国威発揚の回顧と展望(1) 政治の記号化に歯止めはあるか?|辻田真佐憲

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初出:2019年9月26日刊行『ゲンロン10』

 近年、国威発揚がますます盛んである。2020年の東京五輪に向けて、その勢いは収まりそうにない。いや、あるいは2025年の大阪万博までも――。かかる事案を継続的に眺めていると、まるで個人が全体のなかに溶けていくかのようだ。 

 国威発揚といえば、戦時下の文化研究では、長らく「上からの動員・統制」だけではなく「下からの参加・便乗」もまた重要だと指摘されていた。そしてそれは、現代社会にも広く見られるがゆえに、警戒しなければならないとされてきた。昨年に出た本でいえば、佐藤卓己の『ファシスト的公共性』(岩波書店)から、大塚英志の『大政翼賛会のメディアミックス』(平凡社)まで、そのような論調が見て取れる。 

 とはいえ、「ヒトラーは動員する独裁者ゆえにではなく、参加を求める民主主義者ゆえに支持されたといえようか」と説く佐藤の論考が1996年に初出であることからわかるように★1、また、大塚が「参加型ファシズム」の一例として引くメディアミックス「ニコニコ運動」が(いまや衰勢覆いがたい)ニコニコ動画をなかば想定していることからもわかるように★2、過去の「参加」モデルを引き合いに今日の国威発揚事案に警鐘を鳴らすがごとき振る舞いは、いささか定型的になりつつある。筆者自身もたびたび用いてきたので、「参加」モデルを否定するわけではないものの、そろそろ別のモデルも模索されなければならない。 

 今回より連載のタイトルを改めたのも、このことと無縁ではない。昨今の国威発揚事案★3を定点観測しながら、あわよくばその新しい捉え方を考えてみること。それがこの連載の目的とするところである。そのため、末尾には資料として簡単な年譜を付した。ニュースの備忘録的に使うこともできるだろう。 

 

エンタメとのコラボは継続


 では、現下の国威発揚の傾向を見ていきたい。まず、エンタメとのコラボは相変わらず進行している。

 由来、プロパガンダのたぐいはエンタメと結びつく。それは、堅苦しく退屈な宣伝よりも、娯楽を通じて無意識に染み込む宣伝のほうが効果的だと考えられてきたからだ。著者はかつてこれを「楽しいプロパガンダ」と名付けた。古今東西の宣伝担当者は、じつにこの「楽しいプロパガンダ」に心を砕き、脳漿を絞ってきたのである。 

 今年2月末から3月初頭にかけてウェブ上で話題になった自衛官募集ポスターは、その典型的なケースだった。これは、自衛隊滋賀地方協力本部がアニメ『ストライクウィッチーズ』とコラボして昨秋公開したものだった。近年萌え系の絵柄は珍しくなかったものの、今回のものは女性キャラクターが下着姿に見えたことから、今年2月より「セクハラだ」「感覚が狂っている」などの批判が集まり★4、3月1日、陸上幕僚監部の指示で撤去されるにいたった★5。 

 この騒動について、自衛隊とオタク文化との親和性を語る向きもSNS上でないではない。ただ、それはやや短絡的といわざるをえない。そもそも自衛官募集ポスターは一年で数十種類も作られるが(地方協力本部は全国に50あり、その多くで独自のポスターが作られている。これに加え、全国共通のポスターも複数作られている)、そのなかで萌え系のものは一部にすぎない。自衛隊はアイドル(たとえば「モーニング娘。」)や一般的なアニメ(たとえば『名探偵コナン』)ともコラボしたことがあり、萌え系ポスターも、あくまでエンタメ活用の一環と理解するべきだろう。 

 このようなエンタメ活用は、昨年10月に国立競技場の建設現場で「未来あしたの風」という歌が作られたという事例や★6、自民党の職員が「改憲ソング」をリリースしたり★7、同党が改憲マンガの作成を決定したり★8した事例でも観察できる。中国においても、今年一月にマルクスを「イケメン」風に描いたアニメ『領風者』や★9、習近平思想を学習するスマホアプリ「学習強国」★10が相次いで公開された。いずれも中国共産党の関係機関が制作や開発に協力したといわれている。あらゆるエンタメは、つねにプロパガンダと隣り合わせなのである。

