チェルノブイリの勝者──放射能偵察小隊長の手記(2)|セルゲイ・ミールヌイ 訳=保坂三四郎

初出:2014年3月1日刊行『福島第一原発観光地化計画通信 vol.8』

 

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第2話 放射能偵察に欠くことのできない機器

 1983年。夏。

 チェルノブイリまであと3年。むろん当時は誰も知るよしもない。

 部隊が展開する。

 カードル型大隊★1の放射能化学大隊。ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の中央・東部を管轄する広大なキエフ軍管区では他にない唯一の部隊。この大隊が連隊へと展開する。

 それが我らが放射能化学偵察連隊である。

 1ヶ月にわたり続く。

 訓練召集。

 百名規模の中隊に対し1名の正規組の軍人が中隊長として配置される。

 他の要員はすべて〈パルチザン〉と呼ばれる予備役兵。

 我々の中隊に正規の将校はいなかった。中隊長もやはり〈パルチザン〉で予備役上級中尉のニコライ。

 中隊で最も階級が高いのはセムという第一小隊長の大尉だ。

 別名セミョン。生物学の準博士で放射線医学研究所の上級研究員。あごひげをたくわえた男前で、かつウィットに富み快活で気持ちのよい男だ。ユダヤ人。年齢的にも中隊のなかでは最年長で人生経験も豊富。

 一方の私はまだ若く、下から数えたほうが早い。第三小隊を率いる若い隊長。階級は中尉。

──核戦争勃発のシミュレーションが始まる。終始なごやかな雰囲気…

 休憩時間にセムが問いかける。

「ところで、BRDMが積んでいるものの中でいちばん重要な機器はなんだと思う?」

 BRDM(正しくはBRDM-2Rkh)とは、通常任務に加えて放射能・化学兵器・生物兵器の汚染調査ができるよう改造された第2世代の装甲偵察哨戒車のこと☆1

 外見は4輪付きの大型ボートのよう。車体横の装甲板の下に2組の小さい予備輪が隠れており、これを出せば堀や塹壕を突破することもできる。

 重量7トン。エンジン140馬力。

 乗員は4名。隊長、運転手、狙撃手、化学偵察員から成る。

 車体上部の回転式砲塔に機関銃が2丁溶接されている。ひとつはKPVT──ウラジミロフ型タンク用大口径機関銃(14.5mm口径。射程は最大1.5kmだが実際は3キロ離れた敵兵にも脅威となる)。もうひとつは対歩兵用7.62mm口径のPKT──タンク用カラシニコフ銃。

 装甲は銃弾や砲弾の破片から守るだけでなく、ガンマ線の3分の2をカットする(内部に貫通するのは外部の量の3分の1)。

 車内は完全な密閉空間で、放射性物質や有毒物質、ウィルスや微生物で汚染された土地を移動できるように、車外から取り込む外気を浄化するフィルターを備えている。さらに余剰圧力が確保され、車内の気密が破れたときには空気を外に出して汚染空気やダストが車内に浸入させない仕組みになっている…

 タイヤが弾や破片によって傷つけられてもタイヤ内の圧力を維持しておくシステム(それほど強力ではない)もある。

 水にも沈まない。浮力を維持しながら時速8キロで走行する。路上では最大110キロまでスピードが出る。泥のぬかるみからも白鳥のように自力で脱出する…

 このBRDMは多種多様な機器を搭載している…

 その中でいちばん重要な機器はなんだろう? きっとすぐには思いつかないものだ。

 まずは手始めに現実に起こりうることを想像してみようか。

 すなわち戦争…

 昔はどんな風に戦っていたか。歩兵隊と機械戦力での優位を得るため、敵の防御で最も脆弱なところを探しだし、そこに戦力を集中投下して敵の前線を突破した… 一方、現代の戦争はその逆。敵の最も強い部分を特定し、核攻撃を加える。これによって強い部分が一気に弱点へと変わるので、その間隙に速度を緩めず部隊を進める(汚染地帯をすばやく通過し、生身の兵士への被ばくを最小限に押さえる。ゆっくりしていると兵士は被ばくで戦闘能力を喪失する…)。反撃する敵を制圧しながら、高レベルの放射能汚染地域をやり過ごして、敵の後方を奪う。しかし敵も手をこまねいて見ているわけはない。激しく抵抗し、こちらの部隊に対して同じように汚い攻撃をしかけるだろう… この敵と味方、双方の最前線には常に放射能化学偵察隊が配置されるわけである… なんと誇り高いことか…

 さて、このような状況において最も大事な機器とはなんだろう?

 大砲用照準器? 砲兵に正確な目標指示を与え、反撃を試みる敵にとどめの火砲を浴びせる…

 それとも車搭載の放射線検知器? 高レベルの放射線環境で装甲車からわざわざ降りずとも線量を測定できる。もっとも車内も〈お庭〉の3分の1の線量はあるのだが…

 いや逆に、化学偵察員が肩にベルトでかけている放射線測定器DP-5のことか? より正確な放射線測定のため…

 それとも化学偵察隊になくてはならぬVDKhR? これも同じ〈肩掛け箱〉タイプだが、化学兵器(窒息剤、神経剤、糜爛剤)の有無や濃度を教えてくれる。

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1959年生まれ。ハリコフ大学で物理化学を学ぶ。1986年夏、放射能斥候隊長として事故処理作業に参加した。その後、ブダペストの中央ヨーロッパ大学で環境学を学び、チェルノブイリの後遺症に関して学術的な研究を開始。さらに、自分の経験を広く伝えるため、創作を始めた。代表作にドキュメンタリー小説『事故処理作業員の日記 Живая сила: Дневник ликвидатора』、小説『チェルノブイリの喜劇 Чернобыльская комедия』、中篇『放射能はまだましだ Хуже радиации』など。Sergii Mirnyi名義で英語で出版しているものもある。チェルノブイリに関する啓蒙活動の一環として、旅行会社「チェルノブイリ・ツアー(Chernobyl-TOUR)」のツアープランニングを担当している。

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1979年秋田県生まれ。ゲンロンのメルマガ『福島第一原発観光地化計画通信』『ゲンロン観光地化メルマガ』『ゲンロン観光通信』にてセルゲイ(セルヒイ)・ミールヌイ『チェルノブイリの勝者』の翻訳を連載。最近の関心は、プロパガンダの進化、歴史的記憶と政治態度、ハイブリッド・情報戦争、場末(辺境)のスナック等。

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