あなたに北海道を愛しているとは言わせない(前篇) 『羊をめぐる冒険』をめぐる冒険|春木晶子

初出:2020年10月23日刊行『ゲンロンβ54』

後篇はこちら

『ゲンロンβ』に掲載された「北のセーフイメージ」が好評の、春木晶子さんによる論考をお届けします。春木さんは〈ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾〉第4期の卒業生。ここに掲載するのは、その最終課題として提出され、最優秀賞を受賞した『羊をめぐる天然──あなたに北海道を愛しているとは言わせない──』に、大幅な加筆・修正を加えたものです。『ゲンロンβ55』掲載の後篇には、主任講師の佐々木敦さんによる解題をあわせて掲載します。
『羊をめぐる冒険』から『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』へ。忘却された北海道と忘却された自己をめぐり、その「皮」を剥いでいく批評の旅をお楽しみください。(編集部)

 

1、塔を倒す羊


 東京の北東に聳える塔を、毎日のようにわたしは、両国にある職場から眺めている。

 東京スカイツリーは8年前の春、首都東京に誕生し、それまで半世紀にわたって首都の象徴を務めた東京タワーに取って代わった。足元から頭頂部にかけて三角形から円形へと変化するフォルムは、ふわりとした格子の衣をまとい、風をはらむ。その墨田区押上という立地は、高度経済成長以降西をめざして発展を続けた都市化トレンドに逆行し、活気ある「21世紀の下町」を再生するという期待を背負うものだった。

 それを眺めるたび、そのはるか北東に立ち、やはりかつて毎日のように眺めた塔を思い出す。

 北海道百年記念塔は50年前の夏、地方都市札幌に誕生し、今日まで半世紀にわたって先人の慰霊と顕彰を務めた。先端の一部が空を刺すように伸びるフォルムは、焦げ茶の鉄板をまとい、開拓の厳しさと進展を物語る。その札幌の東端という立地は、開拓使設置以降東をめざして進展を続けた北海道開拓の記憶を刻むものだった。

 

 一昨年、この塔の解体が決定した。

 倒れゆく塔。バベルの塔を彷彿とさせる、ロマンティックな響きである。その塔を倒すのが、人間の奢りを戒める神とはいかないまでも、建設に反対したアイヌ民族だとすればなおさらだ。記念塔の建設に対し、その開拓の顕彰はアイヌ民族の土地と文化の収奪の歴史を軽視しているという批判があった。大雑把に言えば、開拓を先人の功績と讃える立場と、アイヌ民族の侵略と非難する立場、2つの立場の対立が少なからずあった。建設当時は前者が勝利し、塔が立った。半世紀を経てついに、アイヌ民族側が開拓民側を打倒し、その象徴たる塔を倒すのだ。

 けれども、この見立てはロマンティックにすぎる。あたかも二者の間に巨大な分断があり続けるかのように、今日ことさらに対立を誇張する人がいる。しかし塔の解体は、対立の有無やその勝敗とはあまり関係がない。建設当時に意見を述べた人たちは、賛成者にせよ反対者にせよ、対立のなかにあってなお「開拓」の「痛み」を共有していた。塔を倒すのは、建設の反対者でもアイヌ民族でもない。かつての「痛み」をまるで外国のできごとかのように感覚する、今日の大多数の北海道の人々こそが、塔を倒す。

 ピースフルでナチュラルな、「果てしない大空と広い大地」の「北の国」。今日、かの地に注がれるポジティブな眼差しは、決して外から与えられるばかりのものではない。北海道に暮らす人々もまた、それこそが北海道らしさなのだとぼんやりと、疑うことなく信じている。人々は、そうした愛される北海道をこそ、愛している。言い換えれば今日肯定されているのは、カネを生む経済資源としてカチがある北海道イメージだ。そうした牧歌的なポジティブイメージにとって、アイヌ民族の土地と文化の収奪、移住者や労働者(士族/民間移住者、囚人労働者、タコ部屋労働者)たちの夥しい犠牲によって成し遂げられた北海道の形成といった辛気臭い「開拓」の歴史は、邪魔である。「自然豊かな北海道」「自然と共生するアイヌ民族」。行政やメディアが主導する宣伝文句が、無批判に無邪気に繰り返され、蔓延するというわけだ。着任時には「北海道開拓記念館」だった職場は、退職時には「北海道博物館」に名を変えていた。そして百年記念塔は、その役目を終えようとしている。

 

 研究室の机を、塔の見える窓に向かって置いていた。青い空と緑の木々に、あるいは白銀の雪原に、塔の姿はよく映えた。雨の日には先端がぼやけ、雪の日には全体がぼやけ、吹雪の日にはまったく見えなくなった。そんな光景と別れて1年がすぎた頃、解体の決定を知った。東京で北海道の名を見ない日はない。スーパーで買い物をすれば北海道島の輪郭を象ったパッケージが、街を歩けば北海道の名を冠する飲食店が、電車に乗れば北海道物産会に、国立の民族共生象徴空間「ウポポイ」のオープン、北海道に関わるあらゆる広告が、目に飛び込んでくる。そのどれもが、北海道の豊かな自然を喧伝している。開拓の痛みを忘却した北海道イメージに囲まれながら、記念塔を悼む。

 ゲンロン批評再生塾第4期の最終論考は自由課題であった。なにを書くべきか。考えるほどに突き当たるのは、かの地の忘却の歴史だ。倒れようとする塔がわたしを刺すように、忘却したはずの「痛み」を思い出させる。いや、忘却ではない。これは隠蔽だ。忘却と引き換えに得られた愛らしい自己イメージに身を包み、無垢をひけらかす北海道の欺瞞に、わたしも加担している。愛される北海道をこそ愛しているのは、他でもないこのわたしだ。北海道のイメージはわたしにとって、自己イメージそのものだ。欺瞞と共にあるこの皮を、しかしいかに引き剥がすことができるのか。

