訳者解題(プラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』)|福冨渉

初出:2016年11月15日刊行『ゲンロン4』
 本論考は、『ゲンロン4』から『ゲンロン9』にかけて翻訳連載された、プラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』の翻訳者解題として『ゲンロン4』に掲載されたものです。本作品はその後単行本用に改稿されて、2020年にゲンロンより出版されています。現代タイを代表する小説家であるプラープダー・ユン入門としても読めるこの文章をきっかけに、プラープダーの哲学紀行文にもぜひ触れてみてください。また、『ゲンロンβ』では、プラープダーの最新長編『ベースメント・ムーン』の翻訳連載も始まりました。こちらも合わせてお楽しみください。(編集部)

 

 ここに掲載した作品は、タイの作家プラープダー・ユン(ปราบดา หยุ่น 1973-)が2015年に発表した著書『違うベッドで目覚める ตื่นบนเตียงอื่น』の序文、および第1章の前半部分を翻訳したものだ。翻訳に際して、本文の内容をより具体的に示す邦題として「新しい目の旅立ち」をあてた。原著は序文+本文全3章によって構成されており、今後『ゲンロン』に翻訳を連載するにあたって、各号に本文各章の半分ずつを訳出していく予定だ。

 プラープダーは作家としてだけでなく、グラフィックデザイナー、イラストレーター、映画監督、ミュージシャンとしてもマルチに活動している。そんな彼が最初の短編集『直角の都市 เมืองมุมฉาก』を発表したのは2000年のことだ。その後、2016年8月までに、短編集8冊、長編作品4冊、短編単行本(短編もしくは中編1編のみを収めた薄型本)2冊、エッセイ集18冊、映画脚本2冊、翻訳書8冊、絵本1セット(3冊1セットの作品)が刊行されている(いくつかの共作・共訳を含む)。さらに、やや特殊なものとして、ウラジーミル・ナボコフについての概説書が1冊、紀行書としてこの『新しい目の旅立ち/違うベッドで目覚める』がある。時系列で見れば、2015年7月に発表されたこの作品が、彼の最新の著作となる(翻訳書は除く)。だが「序文」に記されているように、2007年頃に感じた執筆への「飽き」が動機となって、彼はフィリピン・日本へ渡航している(実際の渡航は2009-10年頃)。そこを執筆の起点と考えれば、彼の書くように、本書の執筆は実に8年もの時間をかけてなされたものだ、と考えることもできる。

 冊数だけで見れば、16年間で40の著作と「超多作」にも見える。だが、作品の発表年代を見ると、もう少し興味深い推察ができる。というのは、ほとんどの創作・エッセイは、彼が「飽き」を覚える2007-08年頃までに発表されているからだ。8年間で30近い著作。だが「旅」を経た2009-10年以降、彼が創作を発表するペースは落ちて、翻訳書の数が増えていく。「飽き」と「旅」を分岐点としてこれまでの彼のキャリアをあえて前後半に分ければ、この「新しい目の旅立ち」は、彼のキャリア後期全体を使って書かれた作品であると言えるし、本作で彼が辿った旅路が、作家としての彼の活動に影響を与えた、と言うこともできるだろう。

 思索の旅がどこに向かい、彼の「新しい目」が何を見つけることになるのか、ぜひ連載の今後を楽しみにしていただきたい。ここでは、これまでの作品において彼が「自然」とどう向き合ってきたのか、少しだけ見てみることにする。

 前述のように、2000年に最初の短編集を発表したプラープダーは、同年の短編集『存在のあり得た可能性 ความน่าจะเป็น』で2002年の東南アジア文学賞を受賞した。甘いマスク、ニューヨーク帰りというスタイリッシュな雰囲気と、タイの超大手英字新聞の創設者を父に持つというバックグラウンドが影響して、一躍、時の人となる。他者や周囲に興味を持たない「個人」を描く彼の作品は、「タイのポストモダン文学」「新世代の代表」であるとされ、その評価は、激賞するものと批判的なものに割れた。なお邦訳短編集『鏡の中を数える』(宇戸清治訳、タイフーン・ブックス・ジャパン、2007年)において、この時期の作品を読むことができる。親の七光り、文学界の異端児、というセンセーショナルな名聞が目隠しとなって、彼の作品にそれ以外の評価が与えられることはなかった。だがすでにこの時期から、彼の作品には「自然」への興味関心が見え隠れしている。

 例えば2002年に発表された長編『クソったれ! ชิทแตก!』。南北に分断された近未来のタイを描くSF小説だ。大富豪の娘の誘拐事件に巻き込まれた主人公の凄腕ハッカーが出会うのは、禅の思想をベースにヒッピー・コミュニティを形成する謎の活動家だ。未来世界の物質的繁栄を避けて「自然」に寄り添った暮らしを送る人々の姿が描かれる。あるいは2006年の『粉雪の下に眠る นอนใต้ละอองหนาว』(宇戸清治訳、『東南アジア文学』12号、2014年)。バンコク、ニューヨーク、日光を舞台に、色情症となる謎の伝染病が蔓延する社会の様子を描く長編だ。欲望に自我を奪われた人間たちが「森=自然」に帰っていくさまが描かれている。

 これらのあらすじからも分かるように、この時期のプラープダーは、まだ単純で明確な「人間/自然」の対立の構図をベースとして物語を紡いでいる。また、ここで描かれる自然は「森」や「海」といった、自然環境という意味での自然だ。それが本作で描かれる「飽き」と「旅」を経て、変化していく。

 2009年の短編「崩れる光 แสงสลาย」(宇戸清治訳、『現代タイのポストモダン短編集』、大同生命国際文化基金、2012年)はその変化の過程を示す作品だ。プラープダーは「人間/自然」の対立構造を解消し、さらに「自然」の範囲をありとあらゆる部分にまで拡張していく。生物だけでなく、無生物・モノへも。そこに彼の汎神論への興味が見え隠れする。

 この作品の主人公は男やもめのテレビ修理工だ。彼は人間よりもテレビに対して強い友情を感じており、人間との関係をかえりみない。彼はテレビとコミュニケーションを取ろうとするし、彼の身に起こることは、同様にテレビの身にも起こりうる(それは無論、「意志を持つテレビ」といった類のファンタジーとは違うものだ)。内容を詳述する紙幅はないが、「人間」と「自然=テレビ」の境界線が取りはらわれ、それまでとは異なる世界認識をベースに物語が描かれている。興味をお持ちの読者は邦訳をお読みいただきたい。

 その後、プラープダーによるまとまった分量の創作はほとんど発表されていない。雑誌、オムニバス短編集などへの寄稿がちらほらとあるだけだ。一方、2012年に独立系書店Bookmobyの経営に携わるようになり、若手作家育成のワークショップを始めたり、王室不敬罪の改正運動に参加するようになったりと、彼の「変化」は続いているように見える。それは、人間と、それをとりまく周囲のあらゆるものを等しく捉えようとする視線の表れなのかもしれない。そのような中で発表されたこの「新しい目の旅立ち」。旅の終わりが訪れ、読者のみなさんが「新しい目」を手に入れるその日まで、ぜひのんびりとお付き合いいただきたい。

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ふくとみ・しょう/1986年東京生まれ。タイ文学研究者、タイ語翻訳・通訳者。株式会社ゲンロン所属。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー:憑依のポートレート』(河出書房新社)がある。

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