ゲンロンサマリーズ(3)『団地の空間政治学』要約&レビュー|常森裕介

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初出:2012年12月14日刊行『ゲンロンサマリーズ #56』
原武史『団地の空間政治学』、NHKブックス、2012年9月
レビュアー:常森裕介
 
要約
空間が政治を作る ● 旧ソ連や東欧の集合住宅では「政治」が「空間」を作り出したが、日本の団地では「空間」が「政治」を作り出した。 ● アメリカ型のライフスタイルを形成した団地は、大澤真幸おおさわまさちのいう「理想の時代」を体現している。 ● しかし画一的な外見の団地は、アメリカよりも旧ソ連に近く、住民の意識も保守より革新寄りだった。 ● 団地の根底にある思想を理解するには、「私生活主義」「地域自治」の両方をみなければならない。
団地の誕生──大阪 香里こうり団地 ● 郊外住宅の歴史は大阪で始まり、東京に受け継がれた。 ● 団地の自治組織であった「香里ヶ丘文化会議」は無料の新聞を定期的に発行することで団地全体に影響力を及ぼした。 ● 文化会議による保育所設置の要望や自主的な青空マーケットの設置は、居住地域や市民生活と直結した民主主義の実践であった。   団地と政治運動──東京 多摩平団地・ひばりヶ丘団地 ● 多摩平団地自治会は下水道料金不払運動などを通じ、自治体と闘う中央線沿線の政治風土を発揮していった。 ● 多摩平団地自治会は、1965年ごろを境に無党派から共産党社会党の地盤へと変化していった。 ● ひばりヶ丘団地では、団地の外から「市民主義」が波及し、西武に対する運賃値上げ反対運動が、西武百貨店不買運動にまで発展した。 ● ひばりヶ丘団地でも、「新日本婦人の会」を通じて、共産党が大きな影響力をもった。   共産党と団地の自治──千葉 常盤平団地・高根台団地 ● 常盤平団地では、京成電鉄の不便さと、児童の増加による教育の質の低下が大きな問題となっていた。 ● 住民であった共産党の上田耕一郎が、政治的関心を喚起しようとしたが、住民の関心が低く逆効果であった。 ● 逆に高根台団地では、自治会長となった共産党の光成秀子みつなりひでこが、森永や雪印と伍して、協同組合による牛乳配達事業を拡大していった。 ● 次に会長となった竹中労たけなかろうは、新京成バスの値上げに反対して、バスボイコット運動を指揮した。   団地が作り出す新たな自治 ● 自家用車を中心とするニュータウンや、質の高い民間マンションの登場で、勤労者のための住宅=団地の供給は一つの終わりを迎えた。 ● コミュニティよりも「私」の生活を優先させる「個人主義」により、表面化しなかった団地の性的問題が浮上した。 ● 高齢化と住民の減少に悩む現在の団地では、介護やシェアハウスを通じて新たなコミュニティが生まれている。 ● 建て替えを拒否した常盤平団地は、孤独死を防ぐ取り組みで脚光を浴び、高齢化社会における先進的なモデルとなった。 ● 建築家の山本理顕やまもとりけんは、団地は「一住宅=一家族」の典型であるとし、住民全体の相互関係を重視する「地域社会圏」という考え方を提唱した。 ● ただ団地で形成された自治は「一住宅=一家族」に収まるものではなく、政治学と建築学が連携することで、団地再生の取り組みと「地域社会圏」を結びつける必要がある。
レビュー
 本書は、都市空間について考察を重ねてきた著者が、各団地自治会が発行する「新聞」等貴重な資料を整理し紡いだ建築史であり、政治史である。写真を多用した本書は、かつての団地がもっていた熱気を懐かしむ世代だけでなく、老朽化し閑散とした団地しか知らない世代にも、訴えかける内容となっている。  団地は、団地という空間のもつ固有の問題によって政治的な空間となった。中でも、本書が着目するのは保育所と通勤の問題である。保育所設置はいずれの団地にとっても大きな問題だった。これは団地が大量の勤労者世帯を抱え、かつ出生率が高かったことに起因する。また西武線運賃値上げ反対や京成線の利便性向上を求める運動は、団地が鉄道というインフラと結びついていたからこそ生じた。この二つの問題は「私生活」と「地域」を結びつけ、「自治」を生み出した。共産党や社会党といった当時の革新政党が団地で勢力を拡大できたのは、こうした団地固有の問題に取り組んだからに他ならない。そのため人口減少、自家用車の普及によって問題が変わると、政治空間としての団地が縮小したのは当然だといえる。  では出生率が下がり、通勤問題が改善された今、団地は単なる過去の遺物なのだろうか。著者は、現在の団地にかつてとは異なる希望を見出している。団地のもつ可能性とは、政党がリードする自治の復活ではない。人が集まることで解決すべき問題が生まれ、組織が作られる。本書が団地の歴史を通じて教えてくれるのは、このような自治形成の基本的プロセスである。そこで生じるのは介護(高齢化)や人口減少といった新たな問題である。例えば、高齢者の孤独死という問題に対応するには、強制加入の「自治会」よりも、常盤平団地で生まれた「サロン」のほうが適切かもしれない。団地という空間とそこに住む人々が変化することで、そこで生まれる「政治」の形も変化する。空間が「政治」をつくってきた日本の団地の歴史は、新たな「政治」を考えるヒントとなるだろう。
 
 『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
『ゲンロンサマリーズ』ePub版2012年12月号
『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット

常森裕介

82年生。東京経済大学准教授。専攻は社会保障法。第1期ゲンロンファクトリー受講生。
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