尼崎事件から「被告人≒非国民」説まで 「そういうものだ」の怪 前略、塀の上より(10)|高橋ユキ

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webゲンロン 2024年2月22日配信

 なぜそうなっているのかよく分からないが、とにかくそういうものだとされていることが、世の中にはごまんとある。

 今回の記事が公開される2月にもまさにそんなものがある。女性が男性にチョコレートを渡す日だといわれているバレンタインデーだ。今の時代、スマホで「バレンタイン 由来」などググれば、その歴史はすぐに分かるが、スマホのない時代に子供だった私は当時、バレンタインデーが近づくとデパート催事場やスーパーでチョコレートが売られるのを見て「なぜか分からないがそういうもの」としてバレンタインデーを認識した。とくに学生の頃は「女子が好きな男子にチョコを渡す日」つまり告白デーだとされ、一大イベントと化していた記憶がある。母親は催事場でチョコレートを買い込んで職場に持って行っており「義理チョコ」なるものの存在もそれで知った。のちに社会人になった私も、ある職場で、チームの男性陣にチョコレートを買うために女性から一律で金を徴収していると言われるがまま、数千円を渡したことがあった。

 最近でこそ、別に女性が男性に渡さなくても良いではないか、義理チョコもなくてもいいではないか、という空気になっている気がするが、いつのまにやらそういうものだとされているものについて、空気を破ることは容易ではない。脈々と続く地元の祭りや、学校主催の行事を手伝うときのように「そういうものだ」と受け入れておいた方が何かと円滑にすすむこともあるが「なんだこれは?」と疑問に思うことも大切だと私は思う。これまで色々な刑事裁判を傍聴してきて、とくに強く思うようになった。

 

 その一例、2011年に発覚した兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件……いわゆる尼崎事件は、関係者らの逮捕、供述により、主犯の角田美代子(64=当時、以下「美代子」)を中心として25年以上にわたり兵庫県をはじめとした複数の県で、いくつもの家族が長期間虐待を受け、殺害されていたことが明らかになっている。ところが事件の全貌を知る主犯、美代子は2012年12月、留置所で長袖Tシャツを首に巻き自殺を遂げてしまう。そのため残された者たちの供述に基づき事件が組み立てられ、公判が行われる格好になった。

 長きにわたる複数の家族の取り込み、監禁、食事や排泄制限、傷害致死、保険金目的での殺人などが明るみになったのは、かつて北九州連続監禁殺害事件が発覚したときと同じように、監禁されていた人物が主犯の目を盗んで脱走し、警察に駆け込んだことがきっかけだった。事件は美代子に取り込まれ同居していた“美代子ファミリー”によるものだったが、このファミリーには実際の家族ではないメンバーが含まれており、美代子の作り上げた疑似家族であった。

 立件されたのは6名の被害者に対する事件で、起訴されたのは10名。すでに全員の裁判が終結している。最初に公判が行われたのは、警察に駆け込んだ人物Aと、その妹B、その元夫Cによる、AとBの母・Dさんに対する虐待死亡事件だ。ABCの3人は、2011年7月から9月にかけて美代子と共謀の上、Dさんの頭を殴るなどの虐待で衰弱死させ、遺体をドラム缶にコンクリート詰めにして尼崎市内の貸倉庫内に遺棄したという傷害致死などに問われていた。公判では主にAから、美代子がいかにして赤の他人を取り込んでいったか、手口が詳細に語られた。

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

1 コメント

  • TM2024/03/08 21:41

    尼崎の事件と北九州の事件は強く記憶に残っている。 余りに凄惨な内容かつ本当に多くの人が滅茶苦茶な世界に引き摺り込まれることは底しれぬ恐怖があったし、自分も「とにかくそういうものだ」に流されないか自身が持てない不安も強い。 閉鎖空間、情報の遮断、肉体的苦痛それら要素で自ら犯罪に加担してしまうほどの変容を来す。本当に恐ろしいがそういう人間の限界はよく自覚しておくべきなのかもしれない。 高橋さんの「とにかくそういうものだ」に対する気になるという反応。それを疎かにせずに辿ることが普段から大切な気もする。 そして「とにかくそういうものだ」のもたらした恐ろしい事例は風化させてはいけないのだろう。

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前略、塀の上より

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