311後の東北アート――「祈りのかたち」を探して(1)|黒瀬陽平

初出:2014年5月3日刊行『ゲンロン観光地化メルマガ #12』

 今回から新連載を書かせていただくことになった黒瀬陽平です。

 ぼくは2010年から、アーティストの梅沢和木、藤城嘘と一緒に「カオス*ラウンジ」というアーティストグループをやっています。カオス*ラウンジはその当初から、オタク/ネット文化を主なリソースとして、日本の新しいアートを模索してきました。もちろん、今でもその根っこの部分は変っていません。

 ですが、震災の前と後で、ぼくたちの視点が少し変ってきたことも事実です。その変化をひとことで言うなら、震災前よりもずっと「歴史」が気になるようになった、ということです。ぼくたちがいま現在、あたりまえのように享受しているこのオタク/ネット文化の本質は、いったいどこから来たのか。どこまで遡ることができるのか。被災地、そして東北をめぐりながら、そんな問いについて考えはじめたのです。

 本連載では、ぼくたちが東北で見たこと、考えたことを、少しずつ整理しながら書いていけたらと思っています。どうぞよろしくおねがいします。

 

 今年の1月末、急に東京芸大(当時在学中)から電話があった。

「黒瀬さん宛に特定記録郵便が届いています」とのこと。例によってまたアンチのイタズラか……と、一瞬にしてテンションが下がったものの、とにかく自宅に転送してもらい、直接確認することにした。

 封を開けてみると、中にはなにやら怪しい絵の写真と、直筆の手紙が入っている。

 読んでみると、どうやら手紙の主はこの大作を描いた作者で、山形にある東北芸術工科大学日本画コースの4年生であり、卒業制作として描いたものらしい。タイトルは《日本の美術を埋葬する》。名前は久松知子。

【図1】久松知子《日本の美術を埋葬する》パネルに岩絵具、アクリル、2260×4800mm、2014年

 一見してわかるとおり、この絵は19世紀フランスの画家、ギュスターヴ・クールベが描いた《オルナンの埋葬》のパロディである。クールベは当時、誰とも知れぬ田舎の葬式をあたかもナポレオンの戴冠式のように仰々しく描いた(つまり「風俗画」を「歴史画」のように描いた)ことで顰蹙を買ったわけだが、久松は「日本美術」という歴史を埋葬すべく、日本美術の歴史のキープレイヤーが勢揃いした「葬儀」を、日本画として描いた。もはやクールベ解釈として正しいのか間違っているのかすらよくわからないが、とにかく久松の倒錯的な美術への愛が、このように滑稽かつ壮大な「歴史画」として結実したという事実はたいへん興味深い、とすぐに感じた。よく知られている事例でいうなら、アンセルム・キーファーのような誇大妄想的な現代の歴史画ということになるかもしれないが、そもそも「日本画」というものは、明治期にフェノロサや岡倉天心らのイデオローグによって創出された時から、多分に「歴史的」で、「政治的」「批評的」な表象であったはずである。そう考えると、久松の態度こそがまさに本流の「日本画」のそれであって、現在本流だと思われている多くの「日本画」は歴史性や政治性を一切放棄し、趣味の絵画に成り下がっていると断じても差し支えないだろう(実際、今年も東京芸大の日本画の卒展はひどいものだった。すべて同じ作者かと見紛うほどの個性の無さで、ひたすら裸婦や動物、植物などの当たり障りの無いモチーフが描かれているだけだった)。

 わざわざ直筆の手紙を送ってよこしたのは、ぼくの肖像を無断で描いたから、ということらしい。確かによく見てみると、真ん中にちょこんと小さく、ぼくが描かれている。手紙には、無断で肖像を描いたのでもし迷惑であれば同封の葉書でその旨を伝えて欲しい、と書いてあった。

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1983年生まれ。美術家、美術評論家。ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校主任講師。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(美術)。2010年から梅沢和木、藤城噓らとともにアーティストグループ「カオス*ラウンジ」を結成し、展覧会やイベントなどをキュレーションしている。主なキュレーション作品に「破滅*ラウンジ」(2010年)、「キャラクラッシュ!」(2014年)、瀬戸内国際芸術祭2016「鬼の家」、「カオス*ラウンジ新芸術祭2017 市街劇『百五〇年の孤独』」(2017-18年)、「TOKYO2021 美術展『un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング』」(2019)など。著書に『情報社会の情念』(NHK出版)。

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