【特集:コロナと演劇】宮城聰ロングインタビュー──東京芸術祭ワールドコンペティションにむけて(2) だれのための演劇か──公立劇場ができること|宮城聰

ゲンロンα 2020年10月2日配信

第1回
第3回
 いまだ収束の気配が見えないコロナ禍で、多くのライブエンターテイメントが中止や延期を余儀なくされている。そんななか、「東京芸術祭 2020」の開催が発表された。特集「コロナと演劇」では、東京芸術祭の総合ディレクターである宮城聰氏に全3回のインタビューを行い、コロナ時代に演劇を閉ざさず、開いていくためにはなにができるのか、その可能性をうかがっている。
 宮城氏と演劇の出会いから劇団ク・ナウカの立ち上げ、そして世界各地での公演までを追った第1回に続き、第2回はク・ナウカの活動を休止して就任した、SPAC -静岡県舞台芸術センターの芸術総監督としての実践をお話しいただいた。宮城氏は2007年からSPACの芸術総監督を務め、2017年のアヴィニョン演劇祭では、オープニング作品として『アンティゴネ』を法王庁中庭のメインステージで上演するというアジア人初の快挙を成し遂げている。その背後には、静岡の観客を意識することではじめて、演劇の「入り口」の重要さに気づかされた経験があったと宮城氏は語る。
 「コロナと演劇」では宮城氏のインタビューに加え、2019年の東京芸術祭ワールドコンペティションに参加したチリ、中国、ニュージーランド、南アフリカ共和国の演劇人たちの寄稿全4本をお届けしている。こちらもぜひ合わせてお読みいただきたい。

 

独立を捨て、公立劇場へ


 ──第1回では、演出家・宮城聰さんと演劇との出会いから、学生時代の紆余曲折を経て劇団ク・ナウカを立ち上げ、世界で公演を重ねるようになるまでの軌跡について語っていただきました。お話をうかがっていると、宮城さんは一貫して、異なる考え方を持つ人々がどうすれば連帯できるか、その方法を求めて演劇に携わってきたように思います。けれども、そうした連帯の模索のなかで、宮城さんはしだいに演劇それ自体に取り憑かれていったのではないか。今回は宮城さんにとって演劇がどういうものになっていったのか、おうかがいしたいと思います。

 2007年、宮城さんはご自身が主宰されている劇団「ク・ナウカ」の活動を休止し、SPAC-静岡県舞台芸術センターの芸術総監督に就任されました。SPACは日本初の劇場を有する公立劇団で、演出家の鈴木忠志氏の尽力によって1997年に実現したものです。鈴木さんが10年の活動を経てSPACの芸術総監督を辞任し、活動拠点を富山県利賀村の利賀芸術公園に戻すというニュースには驚きました。しかし、宮城さんがSPACを継ぐことは、当時の演劇界に納得をもって受け入れられたように思います。他方、ク・ナウカはどうなってしまうのか、SPACと統合されてなくなってしまうのか、といった観客の動揺は少なくありませんでした。

 ク・ナウカは当時、日本の演劇界で稀有な位置にありました。スポンサーのついた興行でもなく商業的な演劇でもなく、プロデュース公演でもなく、あくまでも独立の劇団として存在していた。それを休止して公立劇団に移るにはどのような経緯があったのか、お話しいただけますか。

宮城聰 ク・ナウカの活動を休止してSPACに来ることを決めた理由は、大きくふたつありました。ぼくが本来、公立劇場とはこうあるべきだと思うあり方は、劇場に専属のカンパニー(劇団)があって、その劇団が劇場を管理しているというかたちです。英語で “theatre” という言葉は、劇団と劇場の両方を指しますが、現在の日本では、ハコ(建物)だけを劇場と呼ぶようになっている。しかし、たとえば歌舞伎座などの「座」という言葉は、本来は場所と人間集団の両方を指していました。SPACは劇場であり、劇団である。SPACは日本ではじめて、そのような世界基準の公立劇場のあり方を実現した、稀有な劇場=劇団なんです。

SPAC -静岡県舞台芸術センター
 

 ──たしかに、ヨーロッパをはじめ海外の多くの公立劇場には専属の劇団がありますね。でも日本の公立劇場には、そのような形態はほぼ見られません。劇場で行われている活動内容も、劇場主催のプロデュース公演はあるものの、民間の劇団などに貸し出す貸館事業が多くの割合を占めます。

+ その他の記事

1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京芸術祭総合ディレクター。東京大学で小田島雄志・渡辺守章・日高八郎各師から演劇論を学び、1990年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から高い評価を得る。2007年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、またアウトリーチにも力を注ぎ「世界を見る窓」としての劇場運営をおこなっている。2017年『アンティゴネ』をフランス・アヴィニョン演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演、アジアの演劇がオープニングに選ばれたのは同演劇祭史上初めてのことであり、その作品世界は大きな反響を呼んだ。他の代表作に『王女メデイア』『マハーバーラタ』『ペール・ギュント』など。2006〜2017年APAFアジア舞台芸術祭(現アジア舞台芸術人材育成部門)プロデューサー。2019年東アジア文化都市2019豊島舞台芸術部門総合ディレクター。2004年第3回朝日舞台芸術賞受賞。2005年第2回アサヒビール芸術賞受賞。2018年平成29年度第68回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2019年4月フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。写真=Takashi Kato

注目記事

ピックアップ

NEWS

連載

ゲンロンβ

関連記事