タイ現代文学ノート(4) タイ文学の新世代ルン・マイ|福冨渉

初出:2017年9月15日刊行『ゲンロン6』

 2016年7月17日、バンコクの現代美術館、バンコク・アート&カルチャー・センター(BACC)において、「タイ現代文学における新世代作家の声色」と題されたセミナーが開催された。登壇者は4人。作家チラーポーン・ウィワー★1、チラット・プラスートサップ★2、カナートーン・カーオサニット★3、そして司会を務める作家、コメディアンのカタンユー・サワーンシー★4だ。みな1980年代生まれの作家で、これまで本コラムで紹介してきた作家たちよりも1世代若い★5

 セミナーでは、カタンユーが投げかける質問を出発点に、彼ら「新世代」の作家たちがその活動を始めるに至った経緯や動機、創作と批評の関係、文学賞の意義などが語られた。それぞれの作家の個人的なエピソードを聞くという点では興味深かったが、それ以外の回答は、当たり障りのないものが多い印象だった。だが彼らの回答には、この世代の若手作家たちが共有する心情のようなものが見え隠れしていた。

 

 そもそも、タイ文学の中で「新世代ルン・マイ รุ่นใหม่」という言葉が象徴的に用いられるのは、現代が初めてではない。文学史においてその潮流に変化が起きるたびに、そのつど「新世代」という言葉が作家たちに冠されてきたからだ。その中でも特筆すべきは、1970年代と、2000年代の初頭に現れた、2つの「新世代」作家たちだろう★6

 

 1950年代、プレーク・ピブーンソンクラーム政権下のタイ政府はアメリカ政府に賛同し、反共政策を取る。また同政権によって施行された印刷法などの影響で、表現の自由が制限された★7。一方、戦後のタイは開発と発展の時代を迎えており、社会的格差の広がりが顕著になっていた。

 この時代にスパー・シリマーノン★8を主幹にもつ評論誌『アックソーンサーン อักษรสาส์น』や、そこに論考を掲載していたアッサニー・ポンラチャン★9、チット・プーミサック★10らが「生きるための芸術 ศิลปะเพื่อชีวิต」の思想を主張した。やがてその思想は「生きるための文学 วรรณกรรมเพื่อชีวิต」に形を変え、文学者たちのあいだにも浸透していった。その思想とは、すなわち、作家たちは虐げられた弱き人々の声を代弁し、政治的・社会的課題を作中に反映させ、批評をおこない、さらには理想的な政治と社会のあり方を提示する存在として作品を生み出し、時にそういった人々を導く知識人としての役割を担うべきだ、というものであった。

 その後のサリット・タナラット首相による独裁時代(1958‐1963)とその直後の時代は「暗黒時代 ยุคมืด」とも「静寂の時代 ยุคสมัยแห่งความเงียบ/ยุคของความเงียบ」とも呼ばれ、厳しい弾圧と言論統制により、作家たちの自由な活動が制限された。

 だが1970年代にかけて民主化運動の波がうねると、「生きるための文学」は再び力をもつようになる。大学生を中心とする若者たちがグループを結成し、文芸誌や評論誌を出版するようになった。学生活動家・民主化運動家たちの行動が先鋭化し、共産主義運動と結びつくにつれて、「生きるための文学」作品が再版・再読されるようになり、そのスタイルを踏襲した作品が新たに生み出された。そのような作品を発表する作家たちは、タイ文学における「新世代」と呼ばれるようになった。これが最初の「新世代」といえる。

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ふくとみ・しょう/1986年東京生まれ。タイ文学研究者、タイ語翻訳・通訳者。株式会社ゲンロン所属。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー:憑依のポートレート』(河出書房新社)がある。

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