テーマパーク化する地球(1)|東浩紀

初出:2012年2月20日刊行『ゲンロンエトセトラ #1』

 リニューアルとともに、巻頭言をエッセイに切り替えることにした。隔月というリズムではあるが、毎号、そのとき考えている理論以前、体系化以前の思いつきを自由に刻んでいこうと思う。

 というわけでさっそく始めると、ここ数年、ぼくの頭の片隅をいつも占めているキーワードは「ツーリズム」である。つまり観光だ。

 別にツーリズムや観光について理論書を読んだわけではない。ぼくの場合、本質的な着想が書物からやってくることはあまりない。たとえば『一般意志2.0』の骨格にある「ひきこもりの作る社会秩序」という着想は、別にルソーから来たものではなく(ルソーをいくら読んでも、それだけからあの解釈を導くのはかなり難しいはずだ)、むしろ『動物化するポストモダン』出版以後の雑多な経験に基づいている。理論はつねに経験のあとにやってくる。――という表現があまりにステレオタイプだと思われるのであれば、理論はつねに外部からやってくる、と言い替えてもいい。本を読むだけで思想を組み立てようというのは、あまりに荒唐無稽だ。

 それでは、なぜツーリズムなのか。それは端的に言えば、ぼくがこの数年、子連れの海外旅行を繰り返しているからである。

 娘が産まれるまで、ぼくはホテルチェーンやリゾートにいっさい興味を抱いたことがなかった。旅行といえば遺跡めぐりや美術館めぐりが基本であって、ホテルは寝ることができればいいぐらいにしか考えていなかった(ぼくの大学時代はまだバックパッカーのイデオロギーが生きていた)。しかし、娘ができるとそうはいかない。幼い子どもを連れ、快適かつ安全に旅行を楽しみたいとなると、必然的に設備は限られてくる。ルームサービスやランドリーサービスなど、かつては無駄な贅沢品でしかなかったサービスが必須に思えてくるし、ホテルにプールがついていれば子どもは喜ぶと考えるようになる。というわけで、娘が産まれて半年、2006年の正月にハワイ島のシェラトン・ケアウホウ・ベイに1週間ほど滞在したのを皮切りに、ぼくは休暇を過ごすため、半ば必要に迫られて国内外のリゾート情報を集めるようになった。つまりはぼくは、ポストコロニアルの観点から観光を分析するとかリゾート建築がハイパーリアルで興味深いとかそのような小難しい理由からではなく、単なるいち消費者として、ホテルチェーンやリゾートに関心を抱き始めたのである。

 けれども、調べ始めると、たちまち現象そのもののおもしろさに取り憑かれるようになった。というのも、そこには、まさにトーマス・フリードマンのいう「フラット化する世界」の問題が典型的に現れていると思われたからだ。

 わたしたちの世界は、かつてなくフラットになりつつある。世界のどこにいても同じ仕事ができ、同じ生活ができる、そのようなインフラが整いつつある。インターネットは世界中のライフスタイルを平準化しつつある。先進国と旧発展途上国の経済格差は――それぞれの国内の格差拡大を引き替えにしてではあり、そしてそのことは決して忘れてはならないのだが――、急速に縮まりつつある。結果として、わたしたちはいまや、世界のどこに行っても、同じような服を身につけ、同じような関心を抱き、同じような行動原理で動く莫大な数の「消費者」に出会うようになっている。本誌読者の多くは『思想地図β』vol.1の巻頭言をお読みだろう。シンガポールのホテルで出会った、クロックスを履いた少年を連れた中国人一家。彼らはむろん貧しくはない。しかし富裕層というほどのものでもない(そうだったらぼくと一緒のホテルに泊まったりしていない)。フラット化するいまの世界経済は、彼らのような新しい「グローバル・アッパーミドル層」の欲望を一気に解き放っている。そしてツーリズムは、その彼らの受け皿として大きな変化を遂げ始めている。カタログを取り寄せ、ウェブサイトを巡回していると、21世紀の観光産業が、世界中の消費者に対して、文字どおり世界中の土地を観光地化し利潤に変えようと、おそろしく貪欲に動いていることがよくわかる。たとえばみなさんは、オマーンに多くのリゾートがあることや、ナミビアで気軽にサファリが楽しめることや、砕氷船で北極点に行くツアーが催されていることを知っていただろうか(ぼくは知らなかった)。わたしたちはいまや、つい数十年前まで政治的あるいは自然的な理由で命を落とす覚悟でしか辿りつけなかった場所に、あるていどの金さえ出せば――といってもせいぜい100万円ぐらいだ、ありえないぐらいに高いと思うひとは結婚式の費用や高級温泉旅館の一泊料金を思い浮かべればいい――いともたやすく行くことができる。ツーリズムのフラットな視線は、いわば地球そのものをテーマパークに変えようとしているのだ。

 日本に住むわたしたちは、なんとなく、この2、30年、世の中は大して変化がないと思い込んでいる。実際、国内にだけ目を向けているとそう感じられる。しかし現実には、以上の変化は劇的に世界の様相を変えている。『一般意志2.0』のつぎは(つぎがあればの話だが)、そのような新しい世界に対応した、新しい語彙と新しいスタイルの社会思想を構築したいと考えている。


世界がテーマパーク化する〈しかない〉時代に、人間が人間であることはいかにして可能か。


ゲンロン叢書003 東浩紀『テーマパーク化する地球
2019年6月5日刊行 四六判並製 本体408頁
 ISBN:978-4-907188-31-3

ゲンロンショップ:物理書籍版電子書籍(ePub)版
Amazon:物理書籍版電子書籍(Kindle)版

その他の記事

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(2011年)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(2019年)、『テーマパーク化する地球』(2019年)ほか多数。

NEWS

連載

ゲンロンβ