五反田アトリエから――ゲンロン カオス*ラウンジ新芸術校第5期成果展レポート|藤城嘘

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初出:2020年03月30日刊行『ゲンロンβ47』

 みなさまこんにちは、カオス*ラウンジの藤城嘘です。  ゲンロン カオス*ラウンジ 五反田アトリエでは、若手美術作家を紹介する展示を定期的に開催しています。

 

 3月1日から2日間、「ゲンロンカオス*ラウンジ新芸術校」の第5期生の最終成果展が行われ、事前の最終講評では各賞が決定いたしました!新芸術校では展示の実習として、受講生が4グループに分かれ、それぞれが展示を企画・実践するプログラムを実施しています。本プログラムは、グループごとに毎回採点が行われ、全体の成績上位者によって最終成果展が行われる、という「サバイバル型」のシステムになっています。
 グループA-Dまでの四つのグループ展からの選抜と、有志による復活プレゼンの審査による選抜により、最終選抜成果展示「プレイルーム」には11名の受講生が参加しました。そして、選抜メンバーからは落選してしまった有志の受講生によって、裏成果展「裏庭バロック」も行われました。また、今期から展評やキュレーションを担当する「コレクティブリーダー・コース(CLコース)」が設置されたため、キュレーションはCLコースの受講生と主任講師である黒瀬陽平によって協力して行われています。
 今回は受賞作品をふくめ、成果展全体のレポートを掲載いたします。
 ※ 新芸術校のwebサイトはこちら

 最終選抜成果展「プレイルーム」展は、ゲンロンカフェで行われました。キュレーターは黒瀬陽平、海老名あつみさん、NILさん、マリコムさんの計4名。展示ビジュアルデザインは6:30さんによるもの。展覧会タイトル「プレイルーム」は、出展者から提出されたプランのなかに様々な形式の部屋が描かれていたことから着想されたとのことで、空間に対して立体的にアプローチした作品が多数見受けられました。また、出展作家が自身で書いたステイトメントと作家に対応した担当キュレーターの作品解説、その両方が見開きで掲載された冊子が配布されたことも、特筆すべきことです。CLコースが設置された第5期ならではと言えるでしょう。
 甲乙つけがたい力作たちを見た審査員の間では活発な議論が交わされ、その結果、新芸術校第5期の金賞はユゥキユキさんと平山匠さんのダブル受賞となりました。
【図1】《「あなたのために、」》

 ユゥキユキさん《「あなたのために、」》は、バルーン状の構造物に毛糸や綿を組み合わせた立体作品と、2つの映像作品を組み合わせたインスタレーションです。
 ユゥキユキさんは2人姉妹の次女ですが、家では「三女のサン子ちゃん」と名付けられた人形が母親によって可愛がられていたそうで、展示会場の中央に設置された巨大な立体作品はその「サン子ちゃん」を模しています。テントのような構造をした「サン子ちゃん」全体は、服を着せるように編まれたピンク色の毛糸で覆われ、背中側には昨年のグループ展に出していた、ヘビの姿で脱皮していく映像作品が設置されているほか、映像で使われた抜け殻状の毛糸も編み込まれてくっついています。「サン子ちゃん」内部には、ユゥキユキ本人を含む男装姿の女性2人が絡み合うように寄り添い、編まれた毛糸を解きあう、ある種エロティックな映像が流れており、鑑賞者は内部に入って鑑賞が可能です。
 ユゥキユキさんは、新芸術校を通して得た新たなテーマである「インナーマザー」、つまり内面化された母性による自縄自縛状態を表現しつつ、今回は積極的に自分と「インナーマザー」が混ざっていくような演出をしているのです。講評では少し内向きな題材へのやや厳しい指摘もありましたが、作品の十分なインパクトや映像の完成度に票があつまり、見事金賞となりました。
 平山匠さんの作品《モンスター大戦記ハカイオウ》は、実の兄の描いた絵と平山さんの制作した大きな彫刻作品で構成されています。


