「言語」としてのマンガを通してコンテンツを語る──大井昌和 × さやわか「ニッポンのマンガ#13 2022年期待のコンテンツを語り明かす!新春サブカル大放談!」イベントレポート

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ゲンロンα 2022年3月18日配信
 マンガ家の大井昌和と批評家のさやわかによる大人気イベントシリーズ「ニッポンのマンガ」。第13弾に当たる今回は、ふたりが2022年に期待するコンテンツについて語り尽くす大新年会となった。マンガにアニメ、映画にゲーム、果てはラーメンまで。まん防による無観客開催の制約もなんのその、とにかくアツいふたりの語りが視聴者を熱気に巻き込んでいく。延長戦では東浩紀も登壇し、さらに多様なコンテンツについて語りあかした。(ゲンロン編集部)

映像コンテンツの動向と高まる期待


 大井のプレゼンは、先日公開されたばかりの映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』への言及から始まった。本作についてふたりは、ヒーロー映画の歴史をすべて背負いつつ、人間の罪や加害に対するアプローチを更新したと絶賛する。安易なループものによる過去のやり直しを脱却し、『シュタインズ・ゲート』の「なかったことにしてはいけない」という問題提起をさらに超えてきた本作は、大井の言葉を借りれば「21世紀で一番重要なコンテンツ」になり得る映画だそうだ。2022年は、そんな映像作品から幕を開けたことになる。

 
 コロナ禍をきっかけに注目を浴びたコンテンツ・カテゴリーは多くあるが、そのうちのひとつがゲームである。ところがふたりは、ここ数年のゲームコンテンツの不作を嘆く。PvPと呼ばれるユーザー同士の対戦ゲームが人気を集めているものの、ユーザーがひとりでコンテンツに向きあうタイプのゲームは下火になっているのではないかというのだ。さやわかはその原因について、DLC(ゲーム本体とは別に、ネットワーク経由で取得する追加要素。多くは有料)やゲーム内通貨の発展に象徴される、ゲームのサービス化にあるのではないかと指摘した。それらの懸念とは別に、もちろん「期待」も語られる。大井イチオシの注目作『STAR FIELD』を作るベゼスダ・ソフトワークスは、2020年夏に親会社がマイクロソフト(ゲームハード「Xbox」シリーズを開発・販売している)に買収されているが、これを踏まえて大井は、今年に入ってゲーム業界にさらなる動きがあったことは注目すべきであると話す。マイクロソフトが、『Warcraft』や『Call of Duty』といったビッグタイトルを持つアクティビジョン・ブリザードの買収に合意を取り付けたのである。これにより、マイクロソフトは欧米市場でより強大な存在感を示すことになった。加えて、独自のサブスクリプションサービスである「Xbox Game Pass」にも勢いがある。

 


 フロム・ソフトウェアによる『ELDEN RING』など日本発のタイトルも近く2月末に発売を控えるが、しばらくは海外の動向に注目が集まりそうだ。はたして「2021は不調だったゲームコンテンツは2022に蘇る…」(プレゼン資料より)のだろうか。

 



 アニメに話題が移った際、いの一番に飛び出たタイトルはFODで配信中(1月22日現在)の『平家物語』だった。本作品で小島崇史と共にキャラクター原案を務める高野文子は、大井が「マンガ家で一番絵がうまい」と讃えるクリエイターであり、さらに脚本は吉田玲子、『けいおん!』や『聲の形』で知られる山田尚子が監督として采配を振る。劇場作品と見紛うばかりの豪華布陣である。高野文子の絵が動いている!という一点をとっても本作品は必見である、とふたりは熱弁し、自由に変形するマンガの線をそのままアニメーション化することを可能とした技術進歩についても言及した。1月末には『電脳コイル』の磯光雄監督によるオリジナルアニメ『地球外少年少女』が始動、『スプリガン』や『うる星やつら』などマンガ原作作品の再アニメ化も見逃せない。2022年のアニメには期待が高まりそうだ。

