中国建築の現在地——青山周平× 市川紘司 ×上田洋子「中国における都市・建築・暮らし【コロナ禍の世界から#4】」イベントレポート

ゲンロンα 2020年11月9日配信

 ゲンロン代表の上田洋子が聞き手となって、世界各地で活躍する作家や知識人の生の声をお届けする人気シリーズ「コロナ禍の世界から」。第4回となる今回は、中国・北京在住の建築家・青山周平をリモートでお呼びし、コロナ禍によってめまぐるしく変わっている中国の現状や、中国ならではの建築事情を語ってもらった。会場では建築史家の市川紘司も登壇。建築から政治や社会を読み解く独自の切り口で、青山ら中国で活動する建築家をとりまく状況を論じた。
 青山と市川のプレゼンによって進行したイベントは5時間にせまる長丁場になったが、そのなかからおもな話題をかいつまんで紹介しよう。

 

 

中国の新しい日常

 青山周平は、15年ほどにわたって北京に拠点をおき、おもに中国で活躍している建築家だ。今回のイベントでは、まずそんな青山の視点からコロナ禍下での中国の模様が伝えられた。

 2019年の冬に武漢で新型コロナウイルスがはじめて検出されて以来、中国は翌年2月ごろまで感染症拡大の被害がもっとも深刻な国のひとつだった。とはいえ、いまや中国では感染症はおさえられ、人々はすでに「コロナ以後」のあらたな日常を迎えているという。では、コロナ以後の中国にはどのような変化がおこっているのだろうか。青山は、情報技術による管理の徹底と、内需の拡大という二点を挙げる。

 情報技術をもちいた管理は日本でもよく報じられているが、青山が紹介する実態にはかなり迫力がある。下の写真のモニタ画面でその一部が紹介されているが、市民の体調に異常はないか、いつどこを訪れたかなどはスマホで逐一記録され、飲食店や交通機関など各地でデータの照合が行なわれるという。青山は、コロナ禍以降、行政が個人情報を利用することへの抵抗が一気になくなった実感があると語った。

 

 これを受けて市川は、そもそも中国は都市の構造上ひとの移動を管理しやすい国なのではないかと指摘する。中国の都市では、居住区が「小区シィァオチュィ」という、柵とゲートで区切られた団地群のブロックで形成されている場合がおおい。だから、このゲートの管理を強めるだけでいわゆるロックダウンが成立する(百度バイドゥなどで「疫情 小区 封鎖」と検索すると、だいたいの雰囲気がつかめる)。

 いまはもうこうした外出制限は実施されていないが、それでも中国から海外へ渡航するのには制限がある。そこで目指されているのが、国内旅行による内需の拡大だ。青山によると、さいきんでは「内循環ネイシュンホワン」をキーワードに中国国内で完結するライフスタイルが推奨され、これまで観光客がこなかった人里はなれた地も「映える」場所として注目されているという。急速にリゾート開発なども進んでいるようだ。

 青山の考えでは、このような管理強化や内需拡大は、もともと中国政府が希望し推し進めていた流れでもある。中国では、コロナ禍によって従来の流れが停滞したり向きを変えたりしたのではなく、むしろ加速されたというわけだ。

胡同をつくりなおす

 このような「新しい日常」のなかで、建築家・青山はどのような仕事をしているのだろうか。

 日本でも一部で知られているように、青山はいま中国でもっとも人気のある日本人建築家である。2015年に「夢想改造家」という民家をリフォームするテレビ番組に出演し、一躍ブレイクを果たした。そのとき青山は「胡同フートン」と呼ばれる北京の伝統的な路地空間にある小さな古民家をリノベし、細やかに計算された「日本的」な意匠を取りいれた家によみがえらせている。

 

写真=広松美佐江
 

 青山によると、こうしたリノベーションの仕事が注目されることにはいくつかの原因がある。そのひとつは一時期の爆発的な経済成長が落ちつき、若者を中心にライフスタイルや美意識の変化がおきていること。筆者(伊勢)の考えでは、中国で一時期「無印良品」が大ヒットしたことも類似の現象だといえる。

 そしてもうひとつの原因は、北京特有の住宅事情にある。いま中国では都市の機能分担が進み、北京市を政治と外交の都市として純化しようとする動きがある。それにともなって首都機能と無関係の都市機能が通州や雄安といった近郊都市へ移されているほか、出稼ぎ労働者が退去させられたり、景観維持のために古民家が「整備」されたりするといった、いわゆるジェントリフィケーション(再開発による居住区域の高級化)が発生している。

 青山はそのような環境のなか、小さな空間でありながらも低コストなリノベーションモデルを提案することで、手頃な価格で住める場所の選択肢を増やし、若者など北京に住みたくても家賃が高くて住めないひとたちを受けとめようとしている。胡同のリノベーションは、北京という都市の多様性を維持するためのカギなのだ。