 彫刻と美術教育を学びながらNPO法人で障がい者の社会参加のためのプロジェクトに関わってきた平山さんは、今回の展示で兄とのコミュニケーションの中から作品を立ち上げました。平山さんは自閉症であるお兄さんと長らく生活を共にしており、幼い頃にお兄さんは「シュリュー」と名付けた頬をさする行為を平山さんにだけ行っていたそうです。平山さんは大人になった今、それに返答し、人と人との関係性の境界を確かめるかのように、兄の制作したシリーズ絵「モンスター大戦記ハカイオウ」を石膏粘土を用いて立体化していきました。
【図2】《モンスター大戦記ハカイオウ》
 一見素朴に見える造形になっていますが、モンスターたちが高い密度で隣り合う構成は作品の迫力を引き出すことに成功しており、会場でも注目を集めました。講評にて、兄の絵を題材として作り続けることについての限界と、搾取の構造になりかねない危険性については話題に上がりましたが、コンセプトと造形のポテンシャルには票が集まりました。ユゥキユキさんのもつ「インナーマザーから開かれていく」という課題と、平山匠さんの「家族の問題から公共へ開いていく」という課題。甲乙つけがたい作品の完成度とは別に、両者は共通する問題意識をもはらむとして、今回はダブルで金賞の受賞となりました。
 今回金賞を受賞したユゥキユキさんと平山匠さんは今後、副賞として二人展の企画が予定されています。どうぞご期待下さい。
【図3】《No/w/here/cat》

 銀賞を受賞した山崎千尋さんの《No/w/here/cat》はゲンロンカフェのカウンター部分を利用したインスタレーション作品となっています。山崎さんは物事の曖昧さについて作品にし続けており、今回はかつて脱走し行方不明になった猫と、脳死状態を経て亡くなった父についての考察を映像作品にしています。映像作品では、治療室の治療台に横たわる人物の周りを複数の猫が自由に動き回る様子が収められており、さらには小型カメラによって猫の視点でも治療室を撮影。映像作品が流れるディスプレイの手前では、ダクトから音が聞こえ、配線コードが心臓の鼓動のようなリズムで痙攣し、まるで生物のように思わせる演出も。繊細なテーマを扱いながらも生と死の判断の間の「トンネル」を独特の質感で表現する試みが評価され、銀賞の受賞となりました。


 岩渕貞哉さんの審査員賞は鈴木知史さん《あなたのなかに存在する悪を私に渡しなさい》でした。
【図4】《あなたのなかに存在する悪を私に渡しなさい》
 鈴木さんは病院の病室を仕切る間仕切りカーテンで診療室を模した空間を作り、そのカーテンに映像を投影します。まず、内部に投影される映像は縦横に4分割された画面にそれぞれに人物が一人ずつ写り、自分がみた悪夢について語る様子が同時に流れます。鑑賞者はそれを同時に聞き取ることは難しいながらも語り手に向き合う事となり、今度は鑑賞者に向けてバクの映像が投射されます。精神科病院に入院した経験のある鈴木さんは、精神科医や臨床心理士が患者から「悪」を受け取って食べるバクに喩えており、この作品では鑑賞者が診断と罪悪について考えを深めさせるのです。
【図5】《自撮り.mov》

 田中功起さんの審査員賞は藤井陸さん《自撮り.mov》です。
 藤井陸さんは生まれた時から現在進行形で名前を「藤井隆」と間違えられるという経験から、名前と名指されるものとその表象の関係性を作品にし続けてきました。昨年のグループ展では、自身が生まれて数日間の姓が「前村」だった事実をリサーチにより突き止めたことや、日本にいる同姓同名の「藤井陸」にコンタクトをとり、そこで起きたコミュニケーションを作品として表現しました。今回はそれを総合しつつアップデートした作品となります。自らの固有名が独立して存在することを、「アバターのトラッキング技術とアバターの演者」に対応させて考察するこの作品では、複数の機器による映像とライフログなどが組み合わさったインスタレーションとなっており、複数のデバイスから集音された音声を3DCGのライフマスクに喋らせ、自動記述ソフトにより揺らぎのある文章として出現していく様子は、「藤井陸」という記号だけが勝手に動き出すかのような効果をもたらしています。

