料理と宇宙技芸(3) 黄燜鶏|伊勢康平

ゲンロンα 2020年10月20日配信

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 今回は黄燜鶏ホワンメンジーという料理をとりあげたい。これは鶏肉を香辛料や砂糖、醤油などで甘辛く煮込んだ料理で、前回魚香肉絲ユィーシアンロウスーとおなじく日本ではまだあまり知られていないが、現在の中国では人気のある料理だ。それどころか、近年は黄燜鶏を提供する飲食業が中国全土で急激に発展し、ある種の社会現象になったほどなのである。

 黄燜鶏の「メン」という字は「鍋にきちんと蓋をして、食べものを弱火で煮る、またはトロトロ煮込む」(『現代漢語詞典』第7版)という意味だが、これは比較的あたらしい文字である。たとえば『大漢和辞典』には「燜」の項がなく、かわりに「悶」の項に現代の用法として「煮る」「蓋をする」という意味が書かれている★1。こういう点からもわかるように、黄燜鶏も歴史が浅い。けれども、この料理の基礎となる「燜」つまり蓋をして煮込むという調理法そのものはたいへん伝統的なものである。今回はこの煮込みという技術について考えてみたい。

1 調和の技法② 煮込み


 「あつものにこりてなますを吹く」という言葉がある。屈原くつげん(前343頃〜前283頃)という戦国時代の詩人の表現から生まれたいいまわしで、文字通りには、羹で口をやけどしたひとが、それにこりてつめたい膾(生の肉や魚などを酢であえたもの)をも吹いて冷まそうとすることを指し、ひとつの失敗にこりて必要以上に用心してしまうことをいう★2。この羹というのがいまでいう煮込み料理のことで、むかしの中国では肉や魚、野菜などを煮込んだものを広くこう呼んでいたらしい。吸いものもここに含まれる。

 そもそも羹は中国でもっとも古い調理法のひとつで、屈原の作品にかぎらず、古代の文献のあちこちに書かれている。たとえば『礼記』内則編では、季節ごとに適切な肉と香味野菜のつけ合わせについて説明されており、うずらや鶏の羹はたでで香りづけをするのがよいとされている。さらにおなじ内則編には「羹は、諸侯から庶民にいたるまで〔食べられており〕差別がない」とあり、当初からかなり一般的な料理であったことがわかる★3。ならば、宇宙技芸としての中華料理のなかで、羹を生みだす煮込みの技法はどのような特徴をもつのだろうか。

2 煮込みの陰陽論


 食文化の研究者である白瑋バイウェイは、『中国美食哲学』のなかで、煮込みとは陰と陽が理想的に結びついた調理法だといっている。どういうことだろうか。
 
 
 まず陰陽についてごく簡単に説明しておこう★4。古来中国の思想では、しばしば宇宙のあらゆるものはひとつの「気」によってできていると考える。陰と陽は「気」がもつふたつの側面であり、陰が静的な面を、陽が動的な面をあらわしている。そしてこの陰と陽が相互にきり替わったり結びついたりさまざまな反応を起こすことによって、あらゆるものが生まれ、変化していくという。そこで、日頃ぼくたちが目にするものはすべて、そのありかたに──あるいはに!──着目して陰と陽のカテゴリーに区別できる。それにしたがえば、天が陽で地が陰となり、男性が陽で女性が陰とされる(こんにちこの区分をどう判断するかはひとまず問わない)。

 ここで重要なことは、陰と陽の区分はものの性質ではなくむしろもの同士の関係にもとづいて決定されるということだ。例をあげると、年老いた男性は、性別に着目した場合には陽となるが、子どもとの対比のなかで年齢に着目すれば陰になる。というのも、老人はすでに身体の成長が止まっているからだ。とすると、年老いた男性と若い少女の対比は、単純に陰陽でくっきり分けられないものとなる。これはけっして特殊な例ではない。陰陽の考えかたのなかでは、あらゆるものが多かれ少なかれこうした微妙な関係性のなかに置かれることになる。つまり陰のなかには陽があり、陽のなかには陰があるというわけだ。

 このような陰陽の思想は、第1・2回でとりあげた五行思想と組み合わさって陰陽五行思想となった。ただ、陰陽とはちがって、五行の要素は一般的にもの単体の性質によって決まる。たとえば鉄が五行でいう金であるのは、鉄そのものの性質のためであり、ほかのものとの関係はとくに作用してはいない。
 
 
 さきほどの白瑋バイウェイのはなしに戻ろう。なぜ白は、煮込みが陰陽の理想的な結合だと考えたのだろうか。

煮込みの器具についていえば、鍋と鍋蓋は陰陽が合体したものである。鍋が地なら蓋は天だ。そして蓋のもとにある食べものは、天地のはざまにある万物なのだ。そのため、ものを煮込むときにはかならず蓋をしなければならない。鍋に蓋をしてはじめて、天・地・陰・陽が完璧に融合し、ひとつになるのである★5

 はじめに鍋があった。それはいってしまえばただの曲がった板である。だがひとたび蓋をかぶせた瞬間、天と地という関係性にもとづいて、そこに陰陽の対比が成立する。つまり天=蓋によって鍋は陰の気を宿す「大地」となるのだ★6

 さらにいうと、煮込みとは鍋をさかいにして火と水をつなげる技術である。もし鍋をつかわずに火と水を直接あわせてしまったら、たちまちどちらかが消えてしまうだろう。要するに火と水は、鍋によってはじめて共存する関係をもつことができる。そこでこの共存関係を陰陽の考えにあてはめると、ものをあたためて動きをもたらす火が陽となり、ものをひやして動きを止める水が陰となる。ということは、煮込みという技法のなかでは、陰陽の組み合わせが2段階にわたって成立しているといえるのだ。

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1995年生。早稲田大学文学学術院文学研究科修士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。翻訳に王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)、ユク・ホイ「百年の危機」(「ゲンロンα」掲載)、「21世紀のサイバネティクス」(Webサイト「哲学と技術のリサーチネットワーク」に掲載)ほか。現在『中国における技術への問い』の全訳を仲山ひふみと進行中。

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