 

 そうした皮の形成に多大な貢献を果たした大ヒットテレビドラマシリーズ『北の国から』の第1作が放映された1981年から82年、時を同じくして、まったく別の眼差まなざしをかの地に向けた人がいる。村上春樹である。

札幌の街は広く、うんざりするほど直線的だった。僕はそれまで直線だけで編成された街を歩きまわることがどれほど人を磨耗させていくか知らなかったのだ。
 僕は確実に磨耗していった。四日めには東西南北の感覚が消滅した。東の反対が南であるような気がし始めたので、僕は文房具屋で磁石を買った。磁石を手に歩きまわっていると、街はどんどん非現実的な存在へと化していった。建物は撮影所のかき割りのように見え始め、道を行く人々はボール紙をくりぬいたように平面的に見え始めた。太陽はのっぺりとした大地の片方から上り、砲丸のように天空に弧を描いて片方に沈んだ。★1

『羊をめぐる冒険』を読むと、彼がいかに札幌の街に辟易したか、よくわかる。もちろんこの引用は小説の一節で、愚痴をこぼす「僕」は作者の村上春樹とは異なる。しかしこれは疑いなく、直線で構成された起伏のない同地を歩いた身体から溢れ出た記述であろう。「南四西十三」、札幌に住んでいたときのわたしの住所標識だ。グラフ上の点を無機質に指し示すかの如き住所が端的に示すように、札幌の街は、固有の特徴を伴わない「のっぺり」としたグリッドを思わせる。

 1982年に連載・刊行された本作の物語は、「僕」が「右翼の大物」の「黒服の秘書」に命じられ、人に宿るという特殊な「羊」を探すというものだ。友人「鼠」から送られた「平凡な北海道の風景」写真を手がかりに「僕」は北海道に渡り、架空の町である道北の「十二滝町」へと向かう。舞台は1978年の日本の、「僕」が暮らす東京と故郷の神戸、そして冒険の地となる北海道である。しかしその背景には、戦争や北海道開拓といった、陰鬱で寒々しい近代日本の歴史が横たわっている。例えば作中で詳しく語られる十二滝町の歴史は、近代日本の「統一」の意志に翻弄された、名もなき人々の虚しき歴史だ。北海道の辺境の町にまで忍びこんでは蔓延る資本主義経済と情報化社会、グローバリズム。あらゆる土地や人々がそれらのシステムに「のっぺり」と覆われることへの恐怖が、近代日本の暴力と重ねられつつ、本書を貫いている。

 主要な登場人物となる3人は、そうしたシステムの支配から逃れようともがく者たちだ。「羊」への抵抗者である「僕」と「鼠」、戦争から逃れ十二滝町の山奥の牧場に隠れて暮らす「羊男」がそれだ。先取りして言えば、鼠と羊男の顛末はそれぞれ、潔い死か無様な生かという、抵抗者の行く末を示している。では「僕」はどうか。鼠のように潔く死ぬことも、羊男のように無様な生を引き受けることもできず、かといって「羊」という闇に染まることもできない「僕」。『羊をめぐる冒険』は、そうした情けない自身の姿を発見する物語でもある。

 その冒険の舞台に選ばれたのが、北海道であった。北海道でなければならなかった。なぜか。

 村上春樹は、先に述べたような「痛み」を隠蔽する北海道の欺瞞を見抜いていたのではないか。羊は北海道の、隠蔽に包まれた自己イメージを象徴する存在だ。すなわち同書は、もこもこと愛らしい羊の皮をかぶった北海道の、その皮を剥ごうとする試みではなかったか。冒険を進める「僕」は、そうした羊や北海道、そこから導き出される近代日本の欺瞞を通して、己の欺瞞に目を向けていく。村上春樹は7、80年代の日本を生きる己の悪を、わたし春木は北海道と同一化した己の悪を、「僕」の悪に重ねている。

 北海道の、欺瞞に塗れた自己愛の皮を、いかにして引き剥がしうるか。その皮の下にある、春樹と春木の悪とはなにか。本稿ではこの問いに応えるため、古来かの地に向けられてきた眼差しをさまざまなに参照しながら、『羊をめぐる冒険』を読み進めてゆく。近代よりも前に遡りながら羊と北海道のイメージを追うことで、『羊をめぐる冒険』における「羊」の、これまで指摘されることのなかった意義が見えてくる。

 なぜそんなことをするのか。あなたが北海道を好きだというとき、あなたは北海道の、ひいては自己の忘却と欺瞞を、推し進めているからだ。だからわたしはあなたに、北海道を愛していると、言いづらくさせたい。

 しっかり釘を刺したところで、あなたをお連れしよう。『羊をめぐる冒険』をめぐる冒険に。

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1986年生まれ。江戸東京博物館学芸員。専門は日本美術史。 2010年から17年まで北海道博物館で勤務ののち、2017年より現職。 担当展覧会に「夷酋列像―蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界―」展(北海道博物館、国立歴史民俗博物館、国立民族学博物館、2015-2016)。共著に『北海道史事典』「アイヌを描いた絵」(2016)。主な論文に「《夷酋列像》と日月屏風」『美術史』186号(2019)、「曾我蕭白筆《群仙図屏風》の上巳・七夕」『美術史』187号(2020)ほか。株式会社ゲンロン批評再生塾第四期最優秀賞。

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