コンテンツとメディアの関係性


 番組の後半では、さやわかが中心になってコンテンツを紹介した。『ブリジャートン家 シーズン2』といったドラマシリーズやスピルバーグによる『ウエスト・サイド・ストーリー』などの映像作品に加え、『楳図かずお大美術展』や『ジブリパーク』など、より幅広いコンテンツがピックアップされた。ジャンル別ではなくリリース予定の時系列でまとめられたリストによって、ふたりの対談はいよいよ縦横無尽に動き出す。

 
 なかでも盛り上がりを見せたのは、美術展が話題にのぼったときだった。2021年に国立新美術館で行われた『庵野秀明展』を引き合いに出しつつ、展覧会のあるべき姿について活発なやり取りが交わされたのである。美術展はナラティブを伴うものであるという共通認識を確かめたのち、自営業者でもあるふたりは、コンテンツの文化において営利企業が担うべき役割と公的機関が担うべき役割の違いを論じ、アカデミズムの物申さなさに対しても切り込んだ。コメント欄との対話も交えつつ進んだ議論は、配信イベントならではの勢いを見せることとなった。

 さまざまなコンテンツが紹介された本イベントであるが、ゲームについてはとりわけ言及が多く、コンテンツとメディアの関係性について考察が深められていった。近年はドラマやアニメ、映画においても、ゲームを原作としたものが増えているが、メディアを跨いで安易にゲームのヒット作を使い回そうとする傾向に対し、ふたりは強く懸念を表明した。物語設定ひとつとっても、ゲームと映画とではメディアによって規定される複雑さが異なる。ゲームにはゲームにふさわしい単純さがあり、映像作品には映像作品ならではの深みがある。その違いを考慮せずにゲームを映像化するだけではおもしろくならないのではないか。この指摘は非常に腑に落ちるところがあった。

 各メディアにおける技術進歩も、その時代のコンテンツを規定する。2021年末には80年代に豚骨ラーメンブームを起こした『なんでんかんでん』の新店舗が新宿にオープンするなど、ここ数年は多くのコンテンツでリバイバルブームが起きているが、2022年においてもその傾向は強まっている。技術の進歩は、過去のコンテンツのより高精度な再現を可能とした。リバイバルブームそのものの是非はおくとして、技術そのものに注目が集まっているのが2022年であると大井はまとめている。

 

欧米から距離のある言語としてのマンガ


 本イベントが開催された1月22日は、「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」(以下、ひら☆マン)第五期生の募集開始日でもあった。ひら☆マンはさやわかが主任講師を務め、大井も“センパイ”として関わりを持つ。イベント中にも折に触れて言及があり、視聴者からの「申し込みました!」というリアルタイムのコメントも場を盛り上げた。

 大井は、マンガは西洋の文化を取り込みつつも東アジアで発展し、肉付けられた文化であると説明する。そして、現代の「文化」の基礎が欧米にあることは否定しがたいが、欧米と異なる想像力をたくわえた確たる文化を持つことは、意義のあることだと語った。さやわかはこれらの価値観に同意を示した上で、マンガというのは「言語」であり他者との対話が可能なツールであると言う。ひら☆マンは、自分たちの生み出した言語への理解を深め、他者とのコミュニケーションをより円滑にする手段を教える講座でもあるのだ。

 多種多様なコンテンツを扱う本イベントが、「ニッポンのマンガ」という名を冠することの意義はここにある。新たな文化について語るには新たな言語が必要であり、欧米から離れた文化を語るには、それ相応の言語が必要になる。だとすれば、マンガはその言語として有用なのではないか──。そう確信できるだけの熱量が、本イベントからはたしかに感じられた。

 予定の放送時間を延長したのちには、イベントを視聴していたSF編集者の小浜徹也と電話をつないで語り合う場面もあった。他にもひら☆マンの卒業生が急遽登壇するなど、大新年会にふさわしい賑やかさも見せる。イベントの全貌はぜひ、動画にて確かめていただきたい。(とらじろう)

 
 シラスでは、2022年7月22日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。
大井昌和 × さやわか 「ニッポンのマンガ#13 2022年期待のコンテンツを語り明かす! 新春サブカル大放談!」(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20220122/

とらじろう

1996年生まれ。千葉県出身。東京農業大学大学院農学研究科在籍。ゲンロン ひらめき☆マンガ教室4期聴講生。春にはタケノコを掘り、秋には稲刈りをする。

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