憲法から考える 国のかたち ──人権、統治、平和主義|小林節+ゲンロン憲法委員会(境真良+西田亮介+東浩紀)

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初出:2014年09月15日刊行『ゲンロン通信 #14』

 2012年夏、東浩紀を発起人とするゲンロン憲法委員会は「新日本国憲法ゲンロン草案」を発表。国民と住民の二元性を軸に、天皇と総理の二元首制や自衛隊の合憲化、在日外国人の参政権拡大など、従来の憲法論議の枠組みから大きく離れた提案は話題を呼び、新聞やテレビでも取り上げられた。
 それから2年。この間に民主党政権は崩壊し、自民党は安定多数を確保。安倍政権は高い支持率を背景に憲法解釈を変更、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に踏み切っている。これに対しては、立憲主義に反するものとして批判の声も強い。解釈改憲の問題点とは。そしていまわたしたちにできることとはなんなのか――
 ゲンロンではこの5月、67回目の憲法記念日に際し、長年改憲論を主導してきた小林節氏を迎えてシンポジウムを開催。現行憲法や自民党の改正草案の問題点を明らかにし、真の立憲民主主義の構築のための方途を探った。筋の通ったのびやかな国をつくるために、いまこそ憲法を捉え直す。
※本記事のもとになったイベントの動画はVimeoで公開しております。こちらのリンクからお求めください。

道具としての憲法


西田亮介 今日は5月3日の憲法記念日で、日本各地で憲法を主題としたイベントが開かれています。このゲンロンカフェでも、あらためて憲法について考えてみるイベントを開くことになりました。ゲンロン憲法委員会は、ここにいる境さん、東さん、西田と、白田秀彰さん、楠正憲さんの五人からなる委員会で、2012年に「新日本国憲法ゲンロン草案」(以下「ゲンロン草案」)という民間の私擬憲法を発表しました★1。当時は『朝日新聞』や『朝まで生テレビ!』で取り上げられるなど一定の手応えはありましたが、発表から2年近くが経過し、憲法を取り巻く情勢も変化していきました。安倍政権のもと、改憲についての議論も盛り上がっています。そこで今日は、「ゲンロン草案」が世の中に対してどのような影響を持ちえたのか、これからさらに議論を深めていくべき点はどこなのか、実際の憲法論議に対してどうコミットメントしていけばよいのかを中心に、お話できればと思います。

 ゲストとして、憲法学者の小林節先生をお招きしています。みなさんご存じのように、小林先生は1990年代から改憲について積極的に発言し、議論をリードされてきました。さっそく小林先生にうかがいたいのですが、昨今、自民党の憲法改正案★2が話題になり、小林先生も参加されている「立憲デモクラシーの会★3もメディアで取り上げられるなど、護憲・改憲に関する議論は盛り上がってきています。先生ご自身は、憲法を巡る近年の議論をどのように見られていますか。

小林節 35年前、わたしがアメリカへの留学から帰国して改憲論を唱え始めた頃は、改憲論者というと明治憲法を御神体のように崇めてそれに回帰しようとする、信者のようなひとばかりでした。一方で護憲派のほうも、憲法9条を愛してやまない信者の世界だった。わたしはそのなかでひとり、「憲法もしょせん道具なのだから、幸福を追求する手段として、車のモデルチェンジをするように変えていけばいい」とカジュアルな改憲を提案し、どちらの陣営からも孤立していました。

 しかし2000年代に入ると、憲法を道具として捉え、改正についてもタブーとしない見方が一般的になってきます。いい流れができてきたと思っていたら、いつの間にか狂信的な明治憲法の信奉者が復活してきた。世論調査の推移を見ても、彼らが台頭してきたために、改憲への警戒心は高まってしまっている。ゲンロン草案はこういった状況下で登場したもので、非常に高く評価しています。わたしは長年、みなさんのように、感情を交えず、冷静に道具として憲法を議論する立場が広がればいいと思って旗を振ってきました。しかし日本では、いまだにそれが定着しない。どうすれば風土が変わるのかについて、悩み、立ち止まりながら考え続けているというのが現状です。

