アンビバレント・ヒップホップ(2) ズレる/ズラす人間、機械、そしてサイボーグ|吉田雅史

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初出:2016年05月13日刊行『ゲンロンβ2』

1. 黒いグルーブを打つこと



そうだ。私に聞こえるものは、打っているものだ。身体の中で打っているものが、そして、身体を打っているものが、私には聞える。もっと適切にいえば、打っているこの身体が聞えるのだ。
打つ音の悦楽的な反復。これこそが、繰り返し歌われる歌の起源であろう。
(ロラン・バルト「ラッシュ」)★1


 キックが打つ。スネアが打つ。ビートが打つ。ビートにノル。ビートのグルーブ。首を振る。ここで首を振るというとき、ロックやメタルにおけるヘッドバンギングを想像するなかれ。いや、勿論ヒップホップにも縦ノリは存在するし、縦ノリの楽曲にはヘッドバンギングはフィットする。縦ノリとは「下」でリズムを取るビートと言ってみよう。つまり4分の4拍子の場合のそれぞれの拍(1~4拍目)において、体の重心が下がり、振っている頭の位置が地面に一番近くなるようなノリ方である。

 一方、「上」でリズムを取るとは、それぞれの拍で、振っている頭が地面から一番遠くなる(空に近くなる)ようなビートへのノリ方だ。「上」のリズムのノリ方は、数々のヒップホップのミュージックビデオで確認することができる(Pusha T「Numbers On The Boards」やMethod Man feat. Mary J. Blige「I'll Be There For You / You're All I Need To Get By」など)。そして三宅唱監督の『THE COCKPIT』(2014年)で、主演のOMSB(オムスビ)がビートにノル際の首の振り方を見てみれば良く分かる。アフロアメリカンにはデフォルトでインストールされているノリ。これが所謂「黒いノリ=グルーブ」の源泉の1つであろう。ここで留意しておきたいのは、この「上」のリズムの取り方は、「後ノリ」とも言われるように、少し遅れ気味な「ズレ」を孕んでいるように見えることだ。ジャストのタイミングから後ろに引き摺られるように。あるいは「音を噛みしめる」ように。

 アメリカで成功を収めた日本人ダンサーのトニーティーこと七類誠一郎は、ダンスにおけるこの黒いノリを体系化し、『黒人リズム感の秘密』(1999年)に纏めている。彼は体幹によるビートの取り方とダンスを言語化しようと試みている。首や四肢が体幹に接続され、拍に対してジャストのタイミングで動くのではなく、互いに干渉し合う大きな波となる。その接続を彼は「インターロック」と呼ぶが、インターロックで結ばれた身体の各部間にはある種の「ズレ」が生まれ、それがダンスにおいてもグルーブとなる。トニーティーは、自身のリズム感覚について「私の場合、首の中にある装置が備わっているようである。首の中というより後頭部の下の方と首がくっついているあたりだろうか。[中略]私はこの装置を『絶対ビート』だと思っている。私の知る黒人の殆どがこれを感じている」と述べている★2。これは冒頭のバルトの文章を文字通りに取れば「身体の中で打っているもの」そのものではないか★3

 身体の中で「打つもの」が頭頂部に、あるいは四肢に伝わる際に「ズレ」は生まれる。本連載第1回から人力と機械の対立、マン・マシーンについての議論を引き継いでいる私たちは、ここであるイメージを想像するかも知れない。つまり頭と体、そして四肢をジョイントで接続されたマリオネットのようなマシーンの姿を。マシーンの首の付け根に埋め込まれた動力からの信号が、頭頂部や手足の先に達するのに必要な時間が「ズレ」を生む。主体はグリッドにジャストで拍を取っているが、末端部である頭頂部や四肢に伝わって表に現れる動き=ノリを外部から眺めたときに、そこに少し遅れるような後ノリを見出していると言っても良い。

 すると一方の「下」で取るリズム、後ノリを伴わないそれは、体幹に動力を匿うことなく、頭や四肢が脊髄反射的に直接音に「ズレ」なく反応しているノリだと言えるだろう。たとえばヘッドバンギングは、体幹と頭の接続=インターロックとは無関係に、頭だけを音に合わせてジャストのタイミングで振る動作である。テンポが一定以上になると、体幹からの四肢へのグルーブを表現する隙間もなくなるため、単に飛び跳ねたり、頭を振ったりすることしかできなくなる=縦ノリしか選択肢がなくなることにも留意しておきたい。

「ノリ」という極めて曖昧で、感覚的な概念。その言語化のため、「ズレ」という補助線を参照しながら「ノリ」という概念が孕むアンビバレンスを暴こうというのが今回の眼目である。この「ノリ」や「ズレ」の正体に踏み込む前に、この議論が単なる印象論になってしまわないように、実際に音を聞きながら、ブレイクビーツ、拍、アクセントといった概念の理解を進めよう。なお、いくつかのビートの例に関しては簡便性のために自作のサンプル音源のリンクを貼るが、原則あくまでもドラムのみの参考音源であり、原曲が持つグルーブ、他のパートとの絡みで生まれる細かなニュアンスなどとは全く別モノであることに留意されたい。

2. バックビートとダウンビートの狭間で


 一般的な4分の4拍子においては、1小節が4つの拍に分割される。ドラマーの「ワン・ツー・スリー・フォー」の掛け声と共に始まる楽曲があるが、これが4つの拍を表している。最も単純なロックやファンクのリズムの1つは、「ズン」「タッ」「ズン」「タッ」(「ズン」がキックで「タッ」がスネア)のパターンで、たとえばマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」の冒頭のブレイクビーツを思い出して欲しい★4

マイケル・ジャクソン「ビリー・ジーン」のビート
 

 [音源1]「ビリー・ジーン」風ビート

 拍はアクセントを伴う。つまり、この4つの拍は、均等に同じ強さで打たれるのではなく、そこには強弱が存在する。バルトは、演奏は「調性とリズムと旋律の修辞学」の下から「アクセントの網目を浮かび上がらせる能力」であり、アクセントこそが「音楽における真理」であると述べている。そしてその強弱は、個々の音楽ジャンルを象徴する要素の1つである。

 では「ビリー・ジーン」の場合は、どの拍が「強拍」で、どの拍が「弱拍」なのだろう。「ビリー・ジーン」では2拍と4拍のスネアの音に強いアクセントが置かれている。これは8ビートのロックやR&Bにおける基本的な構造である。低音を支えるキックドラムに対して、高音が強いスネアドラムの音色は、まさにこのアクセントを強調するために用いられると言っても良い。この2拍4拍に強いアクセントが置かれることを「バックビート」と呼ぶ。そして黒人音楽の特徴の1つはバックビートだと言われている。ロックも、そのルーツの1つである片仮名表記のリズム・アンド・ブルースも、その根幹にはバックビートを共有しているのだ。

吉田雅史

1975年生。批評家/ビートメイカー/MC。〈ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾〉初代総代。MA$A$HI名義で8th wonderなどのグループでも音楽活動を展開。『ゲンロンβ』『ele-king』『ユリイカ』『クライテリア』などで執筆活動展開中。主著に『ラップは何を映しているのか』(大和田俊之氏、磯部涼氏との共著、毎日新聞出版)。翻訳に『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』(ジョーダン・ファーガソン著、DU BOOKS)。ビートメイカーとしての近作は、Meiso『轆轤』(2017年)プロデュース、Fake?とのユニットによる『ForMula』(2018年)など。
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