ひろがりアジア(7) 大物浦とミャンマーの〈声〉──木ノ下歌舞伎『義経千本桜—渡海屋・大物浦—』と在日ミャンマー人による寸劇|日置貴之

ゲンロンα 2021年5月11日配信

 5年の間に、私たちを取り巻く環境が、いかに大きく変わったか。いかに激しく変わり続けているか。そのことを思った。

 木ノ下歌舞伎『義経千本桜—渡海屋・大物浦—』の幕切れである。「碇」を頭上に持ち上げた主人公・平知盛は、色褪せた旭日旗やレインボーフラッグを身にまとっている。背中には「TOKYO 2020」のエンブレムらしきものも見える。さらに目を凝らせば、彼の右胸には小さなミャンマー国旗があった。

 木ノ下歌舞伎は、歌舞伎・浄瑠璃の古典作品を現代的に演出しなおすことに取り組んできた。主宰の木ノ下裕一は、作品ごとに異なる演出家とタッグを組み、共同作業で古典作品の新たな側面を提示する。この『義経千本桜—渡海屋・大物浦—』でも、木ノ下と演出の多田淳之介は、中世の源平の合戦を題材に近世の浄瑠璃作者が1747年に執筆し、人形浄瑠璃のみならず歌舞伎でも現代まで演じ続けられている作品に、さまざまな文脈を重ね、読み替えていく。それ自体は、2012年の初演、16年の再演と今回で変わらない。しかし、再演以来の5年で、そこに重ねられるべき新たな文脈が生じ、それを目にする私たち自身も大きくものの見方を変えざるを得なかった。

 再演の直後、地球の裏側ではスポーツの祭典が華々しく行われ、閉会式では当時の日本の首相が人気ゲームのキャラクターに扮して登場した。招致の時点から東京でのオリンピック・パラリンピックに対する反対の声はあったし、以後も計画を大きく超えて増大する費用や、東京の過酷な夏の暑さの問題などが話題に上った。それでも、おそらく最後は一大イベントが開催され、戦後最長の在任期間を誇った首相の花道が飾られることになるのだろうと、期待するにせよ、諦めとともにせよ、多くの人々が思っていたであろう。

 そのような予想は大きく裏切られた。未知の感染症の発生と世界的流行によって五輪・パラ五輪は延期となり、安倍晋三首相は持病の悪化を理由として退陣したのだった。そして、今なお私たちは感染症の流行の前で先行き不透明な日々を送っている。延期となった五輪・パラ五輪は、海外からの観客受け入れが断念されたものの、聖火リレーは一部で中止されながらも、3度目の緊急事態宣言下でもつながれている(ただし、木ノ下歌舞伎の東京公演の時点では海外観客についての判断は下されておらず、聖火リレーも開始されていなかった)。

 

「渡海屋・大物浦」は、全5段から成る『義経千本桜』の2段目にあたり、平知盛を主人公としている。史実では知盛は源氏との壇ノ浦の戦いで没した。『平家物語』は知盛が、それまで奉じてきた安徳天皇らの入水を見届けたのち、乳母子の伊賀平内左衛門家長と手を取り組んで海に沈んだと記している。およそ560年のちの浄瑠璃作者である並木千柳(宗輔)らは、大胆にも「パラレル・ワールド」における源平合戦を描き出した。

『義経千本桜』の世界では、「壇ノ浦の戦い」は起きない。源義経は「屋島」での戦闘で平家を倒したことを都で報告する。ところが、実は平家の3人の有力な大将である、知盛、維盛、教経は生き延びていた。義経は彼らが戦死したと公表しつつ、密かにその行方を追っている。しかし、その義経の「情報戦」は鎌倉の兄・頼朝の疑念を生む結果となり、家来・武蔵坊弁慶の短慮もあって、義経は逃亡生活を余儀なくされるのであった。

 義経一行が、船で九州に逃れるべく立ち寄ったのが、現在の兵庫県尼崎市の「大物浦」に臨む「渡海屋」である。そして、そこの主人・銀平とその妻子こそが、義経の命を狙う知盛と安徳天皇、その乳人・典侍の局だった。

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明治大学情報コミュニケーション学部准教授。幕末・明治期を中心として日本演劇の研究をしている。新聞や電信、鉄道といった文明開化期の新たな事物が登場する歌舞伎の「散切物」や、演劇における災害・戦争・病などの表象に関心がある。著書に『変貌する時代のなかの歌舞伎 幕末・明治期歌舞伎史』(笠間書院)など。明治期の戦争劇4作品を翻刻して解説を付した『明治期戦争劇集成』をオンラインで公開中(http://hdl.handle.net/10291/21580)。

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