『ゲンロン』創刊にあたって|東浩紀

初出:2015年06月15日刊行『ゲンロン通信 #16+17』

 ゲンロンはもともと『思想地図β」を出版するために作られた会社である。そして『思想地図β』は、ゼロ年代に現れた、三○代以下の新世代の論客が結集する特別の雑誌になる予定だった。少なくとも読者からはそう期待されていたし、そのような雑誌が誕生すれば時代も変わると思われていた。まだネットにもサブカルにも期待が寄せられていた。創刊号の目次を振り返ると、当時の高揚感が蘇ってくる。

 けれどもそれから五年。日本社会は大きく変わった。震災と原発事故が起き、政権が替わった。ゼロ年代は、いま思えば、じつにのどかな時代だった。一〇年代ははるかにギスギスしている。思想の遊びなど許されない雰囲気がある。むろん、ぼくは、これからも遊びこそが重要であり本質だと訴えていきたいと考えている。けれども、そのためには遊びを守る戦略だけは遊びぬきに考えなければならない、いまはそのような余裕のない時代になっている。

 そこでぼくは、もういちど批評誌を作ることにした。ゼロ年代の軽さと明るさが染みついた『思想地図β』のスタイル――『日本2.0』や『福島第一原発観光地化計画』のスタイル――を封印し、硬質な批評の言葉をもういちど立ち上げることにした。そして友の会の会員のみなさんにもそれを届けたいと考えた。

 読者によっては、それは後退に見えるかもしれない。いまから二〇年前、『批評空間』を編集していた浅田彰氏が、「後退戦」という隠喩を使っていたことを思い出す。じつは『批評空間』は、『エピステーメー』や『GS』といったひとつ前の時代の思想誌に比べれば、反動と言ってもいいくらい保守的なデザインの雑誌だ。まだ右も左もわからない学生だったぼくは、ときにそれを批判した。しかし浅田氏はそれが必要なのだとぼくを諭した。ぼくはいまその浅田氏の振る舞いを反復しようとしている。きっと運命とはこういうものなのだろう。

 というわけで、『思想地図β」はこの夏で終刊となる。この会報もこの号で終刊となる。そしてかわりに両者を併せ、秋に年三回刊行の批評誌『ゲンロン』を創刊する。目次は追ってネットで告知する。加えて第五期友の会会員のみなさんには、会期終了後に創刊準備号の『ゲンロン0』が届くはずである。そちらはぼくの語りおろしで、第四期と第五期の会費に含まれていた『思想地図β』の最終号に相当する。そして第六期からは、新創刊の『ゲンロン』がそのまま会報となる。本誌連載のいくつかは引き継がれる。

 新創刊と謳ったものの、『ゲンロン』がいつまで続くかはわからない。『批評空間』は第一期が三年(一二号)続いた。比較を考えれば『ゲンロン』も三年(九号)は刊行したい。しかしそれが可能かどうかは、最終的には売れ行き次第であり、ぼくひとりで決められることではない。出版をとりまく事情はたいへん厳しい。ゲンロンの経営も実際にはカフェとスクールに頼り、出版は重荷になっている。日本では結局、批評の言語はオーラルなコミュニケーションでしか残らないのかもしれない。「エクリチュール」(書かれたもの)の哲学を研究したぼくとしては悲しいかぎりだが、それが時代の趨勢ならやむをえない。文章としての批評文、雑誌としての批評誌を愛する方は、次期以降もゲンロンを応援してくだされば幸いだ。

 さて、今号の巻頭では、まずは、そんな「転向」にいたるまでのゲンロンの五年間の出版の歴史を振り返ってみたいと思う。あらためて並べてみると、批評とか思想とかの口実のもと、本当にいろいろ手を出し、好き勝手にハチャメチャなことをやってきたものだと思う。AZM48とか『日本2.0』の巻頭グラビアだとか、かなりの費用がかかったはずだが、意図もわかりにくいし結局マネタイズできていないし、当時なんでそれでいいと思ったのか、もはや想像すらできない。

 ただひとつ言えるのは、繰り返しになるが、いまとなってはその不真面目さがかえって自由で羨ましく見えるような、そんな余裕のない時代にぼくたちが生き始めているということだ。ゲンロンは、もう二度とこんな破天荒な出版物は作れないだろう。ぼく自身そんなことをしたいと思わないだろう。だからこそ『ゲンロン』を創刊するのだが、ぼくは同時に、それを少し寂しくも思っている。

 未来の『ゲンロン』の読者が、この特集を古本屋かどこかで発見して、「あのシリアスな雑誌の前史にこんなカオスがあったのか!」と驚くような、そういう状況を夢見て、ゲンロンの新しい幕を開きたいと考えている。



ゲンロン1
2015年12月1日発行 A5判並製 本体292頁 
ISBN:978-4-907188-12-2

ゲンロンショップ:物理書籍版電子書籍(ePub)版
Amazon:物理書籍版電子書籍(Kindle)版

その他の記事

1971年東京生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(2011年)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『ゆるく考える』(2019年)、『テーマパーク化する地球』(2019年)ほか多数。

NEWS

連載

ゲンロンβ