浜通り通信(2)|小松理虔

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初出:2014年05月15日刊行『ゲンロン観光地化メルマガ #13』
 みなさんこんにちは。いわきの小松理虔です。

 前回の浜通り通信では、いわき回廊美術館とUDOK.を例に「ゲリラ的場づくり」について紹介しましたが、特にヨーロッパなどでは、移民や亡命者などが空き物件を勝手に占拠するなど、イリーガルなかたちで自分たちの居場所を確保する「スクウォッティング」という運動があったことを付け加えておこうと思います。

 このスクウォッティング、不法占拠された場所でも、文化的な活動が継続して行われるなど「公共性」が付与されることで、当局も徐々にその存在を認めるようになり、やがて移民や亡命者たちの生活の場が確保されるという動きにまでなったそうです。1970~80年代のオランダではひとつの社会運動にまで発展したとのこと。

 もちろん、当時のオランダと今の日本では状況がまったく違いますが、今後の人口減少で全国各地に空き屋が増えていくわけですし、福島県浜通り(特に双葉郡内)の人口流動なども合わせて考えると、時代や土地にマッチした「スクウォッティング2.0」のような動きが、この浜通りから生まれてきてもおかしくないなあと、勝手にあれこれ妄想しています。

いわき海洋調査隊「うみラボ」について


 さて、今回の浜通り通信は、私たちが企画している「うみラボ」という海洋調査プロジェクトについて紹介します。ちょうど、先月27日に第2回目の福島第一原発沖の調査が行われ、採泥と放射性物質の測定までを行ってきましたので、その模様を振り返りながら、活動の趣旨などについて、皆さんと考えていきたいと思います。

(調査については、同行した毎日新聞の石戸諭記者が記事にしてくれました。非常に内容のある記事になっていますので、あわせてご覧下さい。)
 

【図1】久之浜漁港を出港する釣り船
 

「うみラボ」は、いわき市民が中心になって組織された任意の団体です。政府や東電だけでなく、市民自らが海洋の放射能汚染や魚介類の汚染状況を調べ、主体的に発信していこうと2013年に組織されました。福島第一原子力発電所沖での海洋調査やトークイベントなどをゆるく開催しています。

 調査の目的は、私たち自身が学ぶ機会を作ること。そして、「セカンドオピニオン」としての情報発信をすることです。農地に比べ、海については市民サイドの調査や情報発信が少なく、公的機関や東電の情報に偏らざるを得ませんでした。それが、ぼんやりとした不信感を根強く残す一因になり、福島に対する理解を歪めてきた面もあったかと思うのです。

 素人集団ですので、やはり専門家のアドバイスを頂きながらの調査ですが、可能な限り「DIYで」調査・発信していくことで、「市民もしっかり調査している」という姿勢を突きつけることにもなるし、政府でも東電でもない情報源として、”色のついていない” 場所からリアルな数字を発信できるのではないかと考えています。

いざ、福島第一原子力発電所へ


 では、4月27日に行われた調査をざっくりと振り返りましょう。朝9時、いわき市北部の久之浜漁港に集合した我々は、釣り船の協力のもと、船に乗り込み北へ向かいます。天気がよければ、1時間ちょっとで福島第一原子力発電所に到着します。
 
【図2】広野火力発電所。最新型の発電施設を備える
 

【図3】4月27日現在の福島第一原子力発電所
 

 途中、広野火力発電所、福島第二原子力発電所を通過する際、計測アドバイザーとして参加頂いている仙台市の津田和俊さんの解説で、発電方法や設備について学びます。また、富岡漁港や小良ケ浜漁港などでは、富岡町出身の船長さんのお話を伺いました。目的地に到着する前に、震災やエネルギーについて考える機会を設けているのが、この調査の特徴です。
 

【図4】かつて「日本最小の漁港」と呼ばれた小良ケ浜漁港跡
 

 このように、うみラボの調査にはツアー的側面があります。やはり、自分の目で、福島の海の今を感じることが大事だと思うのです。被災の状況、復旧の状況、地形、そして海の美しさ。百聞は一見に如かずと言いますが、現場を見ることで、「百聞と一見を比較検討しながら自分の頭で考える」ことができるような気がします。

