学問の海に飛び込む 教授に聞く!(1)|石田英敬

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webゲンロン 2024年1月29日配信

 配信プラットフォーム「シラス」には、スリリングで知的好奇心をくすぐるチャンネルが数多く存在します。今回はそのなかから、元大学教授の配信者による講義中心の教養チャンネルをいくつかピックアップし、先生方に講義内容や手応えについて尋ねる連続インタビュー企画「教授に聞く!」をお届けします。

 第1弾は、記号論・メディア論が専門で、東浩紀との共著『新記号論』(ゲンロン)でもおなじみの石田英敬さん。チャンネル「石田英敬の『現代思想の教室』」の充実したカリキュラムから学問に向き合う姿勢まで、たっぷりお話しいただきました。

 本企画では、こちらのインタビュー記事と連動して特別に以下の講義動画を丸ごとYouTubeで無料公開中! あわせてぜひお楽しみください。(編集部)

 

【無料シラス】石田英敬の「現代思想の教室」_No1 第3年次サイクル初回「オープニング講義」
URL= https://www.youtube.com/watch?v=gjq57bMHDN0

シラスの配信はいまの技術が可能にした教育コミュニケーション

──最初に、石田先生がシラスのチャンネルを開設するに至った経緯を教えてください。

 

石田英敬 もともとオンラインで教育を行う試みには興味がありました。アメリカの大学発のOCW(OpenCourseWare)というオンラインで講義を公開する取り組みがあって、東京大学でも2005年に導入したのですが、ぼくはそれを主導したひとりです。そういう背景もあり、コロナ禍が始まったときもオンライン上でなにかできないかと考えていたのですが、その矢先にシラスのサービスが始まりました。オンラインで知の最前線の話が自由にできるならぜひやってみたいと思い、わりと初期のころに「やらせてください」と言って2021年3月にチャンネルを開設させていただきました。

 

──シラスの配信を実際にやってみて、手応えはどうですか?

 

石田 まず、時間も内容も自由に決めることができるのがいいですね。ふつうのシンポジウムや講演では20〜30分からせいぜい1時間くらいまでしかしゃべらせてもらえず、内容も限られてしまいます。ぼくの配信の講義は一コマ3時間でやっているので、大学院の授業でやるような専門的な内容も話せるし、逆に入門的な番組に力を入れることもできる。たとえば去年は入門的なシリーズとして、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』を読んでいく連続講義をしました。クララという「人工親友」が登場する小説で、「人工知能社会」とも呼ばれる現代での「心」の成立条件やそこに至る歴史を考える講義です。

 ぼくが配信でやっていることは、いまの技術が可能にした教育コミュニケーションだと思います。社会で生活しているあらゆるひとはさまざまに勉強していろんなことを考えているわけで、大学生や学者だけが勉強しているわけじゃない。シラスでは大学でやっていた授業を上回る数のひとたちがぼくの配信に来てくれて、みなさんとても熱心に聞いてくださる。ぼく自身、とても励みになっています。

四本柱の講義シリーズ

──石田先生のチャンネルでは、現在どのような講義を行なっていますか。

 

石田 おおまかに4つのシリーズが並行しています。それぞれ「入門編シリーズ」、「蓮實重彦によるフランス語講座」、「フーコー『言葉と物』精読」、「シン記号論講義」と呼んでいます。

 「入門編シリーズ」は、さきほどお話したカズオ・イシグロの『クララとお日さま』などを題材とした連続講義です。書籍でいう新書のような位置づけになればいいと思っています。

 「蓮實重彦によるフランス語講座」は、彼の書いた『フランス語の余白に』を教科書にしてフランス語の勉強をするシリーズです。このシリーズでは、みんながフランス語をある程度できるようになった段階でマラルメを読む番組をやりたいと思っています。来年ぐらいには彼の有名な詩「賽の一振りは偶然を廃絶しないであろう」を読みたいですね。

