観光客の哲学の余白に(2)|東浩紀

初出:2017年5月26日刊行『ゲンロンβ14』

 マーク・チャンギージーという神経生物学者がいる。1969年生まれの、おもに視覚の研究で知られた学者である。アメリカでは一般読者向けの科学啓蒙書で知られ、現在は大学を出て、私設研究所でディレクターを務めている。

 そのチャンギージーの『ひとの目、驚異の進化』という書物を読んだ★1。きっかけは、今年二月にゲンロンカフェで行った石田英敬氏との対談である。その対談では石田氏から、チャンギージーのきわめて興味深い研究が紹介された。人類が作り出した文字のかたちは、ある数学的処理を加えると、文字の種類によらず(漢字だろうがアルファベットだろうが)すべて同じ形状分布を示し、しかもそれは自然界の形状分布と同じだというのである。

 この研究は、人間が、文字を認識するとき、森林やサバンナなど、文明の誕生以前より存在する風景を認識するときと同じ視覚中枢を用いていることを意味している。この発見は、自然と文明、自然と文字を対立させる従来の人文学のパラダイムに、大きな変革を迫るものになるだろう。なぜならば、それは、文字(文明)が、自然と対立するものとしてではなく、自然の似姿として作られたものであることを示唆するからだ。研究の意義を強調する石田氏に、ぼくもまったく同意し、対談は興奮冷めやらぬまま終わった。

 というわけで、対談終了後、さっそく前掲書を取り寄せて読んでみたのだが、嬉しいことに、同書には、ぼくのような人文系の書き手に刺激を与える洞察がほかにも複数含まれていた。

★1 マーク・チャンギージー『ひとの目、驚異の進化』、柴田裕之訳、インターシフト、2012年。


 

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第二三回三島由紀夫賞)、『一般意志2・0』(2011年)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(2019年)、『テーマパーク化する地球』(2019年)ほか多数。