紹介すること、感染すること――思弁的実在論について|仲山ひふみ

初出:2015年12月11日刊行『ゲンロン観光通信 #7』

0.イントロダクション


 他のあらゆる文化的領域と同様に、哲学にも「最新流行(La Derniére Mode)」(ステファヌ・マラルメ)がある。それ自体は空虚であったとしても、過去のモードとの差異化によって意味を獲得する、そういう思考のスタイルがあり得るし、実際あった。20世紀に限ってみても、大きく分けて現象学、構造主義、ポスト構造主義(ポストモダン思想)の3つのモードが出現してきており、またそれらは先行者の主張や世界観を否定することによって自らの立場を築き上げてきたという点で共通している。現象学は19世紀的な講壇哲学の末裔である新カント学派の認識論的な諸前提を括弧に入れる、ある種の切断の意識と共に開始された。構造主義は現象学の流れを汲んだ実存主義に対して、主体の超越性を認めない言語学や人類学の側からの知的な挑戦として現れ、一躍脚光を浴びた。ポスト構造主義(ポストモダン思想)は構造主義を含む近代の思考における同一性の優位に対して、ひたすら差異の概念を突きつけることで、その影響を文化一般の領域に広く及ぼすことになった。

 だいぶ粗っぽいが、このように整理してみることで、最近の哲学の歴史に対するひとつの見通しが立てられるようになる。「哲学は差異によって進む、なるほど。ではポスト構造主義の次にくるものがあるとすれば、それは言うなれば、差異それ自体に対する差異を宣告するようなものとなるのではないか……」しかしこうした発想自体は明らかに、そこにおいて否定されるはずの直近のモード、すなわちポスト構造主義の思想家たち(ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・フーコーなど)からの影響をいまだ大きく引きずっている。トマス・クーンが科学史について述べたように、以前のモデルにおける予想から逸脱する、説明できない結果が数多く現れてこない限り、理論のパラダイム・シフトは自然には開始されない。哲学における「次にくるもの」は、したがってまず第1に、ポスト構造主義以降アカデミックな人文知全体に広まった、差異による意味の(もしくは現前の、存在の、歴史の……)生産というおなじみの図式にショックを与え、懐疑を引き起こさせるものでなければならない。なおかつ、それは第2により古いモードへの単なる回帰(バックラッシュ)ではないことを示すような、各種の指標――その中には90年代以降のグローバリズムや情報化の急激な進展によって著しい変化を被った私たちの生の様式そのものに対する指標もまた含まれているはずだ――を備えていなければならない。ポスト構造主義以後の哲学における「最新流行」の条件は、大雑把に以上の2点にまとめられるだろう。

 ところで、思弁的実在論(SR: Speculative Realism)は、まさにそのような条件を満たすものとして現れた。つまりそれは、ゼロ年代後半の英語圏の(ということはグローバルな)大陸哲学研究の現場に――もちろん英語圏の主流はあくまで分析哲学なのであり、その意味ではマイナーな、ほとんどサブカルチャー的と言っていい現場に――まぎれもない「最新流行」として突如現れた、いくつかの言説の集合体、そのどよめき、蠢きに与えられたひとつの歴史的固有名だったのである……。

1.全体的状況


 話を急ぎすぎているかもしれない。基本的な情報から押さえていこう。

 2007年、「思弁的実在論」と題されたシンポジウムが、イギリスのロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで開催された。登壇者はカンタン・メイヤスー(Quentin Meillassoux)、グレアム・ハーマン(Graham Harman)、レイ・ブラシエ(Ray Brassier)、イアン・ハミルトン・グラント(Iain Hamilton Grant)の4人、そこに司会者のアルベルト・トスカーノ(Alberto Toscano)が加わった。主催は哲学系学術出版社アーバノミック(Urbanomic)、シンポジウムの記録は同社が発行し、登壇者ブラシエとロビン・マッカイ(Robin Mackay)が共同編集を務める雑誌『コラプス(Collapse)』の同年秋に刊行された第3号に収録された。一般には――ウィキペディアにもそう書かれているという意味で――このシンポジウムがSRという運動の直接の「起源」とみなされている。ただし、同シンポジウムの直前に発行された『コラプス』第2号では既に「思弁的実在論」の特集が組まれており、2006年初頭に仏語で出版されたメイヤスーの『有限性の後で(英題:After Finitude)』についての英訳者ブラシエによる解説論文や、ハーマンの論文「代替因果について」、さらにメイヤスーの「潜勢力と潜在性」の英訳(後二者は既に邦訳済み)などが掲載されていることからもわかる通り、この「事変」が以前から(少なくともアーバノミック側で)準備されたものだったらしいということは、かなりの確度で言える――同誌の第1号には人間原理(anthropic principle)についての研究で高名な哲学者ニック・ボストロム(Nick Bostrom)へのインタビューが含まれており、また第2号のダークマターの研究を行う宇宙物理学者ロベルト・トロッタ(Roberto Torotta)へのインタビューに際しては、同号に登場するメイヤスーへの言及が比較的重要な仕方でなされている。そこから読み取れるのは「自然科学の最新の知見を取り入れた哲学という大きな流れに属すものとしてSRを取り上げたい」というアーバノミック側が当初抱いていた目論見である。

注目記事

ピックアップ

NEWS

連載

ゲンロンβ