中国ならではの建築とは

 青山の仕事は北京だけに限ったものではない。中国各地での仕事を紹介しながら、青山は中国ならではの建築事情を明かしていった。ここではそのうちいくつかを紹介したい。

 ひとつは都市のセキュリティと建物のデザインの関係性だ。青山によると、監視カメラの増加や顔認証システムの発達により、中国都市部の治安はいま急速によくなりつつあるという。そしてその結果、建物の外観に新しいデザインを採用できるようになった。

写真=Eiichi Kano
 

 たとえば青山がリノベーションを行なった上海の旧フランス租界にある喫茶店は、通りに面した壁を大胆なガラス張りにしており、内外の境界があいまいになっている。安全性を不安視する声もあるが、気にする必要はないという。というのも、店のすぐ外には当局が設置する大量の監視カメラがあるほか、キャッシュレス化した店のなかには現金が一銭もないからだ。

 こうした仕事の経験から、青山は、かつてはシャッターや鉄格子など物理的な設備に委ねられていた防犯の機能が、経済のデジタル化や公共の監視技術の発達によって消去され、都市全体が透明になりつつあるのではないかと指摘した。

 もうひとつの例は胡同の構造を応用したシェアコミュニティだ。さきほども話題にのぼった胡同だが、青山自身、10年ほど北京の胡同に住んでいた経験をもつ。そのなかで気づいたのが、胡同は路地空間の全体で「家」としての機能を維持しているということである。個々の居住スペースは非常にせまく機能的にも不十分なのだが、すぐ近くの路地に市場や共用便所、飲食店などがあり、それによってほんらい家がもつ冷蔵庫やトイレ、居間といった機能が補完されているのだ。

 この発想を利用して青山が構想したのが、可動式の箱型居住スペースをいくつも集めたシェアコミュニティである。だれでもかんたんに組み立て可能な5平米ほどの居住ユニットは、胡同のようにコミュニティ全体で「家」としての機能を果たすように設計されている。青山によると、これはすでに福建省の泉州で実装されており、そこでは月1500元(23,000円あまり)ほどと家賃も安く、すでに若者の集まる場として認知されているのだそうだ。

 

写真=CHINA HOUSE VISION
 

 そのほか青山は、アランヤ(Aranya/阿那亜)というリゾート地にみられるような建築が具体的な機能を失って祝祭の場に変わっていく傾向や、人件費の低下によって逆に可能になる手作り感のあるデザインなど、いくつも興味深い例を紹介している。詳細はぜひ動画でみてほしい。

奇奇怪怪建築をつくるべからず

 イベントの後半は市川のプレゼンを中心に進行した。今年の夏に『天安門広場 ――中国国民広場の空間史』という大著を出版したばかりの市川は、建築に入りこむ権力や思惑に着目し、いわば建築をつうじて中国の政治や社会を読み解くことを専門としている。市川のプレゼンでは、青山の活動の背景をおぎなうようなかたちで、現代中国の建築家をとりまく社会状況が解説された。

 市川がまず紹介したのは、「奇奇怪怪建築をつくるべからず」(不要搞奇奇怪怪建筑)という言葉だ。これは2014年に習近平が「文芸工作座談会」という芸術関係者との会談のなかで語ったとされるものだが、なにが「奇奇怪怪」かは明示されていない。ただ、市川によると、この文言が掲載された『人民日報』のウェブ記事ではレム・コールハースが設計したCCTV(中国中央電視台)の本部ビルが揶揄されており、2000年代の中国で盛んに展開された海外の建築家の実験的な仕事が槍玉にあげられている可能性も高いという。

 とはいえ、中国には銅貨のかたちをしたオフィスビル「方円大廈」や巨大福禄寿像がそのままホテルになった「北京天子大酒店」など、文字どおり「奇奇怪怪」な建築が多いのも事実だ。2010年ごろにはすでにこうした奇妙な建築を批判するような世論が形成されており、習近平の講話はそうした空気を読みとったうえでの判断だったと言ってよい(ちなみに、これらの奇妙な建築の画像は、こちらの記事などからみることができる)。

「奇奇怪怪建築」についての習近平の談話は、中国当局が建築のありかたに直接介入した数少ない例である。これによって、じっさいにいくつかのプロジェクトが軌道修正を強いられた。しかし結果として影響はさほど大きくはなかったのではないかと市川は語る。海外の建築家によるいまなお大作は多いし(最近もザハ・ハディドによる北京の新しい空港が完成した)、いかにも「奇奇怪怪」な建築も、「中国十大醜陋建築」と呼ばれる毎年の醜悪な建築を10棟選出するイベントが2010年代を通じておこなわれているように、厳しく統制されている様子はない。他方青山によると、当局が建築のありかたに口出しをする流れはつづいており、近年でも北京の建築にかんして「典雅大方、循規蹈矩」(優雅でおおらかに、規則にしたがって几帳面であること)という指針が提示されたという。そして現場の建築家は、少なからずこうした指針を気にしながら制作をしているそうだ。

農村と建築

 くわえて市川が論じたのが、近年農村や郊外での建築プロジェクトが増加しているということ。青山もまた、近年は農村におもむくことが増えているという。市川によると、この背景には都市と農村の対立という根深い中国の問題がある。

