三英傑、ここに集う──辻田真佐憲×箱崎みどり×春木晶子「江戸の見立て文化と政治性──アイヌ、三国志、プロパガンダ」イベントレポート

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ゲンロンα 2021年10月15日配信
 8月27日、近現代史研究家の辻田真佐憲と、ニッポン放送アナウンサーであり三国志をこよなく愛する箱崎みどり、江戸東京博物館の学芸員で日本美術史を專門とする春木晶子によるトークイベントが配信された。真夏日が続くさなかの蒸し暑い夜だったが、筆者は汗をぬぐうのも忘れ、江戸に負けず劣らず知的で楽しい見立てにあふれたトークに聞き入っていた。本レポートではその熱気の一端を紹介する。

大衆化する見立て文化


 そもそも「見立て」とは、対象をほかのものになぞらえること。江戸期の絵師は、当時の町人たちの生活から縁遠いものを、好んで昔話や神話、英雄物語に置き換えて描いた。そんな「見立て」の歴史は実は長い。古いものでは『古事記』にも見られ、新しいものでは『艦隊これくしょん-艦これ-』のようなコンテンツにまで見出される。春木のプレゼンテーションはこのような流れを踏まえつつ、江戸における見立ての特徴のひとつを「飛躍に遊ぶ」ことだとした。

「飛躍に遊ぶ」とは、文化の大衆化を背景に生まれた、即興的で滑稽なものを楽しもうという態度を意味する。江戸期以前の見立ては和歌の教養を前提とするものが一般的だった。それが江戸時代になるともっと俗なものが広まってくる。たとえば酔っ払いの赤ら顔を梅干しに見立てるなど、形や色の連想による素朴で身近な見立てが受け入れられるようになったのだ。この新たな潮流は江戸時代に発刊された訳本『通俗三国志』のヒットと結びつき、「見立て三国志」すら生み出すことになる。歌舞伎やパロディ小説、川柳など、様々なメディアで三国志が見立ての素材となった。

 
 
 
 箱崎によれば、三国志は流行や習俗を取り込み、最先端で主要で大衆的なメディアに最適化される特徴をもつコンテンツだという。三国志は多様性を受け止める懐の深さや、キャラクターの強さによって様々な時代や目的に適応してきた。たとえば最近のヒット漫画『パリピ孔明』では、現代の渋谷に転生した諸葛孔明が、シンガーのプロデュースに取り組むことになっている。一見突飛な設定だが、キャラ設定の裏には三国志文化の蓄積が隠れているという。

 江戸における三国志の見立ても多様で、三国時代の武器にちなんだ見立て、蜀の武将・関羽の髭にちなんだ見立て、「桃園の誓い」といった有名なエピソードにちなんだ見立てなどさまざまな事例があった。イベントではそれら豊富な事例が紹介されたが、筆者にとって衝撃的だったのは、三国志の有名武将の名が並ぶ相撲番付である。大関を蜀帝玄徳、関脇を呉帝孫権、行司を諸葛孔明と位置づけるその番付からは、当時の町人文化の自由な空気が伝わって来るようだった。

 
 
 

見立てのはらむ政治性


 小休憩をはさみ、イベントは春木が江戸時代の見立てをさらに深堀りしていくかたちで進んでいった。

 江戸の見立てには、既存の構造を転覆する作用と、既存の構造を補強する作用の両方がある。春木は前者を「現に抗う痴」、後者を「奇異の掌握」と呼び、見立てるものと見立てられるものの関係性に着目した。

「現に抗う痴」の最たるものは女性の見立て絵、中でも遊里の女性を用いた見立て絵だったと春木は解説する。江戸時代において遊里は、遊里外の日常の世界とは異なるヒエラルキーが構築された空間だった。身分の締め付けが強い時代に、そこにべつの秩序を作る遊女の存在は特別だった。辻田は加えて、ネタを踏まえてネタを作るといったような倒錯した態度がこの時代にも存在したことを指摘する。「現に抗う痴」として遊女の見立てが重宝されたのには、このような背景があるようだ。

 
 
 
 そこで一例にあげられたのは円山応挙の『江口君図(えぐちのきみず)』である。『江口君図』は、俗なるものとしての遊女を聖なるものとしての普賢菩薩に見立て、それによって俗と聖という既存の構造を転覆させている。

 一方で「奇異の掌握」の例として紹介されたのは、歌川国貞(二代)による『公命蝦夷人種痘之図』。同作には医師の桑田立斎がアイヌ人に種痘(天然痘ワクチン)を施した場面が描かれている。桑田は、自身の功績を江戸の街で宣伝するため、この絵を版画にして配っていた。一見しただけでは分からないが、春木によれば、この絵には「痘治と統治」の見立てが読み取れるのだという。

 江戸時代には、はやり病にはそれをもたらす神がいると考えられており、その神を可視化して害を逃れようと試みる「辟邪」(へきじゃ)と呼ばれる風習があった。当然、天然痘もその対象となる。『公命蝦夷人種痘之図』もそのような文脈の中で人々に受け止められたのではないかと春木は指摘する。つまり、『公命蝦夷人種痘之図』では、「疫病を治めること」が「異文化(アイヌ)を統治すること」に見立てられており、単に種痘の記録として流布しただけではなく、和人による異文化支配の構造を補強するのに一役買っていたのではないかというのである。辻田は、そのような見立てが権力者の側から好意的に利用されていたのではないかと問題提起する。

 
 
 

白帝城に後を託す


 春木と箱崎によるプレゼンが一段落したころには、放送開始からすでに4時間が過ぎていた。視聴者からの質問を読み上げるコーナーに移ったが、なんと番組はそこからさらに4時間も続いた。終了したのは翌28日の午前3時20分である。

 三者は視聴者からの質問を受けて、歴史・三国志・美術史という各々の得意分野から、ときに楽しく、ときにシリアスに議論を展開させた。江戸と東京が重ねられることで見落とされてしまうアメリカニズムの問題や、「あ、犬」という差別表現の問題など、ここには書ききれないほど多くのトピックが取り扱われた。途中で帰路についた箱崎が帰宅後にコメント欄へ降臨し、大いに盛り上がった場面も忘れることはできない。関心をもったかたはぜひ動画で確認されたい。

 イベントは夏の終わりにふさわしく、アツく、熱気を残したまま幕を閉じた。江戸で見立てを楽しんだ人々も、このように過ごした夜があったに違いない。(とらじろう)

 
 
 
 シラスでは、2022年2月24日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。
辻田真佐憲×箱崎みどり×春木晶子「江戸の見立て文化と政治性──アイヌ、三国志、プロパガンダ」(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210827/
 

とらじろう

1996年生まれ。千葉県出身。東京農業大学大学院農学研究科在籍。ゲンロン ひらめき☆マンガ教室4期聴講生。春にはタケノコを掘り、秋には稲刈りをする。

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