 「フーコー『言葉と物』精読」は、その名のとおりミシェル・フーコーのもっとも有名な本である『言葉と物』を読む講義です。ぼくはフーコーに関する仕事を長くやってきましたが、いまではフーコーの草稿が世に出て読めるようになったので、『言葉と物』も刊行された1966年当時とは読み方がだいぶ変わってくるわけです。それも踏まえて、あの時代にフーコーがやった仕事を検討しなおしています。おそらく今年中に精読が完了するので、次の段階としては、精読したフーコーの仕事をどう評価し位置づけていくのかという総論をやりたいと思っています。

 「シン記号論講義」は、ゲンロンから東浩紀さんと出した『新記号論』の内容を体系的に語ることを目的とした講義です。ぼくがやっているなかでは一番専門性が高く、大学院でやるような内容です。ぼくたちの世代は構造主義を経由してきた世代ですが、その50〜60年前の時代に考えられていた問題について、いまの研究水準からなにが言えるのかを確かめたいという動機でやっています。

 たとえば、先史学のアンドレ・ルロワ=グーランについていま評価するとしたらなにが言えるのか。あるいは脳科学を踏まえると文字問題をどう扱うことができるのか。現代の研究には、旧石器時代の最初にどんな記号が描かれていたのかとか、なぜ人間は丸や三角を描くようになったのかなど、いろいろおもしろい知見があります。それらを検討して形式化していきながら、かつての人文科学の仕事を位置づけていく試みですね。

 

──充実したカリキュラムですね。ほかに4年目に向けて新たにやりたいことはありますか?

 

石田 まず、「シン記号論講義」の配信を本格化させようと思っています。これは来年には著作として体系的な話にまとめたいとも考えています。

 あと、X(旧Twitter)でぼくが書いているような話を雑談的にやってみる配信もやっていいかなという気はしています。ぼくは講義配信ではあまり雑談を長く入れたりしないタイプなので。

 

──たとえば、石田さんの配信初期にあった、学術論文が書かれるプロセスを紹介する「学問の台所」のような番組でしょうか。

 

石田 はい、そういうプラクティカルなものもやっていこうかなと。まだ考えているところですけどね。宣言するとやらなきゃいけなくなるし、シリーズがどんどん増えて結局自分の首をしめることになるから(笑)。

石田教室と穂高の自然

──石田先生はチャンネルの配信や運営をすべてひとりでされています。そうしたなかで苦労することはありますか?

 

石田 苦労はあまりしていません。大学を退官して仕事のスケジュールが空いたところにそのままシラスの配信が入ったかんじで、いまは仕事や生活のリズムを配信のペースに連動させています。配信をやるためのネット環境や技術についても、もともと情報学やメディア論をやっていたのであまり苦労していないですね。配信をしている場所もふだん使っている自宅の書斎です。

 

──配信を長く続けていくなかで心がけていることはありますか?

 

石田 自分の配信は必ず見返しています。まちがったことを教えていたときはあとから速やかに訂正するようにしていますし、滑舌もなるべく気にしてチェックしています。

 教師は自分の授業へのフィードバックを得るのが意外と難しい職業なので、じつは配信に限らず、授業が録画できる環境になって以降はなるべく見返すようにしているんです。学生からの評価で「あの先生の話はわかりにくい」とか「板書がよくない」という声があったときも、録画を見ることでほとんど解決できる。

 

──野球選手のフォーム確認のようですね。

 

石田 野球の技術も昔にくらべて相当進化していると思いますが、やはり記録技術が発達した影響は大きいはずですよね。

 ほかに心がけているのは、講義の休憩中にいま住んでいる長野県穂高の風景写真を使うようにしていることですかね。あれを一年間見ていると、季節の移り変わりが感じられるのがいいんですよ。

 

休憩に使われている穂高の写真。なお、各画像で右下に出ているのは次回予告

──たしかに石田先生の教室の窓から外の風景を見ているかんじがして、視聴者の方も大学とはちがう場所でみんなでいっしょに勉強している感覚をおぼえているかもしれませんね。

 

石田 そう感じてくれていたらうれしいです。もうすこし配信を続けていったら、そういう方たちと実際にみんなで会ってなにかしてみたい。それこそ穂高に集まってなにかできたらおもしろいかもしれません。

繰り返し初心に戻れる教室〈アーカイブ〉

──「こういうひとにぜひ配信を見てほしい」という視聴者層のイメージはありますか?

