海を渡る船(2) 2つの引揚げから見る遺骨送還|撮影=中沢道明 編集・文=荒木佑介

初出:2015年1月8日刊行『ゲンロン観光地化メルマガ vol.28』

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興安丸 大沽新港に到着
【天津二十日発興安丸乗船記者団】大沽に一夜を明かした興安丸は二十日午前十時半大沽新港岸壁に着いた。岸壁には中国人殉難者八百七十六柱を迎える中国解放軍の兵士が集まり、おごそかに慰霊祭が行われた。代表団、遺骨奉持団、記者団は中国紅十字会に招かれ午後四時天津に着いた。紅十字会の話ではヴェトナムと中国邦人などまだ集結が終わらないので出港は約七日遅れ、二十九日ごろのもよう。(読売新聞 昭和29年11月21日 7面)

 

写真1 興安丸から下船する遺骨奉持団。その手には中国人殉難者の遺骨。先頭を行く大きな位牌には「中国人俘虜殉難者 霊位」とあり、阿弥陀如来を意味する梵字キリークがその上に書かれている。
 

写真2 遺骨をバスに乗せる。バスには「抗日烈士永垂不朽」とある。
 

写真3 興安丸船腹の赤十字が見える。右の二人は中国の記者と思われる。
 

写真4 中国解放軍により運び出される遺骨。
 

 これらの写真は祖父、中沢道明の遺品の中から見つかったものです。祖父は昭和21年から昭和52年までの31年間、新聞記者として活動していました。社会部では遊軍勤務を主とし、見つかった写真はその時のものが大半を占めます。読売新聞社のデータベース部に問い合わせたところ、これらの写真は保存されていないとのことで、今現在、私が整理分類をし、いつどこで何を撮影したものなのかを照合しているところです。いわば、隠れた記録物が劣化し、消失してしまうのは惜しいと思ったわけですが、保存するだけではなく、表へ出す必要もあると考え、「ゲンロン観光地化メルマガ」という場をお借りすることになりました。

 今回紹介する写真は、昭和29年11月の「中共とヴェトナム邦人引揚げ」を取材した時のものです。中国での引揚げは、在日中国人の帰国と、戦時中に日本で亡くなった中国人の遺骨送還も合わせて行われました。この時の写真は全部で18枚と少なく、邦人引揚げの様子はありませんでしたが、遺骨送還の様子をとらえた、とても興味深いものです。また、当時の天安門の写真が珍しいということもあり、少ないながらも見てもらいたいと思いました。
 

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なかざわ・みちあき/1922年東京生まれ。時事新報・社会部記者を経て読売新聞・社会部記者、同次長、編集局参与。常駐特派員として沖縄(二年間)南ベトナム(一年間)駐在、移動特派員としてアフリカ各国、西アジア各国、東南アジア各国、アメリカ合衆国で取材。慶応義塾大学法学部政治学科卒。2007年没。

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1979年リビア生まれ。アーティスト/サーベイヤー。東京工芸大学芸術学部写真学科卒。これまで参加したおもな展覧会に「瀬戸内国際芸術祭2019」(KOURYOUチームリサーチリーダー、2019年、女木島)、「削除された図式 / THE SIX MAGNETS」(2020年、ART TRACE GALLERY)など。また『ゲンロン観光通信』、『レビューとレポート』などに論考を寄稿している。

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