「梅津庸一個展 平成の気分」が、3/5(金)より京都の「艸居」にて開催!

ゲンロンα 2021年2月23日 配信

3月5日(金)より、京都・東山のギャラリー「艸居」にて、美術家の梅津庸一さんの個展「梅津庸一個展 平成の気分」が開催されます。
梅津さんは「ゲンロンβ」で「展評――尖端から末端をめぐって」を連載中で、ゲンロン新芸術校の講師もつとめています。

梅津さんにとって二度目の陶芸作品展となる今回の展示では、パープルームでの活動とも密接に結びついたあらたな制作の試みである陶芸作品の最新の成果35点が、新作ドローイング15点とあわせて一挙に展示されます。

 

《パームツリー》

《パームツリー》 2020年 セラミック

 

 

近作の陶

近作の陶

 

【主催者ステイトメント】

 この度、現代美術 艸居では2021年3月5日(火)から3月27日(土)まで「梅津庸一個展 平成の気分」を開催致します。昨年弊廊にて開催され、梅津にとって初の陶芸作品発表の機会となった「二人展 川井雄仁・梅津庸一 LOOPな気分でSHOW ME【土塊】」に引き続き、梅津による陶の新作約35点と新作ドローイング15点を合わせて展示致します。この機会にぜひご高覧いただけますと幸いです。

 梅津庸一は日本における近代美術の展開とその末尾に位置する自分自身の関係を探求している作家です。ラファエル・コラン (1850-1916年) の代表作「花月(フロレアル)」(1886年)の裸婦を自らの裸像に置き換えた「フロレアル (わたし)」(2004-2007年)でデビューし、2014年には、日本の近代洋画の黎明期の作品である黒田清輝の「智・感・情」をモチーフに、人物像を自らの裸像に置き換えた絵画作品「智・感・情・A」を発表しました。彼はこれまで一貫して美術や絵画が生起する地点に関心を寄せてきました。梅津のアプローチは多岐に渡り、絵画、ドローイング、映像、私塾の運営、展覧会のキュレーション、ギャラリーの運営、文筆業など様々な分野を横断しながら自身の想像力や思考を深めてきました。昨年の美術手帖12月号では『絵画の見かた』と題した特集を監修するなど、昨今彼の活動はますます広がりを見せています。

 本展「平成の気分」は、京都市京セラ美術館新館にて開催中の「平成美術 : うたかたと瓦礫(デブリ)1989-2019」出展作品「花粉の王国」からの流れを汲んでいます。「花粉の王国」は自らが主宰する共同体「パープルーム」によるものです。「花粉」とは、梅津にとって芸術家が別の芸術家に様式や感性の影響を与える際の媒介物を意味し、既存の枠組みや時代の隔たりを越えてふわふわと漂い、思いもかけぬ形で実を結ぶということを象徴的に表しています。「平成美術」展にも展示されている「花粉濾し器」シリーズの新作をはじめ、数年の歳月をかけじっくりと生成されたドローイングなどが展示されます。

 

【アーティストステイトメント】

「平成の気分」についての雑記。

 

