ゲンロンサマリーズ(3)『団地の空間政治学』要約&レビュー|常森裕介
初出:2012年12月14日刊行『ゲンロンサマリーズ #56』
原武史『団地の空間政治学』、NHKブックス、2012年9月
要約
レビュー
本書は、都市空間について考察を重ねてきた著者が、各団地自治会が発行する「新聞」等貴重な資料を整理し紡いだ建築史であり、政治史である。写真を多用した本書は、かつての団地がもっていた熱気を懐かしむ世代だけでなく、老朽化し閑散とした団地しか知らない世代にも、訴えかける内容となっている。
団地は、団地という空間のもつ固有の問題によって政治的な空間となった。中でも、本書が着目するのは保育所と通勤の問題である。保育所設置はいずれの団地にとっても大きな問題だった。これは団地が大量の勤労者世帯を抱え、かつ出生率が高かったことに起因する。また西武線運賃値上げ反対や京成線の利便性向上を求める運動は、団地が鉄道というインフラと結びついていたからこそ生じた。この二つの問題は「私生活」と「地域」を結びつけ、「自治」を生み出した。共産党や社会党といった当時の革新政党が団地で勢力を拡大できたのは、こうした団地固有の問題に取り組んだからに他ならない。そのため人口減少、自家用車の普及によって問題が変わると、政治空間としての団地が縮小したのは当然だといえる。
では出生率が下がり、通勤問題が改善された今、団地は単なる過去の遺物なのだろうか。著者は、現在の団地にかつてとは異なる希望を見出している。団地のもつ可能性とは、政党がリードする自治の復活ではない。人が集まることで解決すべき問題が生まれ、組織が作られる。本書が団地の歴史を通じて教えてくれるのは、このような自治形成の基本的プロセスである。そこで生じるのは介護(高齢化)や人口減少といった新たな問題である。例えば、高齢者の孤独死という問題に対応するには、強制加入の「自治会」よりも、常盤平団地で生まれた「サロン」のほうが適切かもしれない。団地という空間とそこに住む人々が変化することで、そこで生まれる「政治」の形も変化する。空間が「政治」をつくってきた日本の団地の歴史は、新たな「政治」を考えるヒントとなるだろう。
『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
・『ゲンロンサマリーズ』ePub版2012年12月号
・『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット
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常森裕介
82年生。東京経済大学准教授。専攻は社会保障法。第1期ゲンロンファクトリー受講生。
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