西田 ではこんどは、ゲンロン憲法委員会の東さん、境さんから、なぜ憲法草案の執筆に取り組んだのかをお聞かせいただきたいと思います。

東浩紀 大日本帝国憲法が成立する以前、日本では民間で多数の私擬憲法が作られていました★4。ゲンロン草案はこの伝統に則ったものだと位置づけています。立憲主義を実現するためには、憲法は国民が理解できる言葉で書かれているべきです。立憲主義とは、ひとことで言えば「国民が憲法によって国家を縛る」という考え。この立場を守るのであれば、大前提として、憲法は国民にとって「わかりやすい」ものでなければなりません。そうでなければ、国民がそれを使って国家を制約することができないからです。ここで「わかりやすい」というのは、日本語としてふつうに読んで意味が取れるということです。たとえば現行の憲法9条は、素直に読めば自衛隊の存在を許していません。自衛隊の存在を認めるのであれば、憲法の文章を変えなければならない。護憲派の憲法学者は憲法9条と自衛隊の存在は矛盾しないと言いますが、それはふつうの日本語解釈から外れていると思います。

 憲法が国民にふつうに理解できる言葉で書かれていないようでは、立憲主義は実現しません。ならば、本職の憲法学者の手を借りず、ふつうの言葉で憲法を作ってみよう。それがゲンロン草案の出発点でした。草案執筆の過程で、憲法を「道具」として本当に機能させるにはどうすればいいのか、その向こうにどういう国のかたちを提示するべきか、深く考えることになりました。

 これはひとつのアイデアですが、教育課程に憲法の作成を取り入れてもいいのかもしれません。憲法9条にしても、いいか悪いかと教えるのではなく、まず最初に、日本が平和主義を掲げていることや、周辺国の情勢だとか、自衛隊の歴史や規模だとかを情報として与える。そのうえで、シビリアンコントロールを生かしつつ安全保障を実現するような条文がどのように可能なのかを考えさせる。そのようにしたほうが、いろいろな気づきが得られていいと思います。

 とはいえ、ゲンロン草案はやはり素人が作った草案です。今日は憲法学者の小林さんから、お叱りを含めさまざまに意見をいただければと思います。

境真良 境です。ぼくは国家公務員として働いているのですが、1990年代からしばしば、職場で憲法が話題にのぼることがあります。先輩と話していて印象深かったのは、9条ばかりが取り沙汰されるけれど、本当に問題なのは統治についての部分ではないかという指摘でした。現行の憲法は手続法としてうまく書き下されておらず、通るべきものが通らなかったり、逆の事態が起きたりする。そのためねじれ国会が生じると、タイミングよく決定が必要なときに決定不可能な状況に陥ってしまった。これは国を動かすための駆動系として問題があるのではないか。

 こういう問題意識を持っていたため、従来の憲法議論にはあまり興味がなかったんです。ゲンロン草案でもテクニカルな部分を中心に担当しました。自分が憲法に則って仕事をしていくなかで、不都合なこと、理屈に合わないことがいろいろとある。たとえば、衆議院を解散するのはだれなのか。憲法には天皇だと書いてあるけれど、天皇の国事行為には内閣の助言と承認が必要なので、内閣が実質的に権利を持っていると言われています。しかし実質的というのもおかしな話で、それならば憲法で、内閣が解散するのだと明文化しておけば済む話です。日々の業務のなかで、こういうことにたびたび直面する。そこで、道具として憲法の使い勝手を高めるためにどうすればいいのかということを考え、そのための提案を「ゲンロン草案」に盛り込みました。

小林節

1949年生まれ。法学博士、弁護士。都立新宿高を経て慶應義塾大学法学部卒。ハーバード大法科大学院の客員研究員などを経て慶大教授。現在は名誉教授。著書に『白熱講義! 憲法改正』(ワニ文庫)、『「憲法改正」の真実』(樋口陽一との共著、集英社新書)、『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(伊藤真との共著、合同出版)など。

東浩紀

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』など。

西田亮介

1983年京都生まれ。東京工業大学准教授。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同政策・メディア研究科助教(研究奨励Ⅱ)、(独)中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月に東京工業大学に着任。現在に至る。 専門は社会学。著書に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)『ネット選挙——解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)『情報武装する政治』(KADOKAWA)他多数。

境真良

1968年生まれ。現在は国際大学GLOCOM、情報経営イノベーション専門職大学及び独立行政法人情報処理推進機構に所属。1993年に東京大学を卒業、通商産業省に入省し、東京国際映画祭事務局長、早稲田大学大学院客員准教授、株式会社ドワンゴ等を経て現職。著書に『テレビ進化論』(講談社現代新書)、『アイドル国富論』(東洋経済新報社)など。
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