学術書を市民とビジネスの世界へ――鈴木哲也×斎藤哲也「専門を超える本の読み方」イベントレポート

ゲンロンα 2021年7月8日配信
 京都大学学術出版会の編集長である鈴木哲也氏がゲンロンカフェに初登場。きっかけとなったのは、昨年(2020年)鈴木が上梓した『学術書を読む』を、斎藤哲也氏が「人文書めった斬り!」イベントで取り上げたことでした。長年学術出版に携わり、専門家と一般の読者の橋渡しをしてきた鈴木と、『哲学用語図鑑』や『試験に出る哲学』など専門知をわかりやすく伝える著作の多い斎藤。ふたりがそれぞれの立場で培ってきた「専門を超える本の読み方」をお話しいただきました。2021年5月28日の配信をレポートします。(ゲンロン編集部)

 

現場の哲学を求めて

 イベントは『学術書を読む』をもとにした鈴木のプレゼンから始まりました。本の紹介にとどまらない内容で、東日本大震災の復興事業で建設された堤防を例に、「現場の哲学」の必要性が語られました。

 

 堤防の計画には、土木工学や生態学、経済学といったさまざまな分野の専門家が参加します。では、そうした専門家たちの意見を単純にまとめれば、優れた堤防ができあがるのでしょうか。

 鈴木は、異なる分野の専門家の意見をまとめることは容易でないと指摘します。たとえば土木工学の専門家が数キロ単位の解像度で問題を見るのに対して、生態学の専門家は数十センチ単位の解像度で同じものを見ています。問題を捉えるスケールが違いすぎていて、専門家たち自身も、どちらが優れた知見なのかを決めることができません。

 最終的に判断を引き受けることになるのは、堤防建設の当事者である地域の行政や住民たちです。このとき重要なポイントは、どの専門家が「正しい」のかを決めるというのではなく、専門家たちの意見のバランスをとって自分たちなりに合意をまとめていくという態度をとることです。このような場面で必要になる知を、鈴木は「現場の哲学」と表現していました。

 

 斎藤はこれを受け、そうした「現場の哲学」の重要性がコロナ禍でますます高まっていると指摘しました。私権の制限を含む強い対応は、疫学の専門家だけに任せられるものではありません。かといって、法律に詳しければ適切な対応が取れるわけでもありません。わたしたちはいまこそ「現場の哲学」を組み立てていかなければならないといえるでしょう。学術書をとおして様々なタイプの学問に触れてみるのは、そのための基礎トレーニングだといえそうです。

アカウンタビリティを超える

 いっぽう、専門家・研究者の役割は、自身の専門的な知を深めていくことです。とはいえあまりに視野が狭くなってしまうと、専門の分野でも革新的な発想を生みにくくなります。

 研究のバックグラウンドに大きな問いがない。──学術書の企画にあたって若手の研究者と接する機会の多い鈴木は、そもそもの研究スタンスに問題を感じることが多いといいます。なぜその研究を始めたのかと聞いても、「学会で注目されているテーマだから」といった、閉じた世界の話しか返ってこないことがあるのだそうです。

 これは研究者個人の資質によるものというだけではなく、背景に構造的な問題があると鈴木はいいます。キーワードは「アカウンタビリティ」です。ここでいうアカウンタビリティは、政治の世界における「説明責任」とは違い、学術の分野で、数値でカウントできる指標をつかって論文の価値や研究者の業績などを評価していく態度のことを指しています。

 数値化して測るというと客観的で公平な評価のように思えますが、じっさいに評価の指標や計算式をみると必ずしもそうとはいえないようです。たとえば、論文の価値を測る指標では、3年間の引用数を対象とするのが一般的です。このような計算方法では、何十年も長く引用され続けるような研究の価値は測れません。大きな問いが持たれにくくなっているというのも、学問をとりまく環境に適応した結果と考えれば必然的です。

 ところでアカウンタビリティの起源をたどっていくと、アメリカの陸軍士官学校で学生の評価システムに行き着くのだそうです。ここで学んだ軍人たちはのちにビジネスの世界にも進出し、その評価システムが広がっていきました。したがって、これは学術の世界だけではなく、ビジネス分野にも共通する問題といえるでしょう。日本の社会でイノベーションが起こりにくくなっているとすれば、アカウンタビリティを内面化してしまっていることが、その原因のひとつかもしれません。

 アカウンタビリティはすでに大学や企業のシステムに組み込まれおり、変更できないゲームのルールのように感じてしまうかもしれません。そんな声に対し、鈴木は処方箋として、科学史や社会文化史の本を勧めます。たとえば、サイモン・シンの『宇宙創生』を読むと、いまでは宇宙の始まりとして定説になっているビッグバン理論がいかなるダイナミズムの中で生まれたかが、いきいきと描かれています。事前に綿密な研究計画書を書いたり、研究成果の見込みを事前に数値で判断したりするようなアプローチでは到達できないような発見こそが、新たなセオリーを生んできました。その歴史を知ることは、われわれを息苦しさから解き放ってくれるはずです。

読書会をビジネスの世界に

 いっぽうビジネスの世界への処方箋としては、読書会の可能性が取り上げられました。

 斎藤はいま、企業で要職にあるビジネスパーソンに向けたリベラルアーツ講座に携わっているそうです。そこでは、宗教や哲学、歴史といったテーマでレクチャーや議論が行われているそうですが、1冊の本をじっくり読むような読書会は、まだうまく導入できていないといいます。しかし読書会は、社会人にこそ適した勉強法かもしれません。社会人は自分たちのビジネス上の経験を踏まえ、本に書かれていることを実感をもって読み解くことができると斎藤はいいます。学生たちとはまた違った深みのある学びが、社会人には可能なのかもしれません。

 

 大学で学生向けの読書会に関わっているという鈴木も、ビジネスの世界での読書会は新しいアイデアだと評価して、その効果に考えをめぐらしていました。学術の世界で専門以外に目を向けることが重要なように、会計や営業といった異なる専門をもったビジネスマンたちの相互理解を、読書会は深めることができるかもしれないと鈴木はいいます。

 読書会の可能性がビジネスの世界で発掘されていけば、学術書にもさらに豊かな観客をつくっていくことができそうです。

 読書家のなかでも、学術書はハードルが高いと感じているかたは多いかもしれません。そんなかたは友人や同僚に声をかけてみて、読書会を企画するというのもひとつの手です。まずはこの配信を見てもらうところからスタートするのはいかがでしょうか?(國安孝具)


 シラスでは、2021年11月25日までアーカイブを公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。

鈴木哲也×斎藤哲也「専門を超える本の読み方──知の世界を旅してどこに向かうのか」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20210528/

 

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