 

石田 勉強を始めた時期のひとや高校生のような若いひとたちが見てくれているのはとてもうれしく思っています。ぼくは東大でも1〜2年生が最初に学ぶ駒場キャンパスで授業をしていたから、毎年これから勉強を始めるひとたちの学びの場所にアクセスできていました。そういうひとたちとコミュニケーションをすることで、自分自身も繰り返し初心に戻れる。

 社会で働きはじめたひとたちにとっても、その状態に戻れる場所にアクセスできることには価値があると思うし、それこそがリベラルアーツだと思います。年齢が若いかどうかはあまり関係がなくて、だれでも18歳のころのようななんの前提もなかった状態に戻ってものを考えたりコミュニケーションをとったりする。それが可能なシラスはとても大事な場です。

 だから、新しいひとが入りやすい工夫は続けていく必要があると思っています。いまは、3年間ずっと視聴してくれているひとたちと新しく入ってきてくれたひとたちがジョイントできるように誘導するシリーズを構想しています。今年中にフランス語の入門コースの番組も作れると思います。過去の入門コースがアーカイブで視聴できるのも重要なことですね。入門コースを視聴することで別の番組で話している内容との紐づけもだんだんできてきて奥行きも生まれる。

 

──学問を学びはじめようと思うひとが、つねに入りやすくなるようなカリキュラムがあることはうれしいですね。

 

石田 ずっといるひとたちだけの世界になっちゃうと、閉じた場所になってしまいますからね。

 そうやって小さな教室を3年間続けてきましたが、だんだん教室から学年という単位が生まれてきて、学年の集合が学校になっていくようなかんじがあります。さらに続けていくことでこれがそのうち大学のようなものになっていくといいなと思っています(笑)。

学問とは「海みたいなところ」

──最後に、石田先生のチャンネルから学問を学びはじめたいと思っているひとへ向けてメッセージをお願いします。

 

石田 いつも言っているんだけど、学問とは「海みたいなところ」です。勉強の経験が多いか少ないかにかかわらず、だれにとっても学問は海のように広い。それが学問のよいところで、だからみんな好きなやり方で好きなところからそこへ入っていけばいい。

 ただ、ひとつ注意しなくちゃいけないのは、学問の海に入るとすぐに背が立たなくなるということです(笑)。海にはだれでも入れるけど、入ったあとはそれぞれが自分自身で泳ぎ方を学んで身に着けないといけない。学問とはまさにそういう体験だと思います。ぼく自身も背が立たない場所を泳いでいる最中だから、この石田の教室から海に入りたいひとがいたら、ぜひいっしょに泳ぎましょう。

 

2023年12月22日
聞き手・構成=遠野よあけ+編集部
 

【無料シラス】石田英敬の「現代思想の教室」_No1 第3年次サイクル初回「オープニング講義」

石田英敬の「現代思想の教室」 URL= https://shirasu.io/c/igitur

石田英敬

1953年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学、パリ第10大学大学院博士課程修了。専門は記号学、メディア論。著書に『現代思想の教科書』(ちくま学芸文庫)、『大人のためのメディア論講義』(ちくま新書)、『新記号論』(ゲンロン、東浩紀との共著)、『記号論講義』(ちくま学芸文庫)、編著書に『フーコー・コレクション』全6巻(ちくま学芸文庫)ほか多数。

1 コメント

  • tomonokai80432024/02/06 17:05

    『新記号論』を読み、すごい知的興奮がありました。 ただ、かなり高度な話をされているなとも同時に思い、石田さんのシラスチャンネルを自分には、難しいだろうと思って、見ていませんでした。 今回のインタビュー記事を拝読し、「入門編シリーズ」もあると知ったので、いつか視聴してみたいなと思いました。 シラスチャンネルで、ちょっと気にはなるけれど、自分には難しすぎるかもっていうチャンネルについての紹介は、有難いです!

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