 福島第一原子力発電所については、想像以上に復旧が進んでいるというのが第一印象です。テレビなどでは、相変わらず爆発直後の凄惨な現場の映像を流すことがありますが、外見上は整然と復旧が進んでおり、多くの方が作業にあたってくれていることを実感できます。

 あくまで個人的な感想ですが、海から眺める第一原発が「神聖なもの」として感じられたことを書き加えておきます。日本人の生活を支え、あれだけの爆発事故を起こし、今なお甚大な被害をもたらしながら、100年近くかかると言われる廃炉のために多くの人たちが尽力されている。何かこう、手を合わせたくなる気持ちにすらなります。思わず、建築家・宮本佳明さんの「福島第一原発神社」を思い出しました。

計測結果をどう考えていけばいいのか


 1.5キロ沖の空間線量は0.05μSv/h程度。海水の遮蔽効果があり、安心して調査にあたることができます。今回の調査では、アクアマリンふくしまの獣医、富原聖一さんの協力が得られ、泥も採取することができました。久之浜に寄港後、アクアマリンふくしまで測ったところ、1キロあたり417Bqの放射性セシウムが検出されました。
 

【図5】今回の調査では、採泥器を使って泥を採取した
 

 この数字を見ると、「417Bqもあるのだからいわきの魚はダメだ」と考えてしまう人もいると思いますが、汚染水の状況と、海水や泥の状況、魚の状況をきちんと切り離し、魚の回遊範囲や生態、寿命なども併せて学んでいくことで、脊髄反射せずに済むようになると思います。

 どのように餌を食べる魚なのか。どの海域を泳ぐ魚なのか。どこからどこまで移動するのか。いつ生まれた魚なのか。その魚が生息する海域の地形はどうなっているのかなど、細かな状況を積み上げていくわけです。すると、安全である魚と、ちょっと心配な魚の見分けがつくようになりますし、安全の根拠、心配の種が把握できれば、脊髄反射することはなくなります。

 さらに、地形や魚の生態について学ぶことは、浜通りの地理や物産、食文化について学ぶことに繋がってきます。どこにどんな漁港があるのか。そこではどんな被害があったのか。どんな魚が釣れていたのか。どんな料理があったのか。どんな船があり、どんな漁師がいたのか。その漁師にはどんな人生があったのか…。そんなことを学ぶうち、結果的に放射性物質についての知識や安心材料が増えていくのではないでしょうか。地域や人の顔が見えると、目や耳にする情報に立体感が出てくるのだと思います。

 私たちのうみラボでも、「サイエンスバー」と称して、お酒を飲みながらゆるく魚を学ぶイベントを開催していますが、酒を飲みながら楽しくいわきの魚について学び、研究者や漁師と顔を合わせて話を聞いているうちに、福島の海についての正しい理解が深まっていくことを実感しています。

 持続性の鍵は、やはり「楽しい」とか「面白い」とか、そういう前向きさ。つまらないこと、辛いことはやはり続きませんし、「悲惨な福島」を押し付けられるのはもっと嫌です。「こんな大変な状況なのに “楽しむ” とは何事か!」と怒られそうなのは「観光地化計画」も同じかも知れませんが、私個人は、楽しいことしかしたくないので、いわきでの暮らしがどうしたら楽しく、面白くなるかをこれからも考え続けたいと思います。

 うみラボの海洋調査については、あくまで調査が本筋であり、いろいろ難しい条件があるため「ツアー化」は難しいのですが、『フクイチ本』でも紹介された藤田大さんのツアーや、いわきを拠点にスタディツアーを開催している里見喜生さんのツアーなどもあります。まずはぜひ福島にお越し頂き、実際に目で見て、耳で聞いて、手で触れて、そして感じていってください。

 お帰りの際は、我らが貴千のかまぼこを、お忘れなく。(つづく)

写真撮影=筆者
「本書は、この増補によってようやく完結する」。

ゲンロン叢書|009
『新復興論 増補版』
小松理虔 著

¥2,750(税込)|四六判・並製|本体448頁+グラビア8頁|2021/3/11刊行

小松理虔

1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。2018年、『新復興論』(ゲンロン)で大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。2021年3月に『新復興論 増補版』をゲンロンより刊行。 撮影:鈴木禎司
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