなもの、「素」は食材としての野菜、「菜単」は料理のリストのこと。なので、ほんとうは「野菜料理の部」とでも訳しておくべきだったのかもしれない。

 とはいえ、これを単なる「誤訳」として片づけるのはあまり生産的ではない。ぼくたちはむしろ、日本と中国のあいだにある、菜食の流儀を示す言葉やカテゴリーのちがいが、この食いちがいをもたらしていると考えるべきではないか。つまり中国には、いわゆる「精進料理」の枠には収まらないような、異なる菜食の伝統があるのではないか。

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1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。翻訳に王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)、ユク・ホイ「百年の危機」(「ゲンロンα」掲載)、「二一世紀のサイバネティクス」(Webサイト「哲学と技術のリサーチネットワーク」に掲載)ほか。現在、ユク・ホイ『中国における技術への問い』の全訳を仲山ひふみと進行中(2021年にゲンロンより刊行予定)。

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