 もちろん、今年4月に日本原子力産業協会の次世代層向けサイト「あつまれ! げんしりょくむら」が「ふざけすぎ」などと批判され閉鎖に追い込まれたように★11、逆効果になることもある。下着姿に見えかねないキャラクターの自衛官募集ポスターもそうだったのだろう。自衛隊としては志願者を集めることが目的なのであって、「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」★12などというオタクの理屈を守ることが目的ではないのだから、撤去は妥当な判断だった。 

 

主体性の欠如と政治の記号化


 つぎに、主体性の欠如も、今日の国威発揚事案を見るうえで重要な要素である。 

 周知のとおり、今年4月1日、新元号「令和」が発表された。安倍政権はこれを政治的アピールに利用し尽くしたが、それほど反発を招かなかった★13。ましてご祝儀ムードのなかで、皇室制度にかんする疑問や批判はほとんど起こらなかった。 

 これは、日本人の保守化や右傾化、あるいは一部左翼のいう「臣民化」のあらわれなのだろうか。いや、そうとは思われない。 

 SNS上の反応などをみるかぎり、多くのひとは、皇室について真剣に考えたうえで振る舞っていたというよりも、むしろいまバズっている現象に反応して、風になびく草のように、リツイートや「いいね」をしていたにすぎなかった。かかる主体性なき存在に「臣民」とは――英語では主体も臣民も同じ subject !――過分な評価だろう★14。 

 ひとびとに主体性がなければ、政治的な言説も果てしなく単純化・記号化し、脊髄反射的な反応を狙うものにならざるをえない。昨今の「教育勅語」肯定論も、この文脈で理解できる。去年10月、柴山昌彦文科相が「普遍性を持っている部分が見て取れる」などと発言して問題になったが、いざ普遍的な箇所を訊かれると要領を得なかった。そこでは、「教育勅語」の内容が問題なのではなく、「教育勅語」という記号を使って、保守派だとアピールすることが問題だった。

 あるいは、百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)にたいする反応にも似たことがいえる。同書は11月に刊行されるや、SNS上でウィキペディアなどからのコピペがあるのではないかとの指摘が相次いだ★15。それはけっこうなのだが、同書を批判していれば「敵の敵は味方」式に、PV目当てのまとめサイトのたぐいまで、リベラル派によって無批判に拡散・称賛されてしまった★16。 

 いわゆるネット右翼やネット左翼にかんしては、イデオロギー云々というより、「韓国」や「安倍」という記号に脊髄反射する現象と捉えたほうがわかりやすい。欧米圏でしばしば「主体化は臣民化」といわれるけれども――やはり同じ subjectivization――、われわれは「臣民化」を心配するまえに、そもそも主体性の欠如を心配しなければならない★17。 

 ちなみにこの点は、現在おもにネット上で展開中の歴史談義とも関係しないではない。 

 昨今、実証主義にくらべて物語の分が悪い。史料にもとづく実証主義にたいして、物語はときに史実を歪め、ナショナリズムや歴史修正主義に近づくというのだ。たしかにそうした面は否定できないが、しかし物語の否定は、主人公や全体性の解体にもつながりかねない。 

 果てしなき政治の記号化を防ぐのは、なにも実証主義的研究の深化だけではあるまい。あえて主人公たらんとする覚悟や、全体性を掴まんとする構えなくして、主体性の回復はむずかしい。歴史問題についてはあらためて詳しく触れたいが、主体性の欠如との関係で、一言付け加えておく次第である。

 


