『大韓民国、心の報告書 대한민국 마음 보고서』(ムンハッドンネ 문학동네)は韓国の精神科医、ハ・ジヒョン(하지현)氏が書いた、韓国社会の心理的・精神的状況を紐解いた本である。今年2月に刊行された著作であり、ほぼリアルタイムの「報告書」と言えよう。著者は、10年以上、精神科医として様々な人と診療の現場で接してきた。そうした経験と知見をもとに、今を生きる韓国人の心理的特徴や悩みを浮き彫りにしていく。実際に診察した具体的な症例を引き合いに出し、それを出発点として韓国社会で特徴的に見られるようになった心理的パターンを提示していく手法を取っており、非常に分かりやすい。他方、取り上げている事象は多岐にわたっており、事象間の関連性が見えづらい。よって、私なりの観点で、この10年間韓国社会で議論されてきた主な問題に焦点を絞り、本書の内容を再構成しつつ関連する説明を加えることで、論を進めていこうと思う。
1 「韓国はジャングルだよ」
私は、韓国での生活歴が25年あり、日本での生活は15年以上になるが、日本に来て「韓国と違うな」と感じたものの1つに「時間感覚」がある。日本社会は、韓国社会より時間の流れがゆったりしていると感じたのである。韓国社会はとにかく変化が激しく、その変化に適応するだけで精一杯だった。日本もこの10数年で大きく変化したが、その時間変化の密度は韓国より薄く、韓国で経験した焦り(時には、刻々と変わっていく世界にシンクロしているという高揚感)を感じるほどではなかった。
いつか、出張などで東京を訪れる韓国の旧友と会って酒を酌み交わすことがあり、雑談がてら、次のような質問を受けたことがある。
「そろそろ韓国に帰って来たらどうだ?」
私は、笑いながら答えた。
「韓国は変化が激しすぎて、もう私は適応できないかもな」
友人は苦笑いしながら、こう言った。
「確かにね。韓国はジャングルだよ。アマゾンはないけどな(笑)」[★1]
そんなわけで、日本と韓国では、社会のストレスを構成する要素に、かなりの相違があるのではないかと、長い間漠然と思ってきた。
本書を読んで、「やはりそうか」と思ったところもあれば、「そんなことが起きているんだ」と思ったところもある。そして、何よりも10数年前と比べて韓国は日本に相当似た社会になってきていると感じた。というのも、本書で扱っている症例や特徴的な心理的パターンの多くは、固有名詞を置き換えるだけで、日本における症例やパターンと同じになると言っても過言ではないからだ。言い換えれば、心の悩みという側面で、韓国と日本が抱えている問題は、他のどの国よりも類似しており、その分お互いを理解しやすい状況になってきている。
1974年生まれ。韓国語翻訳者。東浩紀『一般意志2・0』『弱いつながり』、『ゲンロン0 観光客の哲学』、佐々木中『夜戦と永遠』『この熾烈なる無力を』などの韓国語版翻訳を手掛ける。東浩紀『哲学の誤配』(ゲンロン)では聞き手を務めた。