ロシア語で旅する世界(9)アートは地方都市を変えるか|上田洋子

初出:2019年9月26日刊行『ゲンロン10』

 ロシアでは電子ビザシステムの拡大が検討されている。日本も対象国だ★1

 ロシアの電子ビザは現在、極東地域に渡航する日本、中国、インドなどからの旅行者を対象として、限定的に導入されている。2019年7月1日より飛び地のカリーニングラードが電子ビザの対象地域となり、こちらは欧州諸国を含む多くの国で申請が可能になった。さらに10月1日以降は、第二の首都サンクトペテルブルクもその対象となることが先日報道された★2。2021年にはこの電子ビザがロシア全土に適用されるという。ビザの有効期間も、これまでの8日間から16日間に拡大されることになっている。2018年サッカーW杯ロシア大会の際にはチケット購入者にファンIDが発行され、観光ビザが免除されたが、これが電子ビザ制への移行の布石になったようだ。

 前号でも書いたことだが、ビザの取得はロシア旅行の障害となっている。航空券を取り、ホテルを予約しただけでは入国できない。ビザ申請用の手配確認書(バウチャー)を現地のホテルや旅行社から入手しなければならない。しかもビザの申請から取得まで約一週間かかる。これではロシアはだれもが思い立ってすぐに出発できる気軽な旅行先にはなり得ない。だから、その手間が大幅に改善されるならば、たいへん歓迎すべきことだ。

 この春、電子ビザを利用して極東のウラジオストクに行ってみた。じつは申請後もビザが下りるまでは気が気でなかった。うっかりデータに不備があったらどうすればいいのか。しかも、同時期に金正恩朝鮮労働党委員長がウラジオストクを訪問するとの報道があり、急にビザ発給が停止になったりしないかと不安になった。

 かつて、ロシア語力がまだ未熟なころ、留学中のロシアから東欧へ鉄道で旅をしたことがある。帰途、ポーランドとベラルーシの国境の町ブレストで無理やり列車を降ろされ、次の列車でワルシャワに送り返された。ロシアと東欧のあいだの国ベラルーシを通過するためにはトランジットビザが必要だ。ビザは取っていた。しかし、当時のわたしは愚かにも往路と復路、2回分のビザがいるということを理解していなかった。2000年ごろのことで、まだ携帯電話もWi-Fiもなく、ちょっとした絶望感を味わうはめになった。ビザに関して神経質になってしまうのはあのときの経験のせいかもしれない。

 他方、ウラジオストク行きの電子ビザはなんの問題もなく下りた。申請の4日後には、日曜にもかかわらず許可のメールが届いた。国境でもトラブルはなかった。金正恩委員長の通行による交通規制はあるにはあったが、市民の生活に影響を与えているようには見えなかった。ロシアの民主化を肌で実感した。

 

 今回はわたしにとって20年ぶり2回めのウラジオストクだったが、おしゃれなレストランや歩行者天国のショッピング街ができ、海沿いの公園が整備されて、魅力的な観光地に変身していた。とりわけ、そもそもビザが不要な韓国人、そして中国人のあいだで人気のツアー先になっているらしく、団体旅行客がとても多かった。ウラジオストクは2012年のAPECを皮切りに、2015年からの東方経済フォーラムなど、首脳レベルの国際会議の開催地となっている。2013年にはサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の分館がオープンしていて、本格的なオペラ・バレエを見ることができる。今後はエルミタージュ、トレチヤコフ美術館、ロシア美術館というロシアの3大美術館の分館が開設されることになっている。


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