日常の政治と非日常の政治(4) 18歳の投票率から振り返る政治教育の課題|西田亮介

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初出:2016年08月12日刊行『ゲンロンβ5』
 本記事の著者、西田亮介さんと近現代史家の辻田真佐憲さんによる対談本『新プロパガンダ論』が2021年1月に刊行されました。全国書店およびゲンロンショップAmazonにて好評発売中です。ゲンロンαでは、第1章の冒頭部分を無料で公開中。本記事と合わせてぜひご一読ください。また西田亮介さんによるシラスチャンネル「西田亮介のRiding On The Politics」もオープンしました。こちらもぜひご視聴ください。(編集部)
 
 2016年7月は選挙が続きました。参院選と東京都知事選です。今回は参院選の結果、とくに若年世代の投票率を参照しながら、改めて政治教育の実態と重要性に目を向けてみたいと思います。

 今回の参院選ではこれまで一度も行われたことがない憲法改正の発議に必要な議席数(衆院、参院、それぞれの3分の2以上)に改憲勢力の議席数が達するか否かという極めて重要な、潜在的な争点がありました。結果はご承知のとおりで、改憲勢力の議席数が衆参両院で3分の2を超えました。この結果については、憲法改正の是非が争点であると考えた有権者が少なかったのではという分析もあり、憲法改正に肯定的な与党の視点からすれば争点化させないことに成功しましたが、憲法改正を阻止したい野党視点では争点化に失敗したといえます。参院選の投票率は54.7%、過去4番目に低い数字でした。野党共闘は一定の成果をあげたということもいわれますが、自民党政権への再度の政権交代が行われた直後の2013年の参院選と、現在の雰囲気の違いを考慮すると、成果の実情は少々割り引いて考えなくてはならないでしょう。

若年世代の投票率をどう見るか


 そのような背景をふまえたうえで、改めて若年世代の投票率を見てみましょう。今回の参院選で適用された投票年齢の満18歳以上への引き下げ、いわゆる「18歳選挙権」世代の投票率はどうだったのでしょうか。これらの世代の投票率は、18歳が51.17%、19歳で39.66%でした。一見、これまで日本の投票率について指摘されてきた傾向と同様に、年長世代と比べて低調に思える数字です。ただし18歳については若干高い数字だったといってよいようにも思われます。というのも、近年の国政選挙の20歳代投票率の推移に注目してみると、平成の時代になってから、今年の18歳の投票率の数字を上回っているのは、平成2年(1990年)の第39回衆議院議員総選挙において20歳代の投票率が57.76%を記録したときだけだからです。

 詳細な理由と原因については今後、より厳密に検討がなされるべきですが、さしあたりここではふたつの仮説を提示しておきましょう。ひとつ目はメディアによる「18歳選挙権」の周知によるものです。今回の参院選において、18歳選挙権は報道のひとつの柱となっていました。参院選において、議論の盛り上がりと政策論争に精細を欠くなかで、新規性をもった主題として、18歳選挙権は繰り返し言及されることになりました。みなさんも各メディアが数多くの企画を展開していたことを記憶されているかもしれません。また18歳選挙権という通称にも「18歳」という語が含まれますから、直接この言葉が合致する18歳のみが敏感に反応したのではないかと考えることもできます。

 もうひとつは、学校教育の効果についての仮説です。先程言及したように、18歳の投票率を比較的高いものだったと捉えると、18歳、19歳の両世代を比較したときの分かりやすい違いは、学校教育に組み込まれているか否かという点です。生活時間の大半を学校で過ごしているか否かといい換えてもよいかもしれません。高校への進学率はおよそ98%です。そこでの教師の言説をそのまま生徒たちが真に受けるかどうかはさておき、それぞれの学校の取り組みや教員の力量、生徒との信頼関係などによりますが、当日18歳だった人たちの大半は、18歳選挙権について学校現場で話を聞いているはずなのです。その一方で19歳については、進学したり、就職したり従来の20歳代とほぼ同じ生活を送っていたと考えられます。それにともなって住民票を移さなければならないなど、投票にいくためのコストが増加していた可能性も高く、いずれにせよ、学校で投票を促されたりといった機会はもたなかったでしょう。
政治の戦場はいまや噓と宣伝のなかにある

ゲンロン叢書|008
『新プロパガンダ論』
辻田真佐憲+西田亮介 著

¥1,980(税込)|四六判・並製|本体256頁|2021/1/28刊行

西田亮介

1983年京都生まれ。日本大学危機管理学部教授/東京工業大学リベラルアーツ研究教育院特任教授。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同政策・メディア研究科助教(研究奨励Ⅱ)、(独)中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月に東京工業大学に着任。現在に至る。 専門は社会学。著書に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)『ネット選挙——解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)『情報武装する政治』(KADOKAWA)他多数。
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