 わたしは1982年、昭和57年に山形県で生まれた。平成元年が1989年なのでこれまでの人生の大半を平成の時代の中で生きてきたことになる。本展のタイトル「平成の気分」は京都市京セラ美術館で現在開催中の「平成美術:うたかたと瓦礫デブリ 1989–2019」展に由来している。ちなみに現代美術艸居と京都市京セラ美術館は徒歩圏内である。本展を開催するにあたり、地理的な近さと偶然重なったタイミングを意識しないわけにはいかなかった。
「平成美術」展にパープルームが展示している「花粉の王国」はパープルームの8年間に及ぶ活動の一端を図解し展示空間に落とし込んだものである。その中でわたしは黒田清輝の「智・感・情」(1899年)を下敷きとして描かれた7点組の連作「フル・フロンタル」(2018年-)を展開している。黒田の「智・感・情」にオリジナルのポーズを追加していくことで作品の持つ歴史的文脈の必然性は薄まり、ただボリュームだけが増していく。なお、最終的には11点になる予定だ。まるでわたしの肉体が増殖しひとりで集合体を組織していくかのようでもある。ちなみに、「フル・フロンタル」が乗っている馬蹄形のくすんだピンク色の構造物は、港湾の入り口に大型船舶を沈没させて港内の船舶を内部に閉じ込める戦術である「閉塞作戦」から着想を得ている。
 昨年末に森美術館で開催された「STARS展:現代美術のスターたち——日本から世界へ」は国内外で高い評価を受ける6作家によるグループ展だった。一方で「平成美術」は「STARS」に名を連ねるような「大きな固有名」には見出すことが難しい、必ずしも「美術」として認識されてこなかった営みや蠢きを、未だ名づけ得ない離合集散を繰り返すいくつもの集合体を折り重ねることで再考する試みだ。よって、平成展にモニュメンタルな性質の強い「フル・フロンタル」を出展することにはいささかのためらいがあった。パープルームが持っている「ゲル」のように不定形で中心を持たない流動的な側面を紹介することもできただろう。しかし、「平成美術」というフレームにどのような主体で参加するべきか悩んだ結果、現在の形に落ち着いた。
「平成美術」展において椹木野衣は「平成年間」を天皇というひとりの人間の生きた時間によって規定される元号という非西暦的な区切りであるとともに、2011年の東日本大震災がもたらした未曾有の被害によって「傷ついた時間」であると述べている。わたしは「平成美術」、「傷ついた時間」というタームは震災を経て地質学的にも補強された「悪い場所」という概念を時間の領域にまで押し広げたものであると理解している。また、ウェブ版美術手帖に掲載された山本浩貴による「平成美術」展のレビューでは以下のように言及されている。「村上隆のGEISAIと梅津庸一のパープルームはいずれも、既存の美術制度(特にアカデミアのそれ)に対抗しつつ、その脆弱さを巧みに利用しながら自己のアイデンティティを練り上げてきたプロジェクトである。」
 たしかに山本の指摘は的確だ。しかしながら、裏を返せば「悪い場所」の「悪さ」こそが活動を続ける上で不可欠な条件であり、「悪い場所」に居直っているとも取れなくもない。わたしはこのような指摘や見立ては積極的に引き受けるべきだと思っている。そうでなければ、そもそもパープルームが批評空間に登場することはなかっただろう。
「花粉」はパープルームを語る上で欠かせないタームである。「花粉」は性格や癖、創作行為などが伝搬し「受粉」する可能性を示唆する。「花粉」は空気中をふわふわと漂いどこに漂着するのかは誰にもわからない。飛距離が長くなれば空気中の「花粉」の濃度は薄くなる。しかし花粉は地盤や時間の制約をある程度回避することが可能だ。すなわち、パープルームは「悪い場所」と「傷ついた時間」を離れ、あてどなく、わけもなく浮遊する「花粉」の可能性に賭けているのだ。
しかしながら「平成の気分」は「平成美術」の外部に存在している。そのため、これまで確認してきた前提は必ずしも本展には当てはまらない。

 

