現実のすこしよこで――大量生と虚構の問題|東浩紀+上田洋子

初出:2019年11月22日刊行『ゲンロンβ43』

東浩紀 今日は「大量生と虚構の問題」と題して、この10月にぼくと上田が行なった、ウクライナとリトアニアの取材を報告します。写真の多い発表になると思いますが、刺激的な話ができると思います。

上田洋子 まず、なぜいまこのイベントを開催したかをお話しします。今年の5月に、アメリカのHBO(Home Box Office)とイギリスのSky Televisionが共同制作したドラマ『チェルノブイリ』の配信が始まりました。このドラマはインターネット・ムーヴィー・データベース(IMDb)のレビューで、過去最高の9.7点を獲得するなど高い評価を受け、事故のあったウクライナやロシアでも話題になりました。日本ではすこし遅れてこの9月から配信されています。チェルノブイリに何度も行き、事故のことはかなり知っているわれわれが見ても、このドラマはたいへんおもしろい。また、事故についてのイメージをかなり正しく持つことができるのでおすすめです。

 ゲンロンでは2013年からチェルノブイリツアーを行なっています。今年は実施することができなかったのですが、来年の実現にむけてプログラムをアップデートするため、10月の前半にチェルノブイリ・ゾーン(立入制限区域)を視察してきました。ドラマの影響でチェルノブイリの観光地化はかなり進んでいます。

 また、『ゲンロン10』に掲載した東さんの論考「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」の問題意識は、チェルノブイリツアーのダークツーリズムとまっすぐに結びついています。今後のツアーは、こうした問題意識を共有し、実感できるような設計にしたいと考えています。

「悪の愚かさについて」の最後では、映画『シンドラーのリスト』のロケ地の話題を出し、虚構と記憶の関係に触れています。その続きを考えるうえで、ドラマが登場したことはとても大きな意味があるはずと考えました。ぼくはいままでチェルノブイリツアー開催の意味についてあまり哲学的な言葉で語ってこなかったのですが、このドラマが出たことで、『ゲンロン』の連載とつなげて考えられるようになったのではないか。そのため、取材ではロケ地も訪れることにしました。

チェルノブイリ事故とMidnight in Chernobyl

 
 チェルノブイリ事故について、最近の本をひとつ紹介しておきます。アダム・ヒッゲンボサムの『チェルノブイリの真夜中』(Adam Higginbotham, Midnight in Chernobyl, Simon & Schuster, 2019)という本です。この本は、事故の進展や原子炉の構造などを細かく説明してくれて勉強になります。ぼく自身ツアーで聞いたはずの話も、やはり活字で読むと明確になる。それに加えて、関係者それぞれの人間像を丹念に追っているところが魅力的です。ドラマ『チェルノブイリ』を見たひとは、トプトゥーノフやアキーモフ、ブリュハーノフなどの顔が思い浮かぶと思います。彼らはみな実名で実在の人物をモデルにしていて、かなり現実に忠実に造形されている★1。けれども、もちろんちがう部分もある。

上田 役割ではなく、性格づけがすこしちがうんですよね。

 たとえば、科学者のレガソフはドラマではヒーローとして描かれますが、本を読むとそこまで「正義の味方」という感じではありません。当初はむしろ党の指示にしたがい、IAEAの会議で設計ミスを隠したりもしています。それがだんだん変わってくる。それによって仕事が狭まり、クルチャートフ研究所(ソ連最大の原子力研究所で、レガソフは副所長を務めていた)の所長選に落ちたあたりから行動が過激になっていく。つまり最初から党と戦ったわけではなく、はじめはいちおう妥協をしていて、でもだんだんそれがうまく行かなくなっていくんですね。自殺も未遂を繰り返していたようです。

 ドラマはそういう複雑さは切り捨て、ヒーローと悪者をはっきり分けていますね。『チェルノブイリの真夜中』の記述を読むと、逆にドラマのほうもいっそう輝いてくる。

上田 ウクライナのチェルノブイリに関係するひとたちも、ドラマでは人物の性格づけが現実とちがうことに反応しています。事故に際して、現場にいた作業員たちはそれぞれ自分の役割を理解し、できることはやっている。ドラマでは科学者のレガソフと政府高官のシチェルビナのふたりだけがヒーローであるように描かれているのは納得ができない、という話でした。

★1 トプトゥーノフとアキーモフは、チェルノブイリ原発事故発生時に原子炉の運転にあたっていた技師。ともに被曝が原因で事故発生から一ヶ月も経過しないうちに死亡した。ブリュハーノフはチェルノブイリ原発の建設当初から事故発生時まで所長を務めていた人物。



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東浩紀

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1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2・0』(講談社文庫)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(河出書房新社)、『テーマパーク化する地球』(ゲンロン)ほか多数。

上田洋子

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1974年生まれ。ロシア文学者、ロシア語通訳・翻訳者。博士(文学)。ゲンロン代表。著書に『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β4-1』(調査・監修、ゲンロン)、『瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集』(共訳、松籟社)、『歌舞伎と革命ロシア』(共編著、森話社)、『プッシー・ライオットの革命』(監修、DU BOOKS)など。展示企画に「メイエルホリドの演劇と生涯:没後70年・復権55年」展(早稲田大学演劇博物館、2010年)など。