ひとが「神」になったとき――アイドルOと慰霊をめぐって(前篇)|中森明夫+弓指寛治+東浩紀(司会)

初出:2018年05月25日刊行『ゲンロンβ25』

東浩紀 本日はアイドル評論家の中森明夫さんに、弓指寛治さんの「四月の人魚」展に来場いただいています★1。今回の弓指さんの展示は、一九八六年に自殺をしたアイドルOこと岡田有希子さんをテーマにしたもので、朝日新聞、東京新聞、東京スポーツの各紙に取り上げられるなど多くの反響を呼んでいます。
 まずは、彼女を知らない世代である弓指さんが、なぜいま岡田有希子さんを描いたのかを教えてください。

弓指寛治さん(左)と中森明夫さん(右)。背景にあるのは弓指さんの作品《スイスの山々》。撮影=編集部

霊とコミュニティ


弓指寛治 ぼくの母は三年ほどまえに交通事故に遭い、そのあとうつ病になって自殺しました。当時、ぼくはうつ病について詳しく知らないまま、母の看病をしていました。それが結局母を亡くしてしまった。そのショックはとても大きなものでした。「自殺」という現象がなぜ起きるのか、なぜひとが自分を殺してしまうのかということを知りたいと思ったのはそのためです。
 そこから自殺について調べるようになり、ある本で岡田有希子さんのことを知りました。彼女は一九八六年四月八日にビルから飛び降りた。そしてそれをきっかけに当時の少年少女がつぎつぎに投身自殺を図っていった。それが悪い意味で社会現象になり、自殺というものが広まってしまった、という内容でした。それで気になって、岡田さんのことを調べはじめた。ネットで検索してみたら、亡くなられた際の写真や、ファンが書いたと思しき不気味な記事がすぐに出てきました。
 さらに本を読んだりしてみたのですが、どうもまだ彼女についてわかっていない気がした。そこで、もう少し近づくために、愛知県愛西市にある岡田さんのお墓に行こうと考えました。ぼくは三重県伊勢市出身で、大学入学から一〇年間名古屋に住んでいたので、彼女のお墓がある場所には馴染みがあったんです。ちょっと行ってみようという感じで気軽に行けるところでした。
 実際にお墓に行ってみて、はじめて墓碑を目にしました。今回の展示の冒頭に置いた、柳本悠花さんのフェルト作品がその墓碑を模したものです[図1]。墓碑には、「幼い頃/どうしても画家になりたかった私」、「スイスの山々を/まっ白なキャンバスに描きたい……」という碑文が彼女の直筆の転写で書かれていた。岡田さんが美術と関係があるなどまったく知らなかったのでとても驚きました。そして、彼女がそういうひとなら、自分もなにかアプローチできるかもしれないと思うようになりました。

[図1]柳本悠花さんの作品《ずぅっと…アイドル》。岡田さんの墓碑を模している。撮影=水津拓海(rhythmsift)
だからその一ヶ月くらいあと、岡田さんの命日の四月八日に、東京・四谷の自殺現場に行ってみたんです。一昨年(二〇一六年)のことでした。すると、そこには当時を知るファンの方だけでなく、ぼくらのような、あとから彼女を知った世代もいた。そのひとたちが亡くなった岡田さんの話をしている。年に一回そこでだけ会うひともいるらしい。そこはコミュニティの場として機能していました。
 母の死以来、ぼくはずっと母のことを考え、ひとの死というものを考えてきました。けれども、四月八日のその場所で行われていたことは、そのひとの死にはとどまらない、その先にころがっていくようなものだった。それを見て、自分はこれでなにかしたいなと思いました。

 中森さんは、弓指さんの展示からどういう印象を受けましたか?

中森明夫 今回展示を見たのは、まさに命日である四月八日でした。ぼくは岡田有希子さんと一度だけお会いしたご縁もあり、いろいろな思いがあるので、毎年、必ず自殺の現場へ行って手を合わせています。そこで会うひとのなかに、もう一〇年以上会い続けている女性がいるんです。彼女には岡田さんの記憶があるので、そうお若くないはずです。まったく年齢不詳で、不思議といつまでも年をとらない。最近「青い秋」という長編小説を連載しはじめたのですが、その冒頭でも彼女のことを書きました★2


 あの女性は実在するんですか? ぼくはてっきり、彼女は中森さんの「妄想」で、小説内でもじつは存在しないという展開になっていくのかと……。

中森 実在するよ!(笑)

弓指 あまりにも美しい話すぎますものね(笑)。でもぼくも現実にお会いしました。中森さんと一緒に展示に来てくださったんです。

中森 とにかく実在していて、そんな彼女がこの展示のことを知っていて、もし時間があるなら一緒に行きましょうという話になったんです。それでふたりで見にきました。ぼくはアイドル評論家だけど、展示に来てみると、ぼくよりも彼女のほうが岡田有希子に詳しいくらいだった。

弓指 ぼくの今回の展示では、岡田有希子さんの遺族と関係者の方が出版した『岡田有希子 愛をください』(朝日出版社、一九八八年)という本を参照していて、そこに収録されている岡田さん自身が子ども時代に描いた絵を下敷きにしている作品が多いんです。中森さんと一緒に来られた女性の方は、そのぼくが参照している岡田さんの絵を一発で言いあてるんですね。たとえばこの絵については、岡田さんの絵をベースにしているという話をするまえから「これは有希子ちゃんの絵だよね」とおっしゃっていました[図2]。

[図2]弓指さんの作品《スイスの山々》(左前方)と《花束》(右中央)。どちらの作品も岡田さん自身が描いた作品をモチーフにしたもの。中央の机には『岡田有希子 愛をください』が置いてある。撮影=水津拓海(rhythmsift)
 かなり描き変えてあるのに、それでもわかる。じつは彼女は、その岡田さんの絵の写真を携帯に入れて持ち歩いていたんです。だから、今回ぼくがそれを作品に使っていることをすごく喜んでくれました。

★1 二〇一八年四月六日から三〇日まで、ゲンロン カオスラウンジ 五反田アトリエにて展示が行われた。同展示で展開されたインスタレーションは、同年二月に第二一回岡本太郎現代芸術賞で岡本敏子賞を受賞した《Oの慰霊》から連続したテーマを扱っている。URL=http://chaosxlounge.com/wp/archives/2250
★2 中森明夫「青い秋」、『小説すばる』二〇一八年四月号、集英社、一八二-一九九頁。