 1年ほど前から始めた陶芸はわたしにとって、たんに表現の形式のひとつということでは片付けられないほど大事な位置を占めるようになった。わたしにとって、絵画はこれまでずっと取り組んできた馴染み深い表現形式である。しかし、その一方で近年、自らの絵画制作が美術史や制度に拘束され、窮屈に思える時もある。その窮屈さは必ずしも悪いことではないが、陶芸に取り組んでいる時はそのような自らを拘束する「文脈」や「歴史」から解放されるように思う。そして、重石が軽くなったことによって、わたしの中で長い間眠っていたものが再び動き出したという実感がある。わたしはそもそも、美術の批評空間の中に自らを位置づけながら活動するような作家ではなかった。強いて自分を何らかの系譜に無理やり当てはめるとすれば、わたしは本来「失われし青春」の系譜の作家だったはずだ。たとえば、大正の村山槐多、昭和の山田かまち、平成の梅津庸一というような見立ても成立するのではないだろうか。
 わたしの大叔父にあたる梅津宣夫は、昭和16年/西暦1941年12月8日未明の真珠湾攻撃に参加し、若くして戦死している。祖父の家には宣夫の遺影が飾ってあった。親族なので当然のことかもしれないが、宣夫はわたしと容姿が似ていて、どうしても他人とは思えなかった。また、宣夫が真珠湾に向かう旧日本軍空母「加賀」の船内で書いた日記には「夢の中に知らない女の人が何度も出てくる。俺の頭はおかしくなってしまったのだろうか」というような記述が残っている。本展に出品する陶の作品「パームツリー」はわたし自身でもあり、宣夫でもあるのだ。また、そのシルエットはファルスを想起させるかもしれない。同じく陶の作品である「花粉濾し器」は目には見えない花粉をキャッチするための道具である。左右非対称の楕円形の部分はテニスラケットのストリング、絵画のキャンバスに用いられる地塗りの施されていない麻布、籐椅子の座面のお尻との接触面の形などが念頭に置かれている。本展に展示される陶芸作品は新作であるにも関わらず、わたしの最初期の作品である「フロレアル (わたし)」(2004-2007年)に通底する初期衝動が宿っているように思う。
 ところで、わたしが平成の間、もっとも影響を受け、そして摂取してきたのは間違いなくヴィジュアル系だ。ヴィジュアル系の起源をめぐっては諸説あるが、ヴィジュアル系シーンの盛衰や複雑な生態系、運営形態の変遷などを含めたヴィジュアル系の総体にわたしは強い関心を持っている。
アヤビエが2005年に発表した楽曲「音楽を下らぬ」の歌詞の一節に「少しはビジュのビジュたる所以を考え直したら?」というものがある。常に揺れ動き固定されることのないヴィジュアル系シーン。「音楽を下らぬ」はそこに最適化し安定しようとすることを批判し、問い直している。ヴィジュアル系は音楽のジャンルを示す言葉ではない。したがって、「ビジュ」は「美術」に置き換えることが可能なのである。

 

 このように言語化を試みると、まるで理論的整合性に欠けていることがわかる。しかし、わたしはこれらの行為と思考がぐちゃぐちゃに混じりあった営みを「平成の気分」として発表したい。

 

梅津庸一(2021年2月20日、西鉄イン日本橋にて)

【梅津庸一プロフィール】
1982年山形県生まれ。美術家、パープルーム主宰。日本における近代美術絵画が生起する地点に関心を抱き、日本の美大予備校や芸大での教育に鋭い視線を投げかけた制作、活動を行う。自画像をはじめとする絵画作品やパフォーマンスを記録した映像作品の制作、展覧会の企画、論考の執筆などの活動に加え、制作/半共同生活を営む私塾「パープルーム予備校」の運営など、多岐にわたる活動を展開。主な展覧会に主な展覧会に「未遂の花粉」(愛知県美術館、2017年)、「恋せよ乙女!パープルーム大学と梅津庸一の構想画」(ワタリウム美術館、2017年)、「百年の編み手たち―流動する日本の近現代美術―」(東京都現代美術館、2019年)、「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989-2019」(京都市京セラ美術館、2021年)など。著書に『ラムからマトン』(アートダイバー、2015年)。『絵画の見かた』(美術手帖 2020年12月号特集)監修。

 

『梅津庸一個展 平成の気分』
会期|2021年3月5日(土)〜3月27日(土)(日・月曜は休廊)
時間|10:00〜18:00
会場|現代美術 艸居(京都市東山区元町381-2)
公式サイト|www.gallery-sokyo.jp/

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