【図6】《MR.BROWN》

 やなぎみわさんの審査員賞は裏成果展「裏庭バロック」に参加していた紋羽是定さんの《MR.BROWN》。紋羽さんは自らが飲んだハイネケンのビール缶を素材とし、磁石の力を利用して「看板」を作ろうと試み続けるパフォーマンスを行います。2011年3月10日、紋羽さんはBARで働く知人に会いに東北へ向けて車を走らせていましたが、偶然発症した花粉症を原因不明の体調不良だと感じ引き返します。しかし、その直後の地震による津波で知人は行方不明に。このパフォーマンスではその友人が働いていたBARの看板を、磁力で吊るされる空き缶によって再現しようとするのですが、一定の重さになると大きな音を立てて崩れ落ちてしまいます。紋羽さんは会期中、ビールを少しずつ飲みながら、空き缶で造形してはそれが崩れ落ちてしまう、というどこか空虚な繰り返しの出来事を、まるで儀式のように行ったのです。
【図7】《language sihouette》

 和多利浩一さんの審査員賞はタケダナオユキさん《language sihouette》です。
 タケダさんの作品は平面と立体からなる作品で、ひらがなのみで構成された詩のようなステイトメントも作品の一部といえるでしょう。壁にかかった平面作品はビニール素材と絵画の組み合わせ。絵画の上から紐状のビニールが作者のルールに則り幾何学的なかたちを描きながら覆っています。その手前に、座り込む人形のような形でボール紙などを使用したオブジェが。タケダさんは複雑な状態の世界のすべてを図式化するように、様々な素材を援用し造形を続けてきました。今回の展示では、インターネット上で飛び交う言葉と人間の関係を記号化しています。

【図8】《視線》

 カオス*ラウンジから贈られるカオスラ賞は小山昌訓さん《視線》。小山さんは会場に板を使用した簡易的な個室を作り、小山さん自身がずっと引きこもる、というパフォーマンスをしました。内部には小山さん自身が描いた漫画の原画と、新作アニメーション、そしてアニメーションの原画が所狭しと敷き詰められ展示されているほか、飲料や寝具なども配置され、小山さんが「引きこもる」状態が作られています。来場者は赤い目のような模様がびっしりと描き込まれたその小屋に開いたいくつかの穴から、小山さんのことを覗き見る、という体験をするのです。
 入賞は果たしませんでしたが、「プレイルーム」展ではほかに、亡き息子の姿や愛用品を様々な画風で油絵に描いた小笠原盛久さん《男は音楽を愛していた》、自宅キッチンでコマ撮りのアニメーションに挑戦した菊谷達史さん《日の火の碑》、慰霊をテーマに古着を利用したぬいぐるみを制作しパフォーマンス作品とした繭見さん《感情の臓器》、音波を利用して揺れ動くインスタレーションを制作した三浦かおりさん《うちぼら》の作品が展示され、どの作品も見応えあるものとなりました。
【図9】《男は音楽を愛していた》

【図10】《日の火の碑》

【図11】《感情の臓器》

【図12】《うちぼら》


 ゲンロン カオス*ラウンジ 五反田アトリエでは非選抜者による裏成果展「裏庭バロック」が開催。裏成果展ではCLコースと出展者が主導で展示が進められ、鴻知佳子さん、鈴木杏奈さん、須藤晴彦さん、山浦千夏さんがキュレーターとして参加、アーティストとしては伊賀大さん、井上暁登さん、大島有香子さん、神尾篤史さん、木谷優太さん、小林毅大さん、zzzさん、三浦春雨さん、茂木瑶さん、紋羽是定さんの10名の作品が並びました。
【図13】裏成果展「裏庭バロック」の様子

【図14】裏成果展「裏庭バロック」の様子

【図15】裏成果展「裏庭バロック」の様子

 さて、五反田アトリエでは3月11日より22日まで、カオス*ラウンジによる「三月の壁――さいのかわら」展が開催されました。東日本大震災から9年、昨年に続いて記憶の風化をテーマにしつつ、いわき市薄磯地区にある「古峯神社」「賽の河原」などの取材を元にしたグループ展となりました。そちらの様子は次回レポートいたします! 撮影=編集部

五反田アトリエの次回展示予定や最新情報についてはカオス*ラウンジ公式webサイトをご覧ください。

藤城嘘

1990年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業。美術作家。作家活動に並行して、集団制作/展示企画活動を展開する。「カワイイ」・「萌え」などの日本的/データベース的感性をベースに、都市文化や自然科学的なモチーフから発想を得た絵画作品を制作。主な個展に「キャラクトロニカ」(2013年)、「ダストポップ」(2017年)、「絵と、」vol.2(2019年)など。音ゲーを趣味とする(pop’n music LV47安定程度の実力)。
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