★1 佐藤卓己『ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学』岩波書店、2018年、58頁。同書は既発表の論文集であり、引用元の「ファシスト的公共性」の初出は1996年である。 
★2 大塚英志『大政翼賛会のメディアミックス――「翼賛一家」と参加するファシズム』平凡社、2018年。「ニコニコ運動」は「第四章 隣組からニコニコ共栄圏へ」(150-184頁)参照。 
★3 ここでいう「国威発揚事案」は、おもに政治と文化芸術の結びつきを広く指している。そこから、「国威発揚系文化人・イベント」の動向なども視野に入れている。 
★4 「『下着ではなくズボン』ちら見え、自衛官募集ポスターに批判」、『京都新聞』、2019年2月28日。 
★5 「陸幕が撤去を指示、『下着』ちら見え自衛官募集ポスター」、『京都新聞』、2019年3月1日。(編集部注 ウェブ上の記事は現在削除されている。) 
★6 「『現場の歌』やる気出る? 昨春過労死発生の新国立建設」、『東京新聞』2018年12月17日朝刊24面。 
★7 「自民党職員の改憲ソングに漂う“軽さ” 国家の規範も『もう替えよう』?」、『毎日新聞』、2019年3月3日。 
★8 「自民、改憲訴える漫画作成 9条中心、若者に説明」、『日本経済新聞』、2019年4月10日。 
★9 「ロマンスとプロパガンダ 中国共産党、マルクスのアニメ化で若者取り込み狙う」、『AFPBB News』、2019年3月9日。 
★10 「『習氏に学ぶ』アプリ、党員悲鳴 ポイント少ないと指導」、『朝日新聞デジタル』、2019年2月19日。 
★11 「業界HP『げんしりょくむら』閉鎖 『ふざけすぎ』批判」、『朝日新聞デジタル』、2019年4月12日。 
★12 アニメの設定では、パンツにみえるものは、じつはズボンなのだという。いや、この設定自体がネタだともいわれるのだが(あえてパンツをズボンだと言い換えて遊んでいる)、いずれにせよ、オタクの内輪ネタを公的機関のポスターに持ち込むのは無理がある。 
★13 新元号発表では、インスタライブがたくみに利用された点でも注目された。「新元号の発表、インスタでも。ネットでのライブ配信を積極活用」、『ハフポスト』、2019年3月30日。  なお首相官邸インスタの「中の人」は、幻冬舎の編集者・箕輪厚介が運営するオンラインサロンの会員とされる。「"女子高生より上手い"首相官邸インスタの投稿者は『箕輪編集室』のメンバー! 箕輪厚介氏『裁量を与えた官邸の懐の深さを感じる』」、『AbemaTIMES』、2019年4月16日。 
★14 戦前・戦中の「臣民」のほうがまだ主体的に動いていた。かれらは国策に思いをいたしながら、七五調の標語や軍歌をひねり出していたからである。メディア環境の変化により「参加」の敷居が著しく下がったことも、以上のことと無縁ではない。  東浩紀は、トランプ時代のプロパガンダについて、「拡散の決め手になるのは、内容への同一化というより、『リツイート』『いいね!』ボタンを押したい=触りたいと思わせるべつの要素だ。それゆえ、特定の政治的な主張が含まれる動画が100万回再生されたからといって、その主張に100万人の有権者が同意しているかといえばそうとはかぎらない」と述べている(「観光客の哲学の余白に 第12回 触視的平面の誕生(3)」『ゲンロンβ27』、ゲンロン、2018年7月20日)。この点については、石田英敬、東浩紀『新記号論』(ゲンロン、2019年)の第三講義(213頁以下)も参照。 
★15 「売り上げ好調 百田氏『日本国紀』に『コピペ』騒動 専門家の評価は?」、『毎日新聞』、2018年12月20日。 
★16 「論壇net」のごときがそれである。たしかに『日本国紀』検証はよくまとまっていたものの、そのいっぽうで、PV目当てで女性を「アバズレ」呼ばわりするようなサイトを無批判にシェアするリベラル派には違和感を禁じえない。 
★17 本誌前号の拙稿「戦争ゲームはわれわれに何をもたらすか」(80-92頁)で、筆者は戦争ゲームの体験から「ゲーム的主観性」の構築を試みた。

 


政治の戦場はいまや噓と宣伝のなかにある

ゲンロン叢書|008
『新プロパガンダ論』
辻田真佐憲+西田亮介 著

¥1,980(税込)|四六判・並製|本体256頁|2021/1/28刊行

辻田真佐憲

1984年、大阪府生まれ。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。単著に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『防衛省の研究』(朝日新書)、『超空気支配社会』『古関裕而の昭和史』『文部省の研究』(文春新書)、『天皇のお言葉』『大本営発表』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、共著に『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)、『新プロパガンダ論』(ゲンロン)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)、『文藝春秋が見た戦争と日本人』(文藝春秋)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
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