料理と宇宙技芸(4) 炒飯|伊勢康平

2021年3月24日刊行『ゲンロンβ59』
 本記事は有料会員限定の記事ですが、冒頭部分およびレシピ部分は無料で公開しております。どうぞご覧ください。(編集部)

 

 前回から4、5か月ほどあいてしまったが、おかげさまで無事に修論を提出できた。みなさんがこの文章を読むころには、来年度のぼくの進路も確定していることだろう。というわけで、これからはまたもとのペースで連載を継続していきたい。

 今回とりあげるのは炒飯である。ここまで、魚香肉絲ユィーシァンロウスー黄燜鶏ホワンメンジーなど、日本の読者にはなじみのない料理がつづいたが、炒飯を知らないひとはさすがにいないだろう。ご自身でつくったことのあるかたも多いはずだ。じっさい、いまやネット上で、おいしい炒飯のつくりかたにかんする情報はいくらでも手に入る。なので、いまさら目新しいレシピを提案するというのもなかなか難しい。

 そこで今回も、やはりこれまでとおなじように、炒飯をつくりだす調理の技法に秘められた哲学に注目して、少しちがった角度から炒飯を「調理」していこう。もちろん、ぼくなりに工夫をこらしたおいしい炒飯のレシピも紹介するので、そちらも楽しんでいただきたい。

1「鍋の気」という謎

 中華の炒め物について語るとき、中国の料理人はときどき「鍋の気」という言葉をつかう。たとえば、王剛ワンガンという四川の料理人は、自身の YouTube 動画で炒飯のつくりかたを説明しながら、「炒めのプロセスでは、かならず鍋の気が出るまで米を炒めましょう」とアドバイスしている。さらに「米を炒めてよい香りがしてきたあとは、鍋の気があちこちから湧きあがってから、少量のうすくち醤油を鍋の縁からかけましょう」とも言っている★1

「鍋の気」とはなにか。これは湯気や煙のことではない。というのも、彼らの説明を聞くかぎり、「鍋の気」は炒めるときだけ発生し、煮たり蒸したりしているときには出ないようだからだ。また、もし炒め物から煙が出てくるなら、それは焦げているわけだから料理としては大失敗だろう。とはいえ、王剛の料理動画をみていても、鍋からなにやら特別な「気」が出ているようにはみえない。「鍋の気」は、長年修行を積んだ料理人にとっては自明のものかもしれないが、ぼくたちにとってはじつに謎めいた概念である。これはいったい何なのだろうか。

 

 この謎を考える手がかりは、意外にもアメリカにある。

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1995年生。2021年4月より東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。翻訳に王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)、ユク・ホイ「百年の危機」(「ゲンロンα」掲載)、「二一世紀のサイバネティクス」(Webサイト「哲学と技術のリサーチネットワーク」に掲載)ほか。現在、ユク・ホイ『中国における技術への問い』の全訳を仲山ひふみと進行中(2021年にゲンロンより刊行予定)。

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