 中華人民共和国の成立当初、中国は都市の近代化と食料生産力の維持を両立させるため、都市にサービスを集中させつつも、「戸口フーコゥ」(よく「戸籍」と訳される)を都市と農村に二分化し、農村から都市への人口流入を制限していた。つまり農村から都市への移住や、農村戸籍から都市戸籍への変更を許容せず、意図的に搾取の構造をつくりあげていたのである。1980年代になるとその規制は多少緩んだが、戸籍の変更は依然として困難だった。80年代以降の経済政策に通底していたのが「先富論」(豊かになれるものから豊かになろう)という考えで、これによって沿岸部の大都市がまずは経済的に優遇されることになった。搾取の構造はあいかわらず維持されていたのである。

 21世紀に入り、こうした流れはようやく変わっていく。胡錦濤が「反哺」(恩返し)というスローガンをかかげて農村のインフラ整備や優遇政策を進めると、習近平はそれを継承して「国家新型都市化計画」を提唱、戸籍の変更が一部緩和され、都市も農村もひとしく発展する方針が示された。市川によると、これによって沿岸部の大都市に集中していた資本が地方都市へと分散され、農村を組み込むかたちで開発が進められるようになったという。

 農村に建築家がおもむき建物をつくるケースがいま急増している背景には、このような事情がある。市川と青山によれば、最近はメディアで取りあげられるのも農村でのプロジェクトが多いようだ。こうした現代中国農村建築は作風に幅があり、竹や土、れんがなどの限られた材料でつくられたものから3Dプリンターを多用したものまで多様だという。

 じっさいに農村でプロジェクトを進めている青山は、限られた資材のなかで工夫するうちにあらたな表現が誕生する可能性もあると答えた。今回は時間の都合上、具体的な農村建築のプロジェクトはあまり紹介されなかったが、今後のイベントでより踏み込んだ紹介がされるのを期待したい。

なぜ中国の建築なのか

 質疑応答では多くの質問が寄せられ、青山の建築家としての世代意識や、日本と中国の建築界のちがい、また中国の建築とジェンダーの関係など多様な論点がでてきた。

 なかでも個人的に印象に残ったのは、市川が、「非西洋圏で、しかし日本とは異なる、独自の体系的な近現代建築史が描けそうな国」として中国をとらえていたことだ。市川によると、これまで日本の近現代建築を比較するうえで参照されていたのは、結局ヨーロッパやアメリカでしかなかった。けれども、同じ東アジアに属する中国現代建築の台頭によって、日本建築の近代化や戦後を欧米との二項対立ではなく、より細かく検証できるようになっているはずだという。

 聞き手の上田はさいごに、一貫して中国に根をおろし、建築をつうじて中国国内の問題と向きあおうとする青山の姿勢が印象的だったと語った。それは海外で活動する日本人建築家によくみられる、世界各地を転々としながら作品を残していくスタイルとは対照的なものだ。

 また上田は、胡同の構造を応用したシェアコミュニティや監視技術を取りこんだデザインなど、中国人をとりまく環境に敏感に反応し、うまく建築に転換しているのは、異邦人の視点をもって中国を眺められる青山ならではの強みではないかと指摘した。これに対して青山は、今後も中国で活動を継続しつつも、同時に華人ネットワークと絡みながら東南アジアなどの諸外国へ進出していきたいのだと展望を語り、イベントは幕を閉じた。

***

 今回のイベントは(ゲンロンカフェではよくあることだが)情報量がかなり多く、会場でみていたぼくもたいへん勉強になった。かくいうぼくも2016年に1年だけ北京大学へ留学し、北京市内をあちこちみてまわったものだった。

 もちろん、胡同をはじめ、天安門や天壇公園など印象に残った建築もたくさんあったが、個人的に衝撃を受けたのが開発のテンポの早さである。たとえば大学の構内では、つい昨日に買い物をしたはずの店が一晩で更地になっていて、さらにもう数日でなぞの小高い丘が形成されていたなどということがわりにおこっていた(これは今回言及された街の開発とは別種のケースかもしれない)。そのほか、建築途中に諸般の理由で挫折し放置された「爛尾楼ランウェイロウ」という廃墟建築に対する興味もあったのだが、いま考えると、中国建築へのぼくの関心は総じて単純なものだったといわざるをえない。たいへん充実した今回のイベントをみながら、ぼくももう少しまじめに中国の建築を学ばなければ、という気をあらたにしたのだった。(伊勢康平)

※この番組はシラスのアーカイブで公開しています。シラスは半年後の2021年5月7日(金)まで閲覧可能。ニコ生は後日再放送を予定しています。ぜひご覧ください!

2020年10月30日(金) 19:00~
青山周平×市川紘司×上田洋子「中国における都市・建築・暮らし【コロナ禍の世界から#4】」
シラス:https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20201030
ニコ生:https://live.nicovideo.jp/watch/lv328614684

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