当事者から共事者へ(7) 笑いを通じた死との共事|小松理虔

初出:2020年09月23日刊行『ゲンロンβ53』

 小松理虔さんの大好評連載「当事者から共事者へ」、9月23日配信予定の『ゲンロンβ53』より第7回を先行公開します。
「事故物件」に住むお笑い芸人の芸から、生者であるわたしたちにはけっして「当事者」になれない「死」への共事を考えます。どうぞお読みください。(編集部)

 

 死について考えたいと思っている。8月だから、というのもあるかもしれない。田舎の家に行くと、仏壇に先祖の遺影が飾られているところが多い。畳の部屋にごろ寝していると、その家のご先祖に見張られているような気持ちになることがよくある。瓦屋根の古い日本家屋、迎え火に送り火、畳、線香、蝉の鳴き声、軍服や和装の遺影。夏はやはり故人のこと、死者のことを考えてしまう。

 いや、死について考える、といっても、そこから何か宗教的な話や、哲学的な問いを立てるというわけではない。ぼくの身体に、死についてリアルに考えなければならないほど差し迫った何かがあるわけでもないし、家族や友人が亡くなったわけでもない。いつものノリで、自分が体験したものや、自分が興味や関心を抱いているものを通じて考えてみるだけである。ぬるくてゆるい。それが共事のいいところだ。
 
 
 松原タニシというお笑い芸人がいる。肩書きは「事故物件住みます芸人」。事故物件とは、不動産取引の対象となる土地や建物のうち、前の居住者が、そこで事故や事件などで死亡した経歴があるものをいう。松原タニシは、各地の事故物件に住み、そこでの体験を面白おかしく怪談仕立てにして披露するという芸人だ。松竹芸能に所属している。まだ無名だった頃、「北野誠のおまえら行くな。」というテレビ番組に出演し、事故物件で幽霊を撮影できたらギャラがもらえるという企画で事故物件に住むことになったという。それが2016年。これまでに暮らした事故物件は10軒を数える。過去の居住遍歴などをまとめた著書は3冊にのぼり、本人のツイッターによれば、3冊合計の累計発行部数は、なんと20万部を超えるという。もはや立派な作家だ。主著の『事故物件怪談 怖い間取り』は、この夏、監督・中田秀夫、主演・亀梨和也で映画化もされている。テレビのバラエティ番組にガンガン出ているわけではないのでお茶の間ではあまり知られていないかもしれないが、今、最もノリにノっている芸人の1人だ。

 では、このタニシさんの芸と「共事」との間にいかなる関わりがあるのか。冒頭でシンプルに結論を示しておくと、彼の芸は、彼自身「お笑い芸」としてやっているにもかかわらず、本人の意図していないところで、結果として、「死と向き合う」という、宗教的、福祉的な回路に接続されてしまうのだ。ぼくはそこに共事を見る。この連載で毎回考えてきたように、本人はそうとは思っていないのに、自分の好きなことや興味のあること、ともすればふまじめにも見える行為を通じて、課題解決の小さな糸口を見つけてしまったり、とてつもなく質の高いアウトプットを生み出したりしてしまう。そういうポジティブなエラーや「誤配」が生まれるような関わり方を、ぼくは「共事」と捉えてきた。タニシさんの芸もまた、「笑い」や「ふまじめさ」を通じて、死や老い、孤独死という社会課題に接続されてしまう取り組みに見える。極めて「共事性」が高い芸風なのだ。そこで今回は、いわき市内で開催され、実際にぼくも鑑賞した松原タニシによる2回のライブ、著書などを手がかりに、笑いがもたらす共事について考えてみたい。
 
 
 まず、ぼくとタニシさんの関わりについて少し触れておこう。ぼくがタニシさんと出会ったのは、この連載の2回目で紹介した、いわき市の高齢者福祉メディア『いごく』の主催するイベントに彼がゲスト出演したときのことだ。それまでぼくは「松原タニシ」という名前すら知らなかったのだが、ライブもトークも大変好評で、ぼく自身も大きなインパクトを受けた。それで、その後にもう1度、いごくが主催する「いごくフェス」というイベントにも出演いただいた。かれこれ2年近く、ゆるい関わりが続いている。タニシさんの3冊目の著書『怖い間取り2』のあとがきには、「いごく」についての記述がある。タニシさんの活動に何かしらいい影響があったのだとすれば、とてもうれしく思う。

事故物件を楽しむ


 では、2018年10月にいわき市で開催されたライブから話を始めよう。

 タニシさんがまず語り始めたのは、これまでに住んだ事故物件の遍歴だ。どの物件でもしっかり映像が撮影されており、トークはその映像と共に展開されることになるのだが、どの映像にも不気味な物体が映り込んでいる。例えば1軒目の事故物件では、「オーブ」と呼ばれる白い発光体がいくつも映像に収められていた。最初はぼんやりと白い光を放ち、浮遊しているだけのオーブだが、突如として大きな動きを見せる。どんどん数が増えて渦巻きのような形になったり、一瞬にして煙のようになったり、あるいは一反木綿のような形になってタニシさんを覆い隠したり、まるで人格を持ったかのような動きを見せるのだ。タニシさんはトークでそれにツッコミを入れ、その動きを笑いに変えていく。ただ、現実にはさらに不気味なことも起きていたようだ。そういう物体が撮影されると、決まってタニシさんは災難に見舞われるのだという。マンションの前でひき逃げにあったり、スマホから意味不明のノイズが聞こえて通話ができなくなったり、気味の悪いエピソードも続々と紹介される。

 しかしそのエピソードを語る際も、タニシさんのトークの軽妙さも手伝って悲壮感はなく、その状況を楽しもうとする雰囲気がよく伝わってくる。面白いのは、事故物件に引越しを繰り返すうちに、タニシさんが「オーブ」などの超常現象に慣れてしまうことである。恐怖心が薄れ、次第に好奇心が生まれて、虚空に向かっておしゃべりをしたり、面白おかしくその様を実況したりと悪ノリしていくのだ。普通なら怖がって逃げてしまうところだが、興味本位で、積極的に距離を狭めていくのがタニシさんのスタイルのようだ。

 そしてその末に、タニシさんは、事故物件と呼ばれるに至る「事故」の経緯や、その事件の犠牲者の人となりや暮らしぶりを調べ始める。さらには、物件や地域の歴史までにも興味が至るようになり、結果的に3冊の本には、事故物件居住遍歴だけでなく、日本各地の心霊スポットへの観光の記録も綴られている。

 タニシさんは、そうして好奇心を膨らませていくうち、自殺してしまった人の人生や、その家族の物語などにも行き当たってゆく。ともすれば、タニシさんの話は「オカルト」に属する話かもしれない。けれども、いたずらに恐怖心を煽っているわけではない。話を聞いているうちに、あるいは本を読んでいるうちに、次第に「事故物件」というレッテルが引き剥がされ、死ではなく固有の「生」の物語が立ち現れるように感じられるのだ。本人は、事故物件で起きる不気味な話を面白おかしく話しているだけなのに。
 

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1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、いわき海洋調べ隊「うみラボ」では、有志とともに定期的に福島第一原発沖の海洋調査を開催。そのほか、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。『ゲンロンβ』に、『新復興論』の下敷きとなった「浜通り通信」を50回にわたって連載。共著に『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)ほか。初の単著である『新復興論』(ゲンロン)が第18回大佛次郎論壇賞を受賞。 撮影:鈴木禎司

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